中央アルプスの盟主・空木岳へ

宝剣岳

 

観光パンフレットには必ずといっていいほどに中央アルプスの盟主は宝剣岳とある。

果たしてそうだろうか?

木曽谷と伊那谷を両脇に聳え立つ木曽山脈がいわゆる中央アルプスである。この山脈の中で深田久弥の『日本百名山』に木曽駒ケ岳と空木岳の2山が登場する。

今回、木曽駒ケ岳、宝剣岳、桧尾岳、熊沢岳、東川岳、空木岳、南駒ケ岳、と中央アルプスの北部から南部へと縦走してみて、中央アルプスの盟主は北部にある宝剣岳ではなく、南部にある空木岳であることを確信した。

中央アルプスといえば北部に位置し、交通の便がよく千畳敷カールを中心に木曽駒ケ岳と宝剣岳が東洋一のケーブルカーと合わせて観光スポットとして脚光を浴びる。

木曽駒が岳は現在でも地元の中学生の夏山集団登山が行われており、低気圧の通過と雷雨により大量遭難した悲劇を作家・新田次郎は『聖職の碑』として作品を発表した。後に映画化されたので記憶にとどめる方も多いと思われる。

木曽駒ケ岳の山頂からは眼前に木曽御岳山がどっしりとした山体を置き、その右奥に乗鞍山がすっきりと聳え、右方向に北アルプスの峰峰が連なっている。もちろん、特徴ある槍ヶ岳の三角の頂きは天空へと突き上げている。更に八ヶ岳連峰が美しいシルエットを浮かび上がらせ、やがて甲斐駒ケ岳、千丈岳、北岳、間ノ岳から農鳥岳、塩見岳へと南アルプスの峰峰が屏風のように連続する。日本一の富士山も寒波の来襲による初冠雪の山頂を覗かせる。実に美しい山なみの連続である。

 

観光パンフレットで盟主とうたわれる宝剣岳を通過するには、鎖と岩場が連続しているので十分に注意しながら慎重にいかなければならないが、文字通り剣の山である。足元はスッパリと切れ落ち、千畳敷カールの広がりが素晴らしい景観に満足する。

縦走路は登山靴に踏まれた5センチにもなる霜柱がいたるところで見受けられる。この時季、ウイークデーには縦走路に登山者はいない。それがゆえに5センチにも成長した霜柱がウイークエンドに姿を見せるのだ。夜明け前の気温は確実にマイナスであり、季節は秋から冬へと向かっていることが実感できる。

真夏に薄黄色の花を真上に向けて咲いていたトウヤクリンドウもその形のままカサカサに枯れているし、清楚な純白の小さな花であるイワツメクサも静かに枯れ、ゴゼンタチバナやナナカマドは実を真っ赤に染めている。実を赤く染めることにより小鳥たちがついばんでくれ、その結果として種を維持し勢力を拡大していくという自然の営みが実感できる。赤い実といえば、コケモモの実もいたるところに見受けられる。4〜5粒を口に含むと口一杯に甘酸っぱい味が広がる。特に大粒で赤い実が美味い。

 

空木岳山頂

 

さて話を中央アルプスの盟主に戻すと、それはやはり空木岳だろう。とにかくスケールが大きい。実に雄大である。私は空木岳の山頂からの下山コースに池山尾根を選んだが実に長い尾根であった。歩き疲れるほどの長さであった。それだけ山が深いということだ。

中央アルプスは花崗岩の山脈である。花崗岩の白さとハイマツの緑のコントラストが実に清潔な印象を与え、若さみなぎる青年を彷彿させる山脈である。その盟主は交通の便が良く誰でもケーブルカーに乗れば見ることが出来る宝剣岳ではなく、健康の者だけが会うことが出来る堂々と聳え立つ岩山・空木岳である。

どっしりと鎮座する空木岳に木曽義仲が峠越えをしたとされる木曽殿越を挟んで対峙する東川岳山頂で縦走の一服をしていると、木曽殿側からランニングスタイルの若者が駆け上がってきた。オヤッと思い挨拶をしながら話し出すと、彼は山岳レースの練習に池山尾根から登りだし宝剣岳まで縦走路を走り、時間が許せばロープウエイは使わずに伊那前岳から駒ヶ根高原まで走るという。今年はこれが3回目の練習と言い、空木岳をバックに写真を撮って欲しいと頼まれる。快くシャッターを押してやったが元気な若者であった。彼は5分も休憩しないで縦走路を宝剣岳に向かって出発していった。

 

最近の山小屋は中高年層登山者の増加に伴い建て替えているものが多い。先月縦走した後立山連峰南部でも種池山荘も新乗越山荘も新しく建て直してあった。今回の中央アルプス縦走でも木曽殿山荘や駒峰ヒュッテも3年前に建て替えたばかりで、まだ木の香りが爽やかな山小屋であった。特に駒峰ヒュッテは地元山岳会が運営している登山者による登山者のための山小屋であり素泊まりが基本だが、頼めば簡単な夕食と朝食を1食500円で準備してくれる。今回は私自身簡単な食事を用意していったがヒュッテに食事を頼んでみた。夕食はカレー丼に即席漬物。朝食はご飯に味噌汁、高野豆腐の煮物にお新香であった。

駒峰ヒュッテの食事材料は全て山岳会メンバーがボッカで運び上げていることを考えれば、暖かい食事が口に入ることだけでも感謝しなくてはならない。

空木岳山頂直下に建つ駒峰ヒュッテからの遠望は実に素晴らしいものだ。南アルプス連峰の全体が見渡せるのはいうにおよばず、木曽駒ケ岳からの縦走路が見渡せる。

日の出、日の入りも小屋から望むことができ実によい立地条件の上に建っている。再度、中央アルプスを訪れる時にはまたお世話になりたいと思う。

                           2001,9、20、記

 

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