新倉山から葭之池温泉へ

 

富士山は雲のなかだった

 

8月16日 土曜日 曇り

今回のハイキングも8月下旬に出かける八幡平と秋田駒ケ岳登山に向けての事前準備で、歩く山は山梨県富士吉田市の新倉山と御殿である。妻は「クマいるの?」と不安そうに聞いてきたが、こちらがクマの棲んでいる山に入っていくのだから、「いるよ」と答えた。 北海道の羅臼岳でのヒグマによる登山者死亡事故が起きたばかりなので、クマが気になっているようだった。

 

新倉富士浅間神社で安全登山祈願をした

 

9時40分に富士急線の下吉田駅を歩き出した。約10分で新倉富士浅間神社の「三国一山」の扁額がかかる赤い鳥居に着いた。この神社も全国各地に散在する浅間神社のひとつで、富士山に祀ってある木花之佐久夜毘売(このはなのさくやひめ)という女神が祭神である。その三国一の鳥居を潜って神社にお参りし安全登山を願った。ここでも外国人の観光客が圧倒的に多い。日本人の参拝者を見かける方が珍しい。これもSNSを中心としたネット社会の影響である。拝殿で参拝を済ませて紅白の五重塔である戦没者忠霊塔に向かった。

 

セミの鳴き声がシャワーのようだった

 

表参道の石段を登っていくと、両側からセミの鳴き声がシャワーのように降り注いでいた。参道の両側はカエデ並木なので、秋に来ると煌びやかな紅葉のトンネルの下を歩くことができるだろう。今年の秋に再び訪れたいと思う。

 

戦没者忠霊塔の前で

 

戦没者忠霊塔の前で中国人と想われる6人グループが写真を撮っていたので、カメラマンをしていた彼にスマホのシャッターを押してもらった。忠霊塔を見おろす展望台に上がってみると、富士山は裾野が見えているだけで、本体は雲のなかだった。観光客は忠霊塔の背後に聳え立つ富士山が目当てなのだが、肝心な富士山が顔を隠していたので残念だっただろう。展望台からは富士吉田市街が望めた。展望台には観光客が多すぎるので少し離れた東屋に向かうと、東屋は誰もいなくゆったり休憩することができた。

 

亀石に着いた

 

東屋を過ぎるとスギの植林や落葉広葉樹のなかの山道となった。つづら折りの急登の山道で汗をかきかき、ひたすら登っていくと30分ほどで亀石に着いた。見ようによってはカメに見えないこともない石である。下ではミンミンゼミがうるさく鳴いていたが、ここでは秋の虫がジィジィ鳴いており、時たまアマガエルの鳴き声が聞こえてきていた。5分ほど休んでいると、巨体を持て余すような外国人が登ってきたが、彼は相当疲れているようだった。

 

ゴンゴン石が祀られていた

 

亀石から少し登った場所にゴンゴン石が祀られていた。ゴンゴン石とは大きな石に40cmほどの卵型の穴が開いており、その穴に頭を突っ込み何かを話すと、言葉が反響しゴンゴン聞こえるというものだ。実際に頭を突っ込んで「フン」と鼻息を荒くしたら「ブンブン」反響して耳に届いた。石の前には赤い鳥居が建てられ、1円・5円・10円のお賽銭が置かれていた。

 

周りが木々に囲まれた新倉山山頂

 

周りが木々に囲まれ平坦な新倉山(標高1180m)の山頂に着いたのは、下吉田駅から歩き出して1時間30分がたっていた。記念写真を撮って、この先の御殿に向かうことにした。私たちの前を30代と思われる外国人の女性が歩いていた。ボリューム感たっぷりの胸がはじけるような黒いタンクトップの彼女は、スマホと500mlの水だけを持った軽装だった。その彼女に私たちは追い抜かれていたのだった。

 

御殿山頂の鉄管を棍棒で思いっきり叩いた

 

11時20分に御殿(標高1184m)山頂に着いた。この展望台からも富士山の裾野だけが見えた。前回は素晴らしい富士山が見えたのだが仕方がない。妻は山頂に吊るされていた鉄管を棍棒で思いっきり叩いて、鉄管が出す打撃音を楽しんでいるようだった。鉄管には「富士山を世界遺産に」という古いワッペンが貼られていた。富士山が世界文化遺産に登録されたのは、今から12年前の2013年だった。私たちが丸太のベンチに座り、お湯を沸かしてコーヒーを淹れ、おにぎりを食べていると、外国人たちが次々に登ってきた。

 

アカマツ林のなかは気持ちよかった

 

御殿山頂で20分ほど休憩したあと新倉山まで戻り、左に折れて葭之池温泉に向かいアカマツ林のなかを降りていった。この道はヤマップ地図には掲載されていなかったが、地元のオリエンテーリング地図には掲載されているルートで、道は分かりやすかった。大きな2本のスギがたっていた二本杉分岐を右に折れると、山道の幅が倍近くの1mぐらいになったので、とても明るくて歩きやすかった。ウキウキ気分となって淡々と降りて行った。

 

ツワブキの花が咲いていた

 

降りていく途中で黄色のツワブキの花が咲いているのに度々出会った。御殿山頂から40分ほどで送電鉄塔まで降り、ひと休みしていると中央高速道路の車の流れがよく眺められた。周りはアカマツの林である。セミがうるさいほど鳴いていたが、もう8月中旬である。セミたちの合唱もまもなく終わりを迎えるだろう。

 

鄙びた葭之池温泉に着いた

 

中央高速道路を潜って葭之池温泉に向かうところで、温泉の案内を見落として少し時間がかかったが、軽トラのおじさんに場所を教えてもらい、ようやく温泉に着いた。フロントで大人ひとり800円の入湯料を払ってなかに入った。葭之池温泉は江戸時代末期の1856年(安政3年)から続く歴史ある温泉場である。

 

ジェームズディーンの写真が・・・

 

休憩場所にはジェームズディーンの白黒写真が貼ってあり、時代が止まったかのような空間だった。厨房にいたおじいさんとおばあさんは90歳を超えているようだったが、その両人の若かりし頃のポスターが貼ってあるような気がした。「昔むかし、おじいさんとおばあさんがおりました」という日本昔ばなしの世界に入ったような温泉だった。

 

時間が止まったかのようだった

 

湯は無色透明の少し温い温泉だった。洗い場の腰掛け台は木で、シャンプーやリンスなどはなく石鹸のみだった。ここでも古き時代を感じさせる鄙びた温泉という感じを受けた。風呂から上がり大広間でビールを飲みながら寛いでいると、ポツリポツリとお客がやってくるのだった。土曜日ということもあって、客はそれなりに来ているようだった。女将さんに尋ねると、この温泉は素泊まりの宿泊も受けているとのことだった。

 

大瓶ビールと上うどんを食べた

 

入浴客は食事メニューから、うどんや親子丼などを選んで食べ、2時間の休憩をすませて、それぞれが去っていくのだった。私たちが頼んだのは上うどんだった。鶏肉、温泉卵、なると、ふ、ニンジン、インゲンが載っている手打ちうどんで美味しかった。私たちは2時間後に退出し、歩いて5分の葭池温泉前駅に向かった。

 

今回の登山データ

 

今回はMCC夏山登山のための事前準備ハイキングで3時間30分と短いものだった。私はあちこち歩いているので問題はないが、妻の歩く感覚を確認するためのものだった。結果として8月下旬に出かける夏山登山の1日目の3時間半、3日目、4日目の2時間は問題ないが、2日目の7時間の山歩きは体力的に不安なので、その区間はバスで移動し、みんなが到着するまで温泉に入り、まったり待っているとのことだった。登山においては自分の体力と技術に見合ったコースを歩くことが事故を未然に防ぐために重要であり、今回の妻の自分の体力を考えての判断は正しいと感じた。

 

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