ソラクサンからアンニョンハセヨ

遮るもののないソラクサン山頂はものすごい風

 

 韓国・ソラクサンの紅葉を観に行った。10時間を越える縦走だった。

ソラクサンは雪岳山国立公園として、韓国の東側にある江原道の北部に位置し、38度線の北側にあるため北朝鮮との軍事境界線の真近かの山岳地帯である。また、韓国で最も人気の高い山で朝鮮半島の東側を南北に縦断する太白山脈随一の名山といわれている。

 私の故郷の群馬県に妙義山という奇岩と紅葉の素晴らしい山があるが、それに滝と渓谷を加えて、スケールを10倍にしたようなところである。エーデルワイスを初めとしてさまざまな高山植物が咲く春、新緑の初夏、全山燃える紅葉の秋、そして水墨画そのものの雪つもる冬、四季折々にすばらしい景色が観られるソラクサンだが、そのなかでも最も素晴らしいとされているのが秋の紅葉である。

 私にとってソラクサンは数年前から登りたい山として心のなかであたためていたのだが、言葉も通じない場所なのでなかなか登る機会がなかった。今回、毎日新聞旅行で『世界の山歩き 韓国』のツアーを企画したため、「待ってました」とばかり、それに参加することによって念願のソラクサン登山が実現したわけである。

 

 10月28日 快晴

 昨日は成田からソウルへ飛び、国内線へ乗り換えてカンヌンで降り、マイクロバスに乗り換えてソラクサン山麓にある五色温泉のリゾートホテル『グリーン・ヤード』に着いたのは、21時20分であった。ホテルから幕張の家へ電話をかけると、ものすごい雨が降っているとのこと。こちらでは月が煌々と輝いていた。

 夕食はホテルに着く手前の食堂で10数種類のキムチと焼き魚に山菜、栗やナツメの入った石釜の焚き込みご飯で済ませていたので、ホテルではシャワーを浴びたあと、相部屋になった戸嶋さんとホテルの地下にあるスーパーから買ってきた韓国の焼酎「JINRO」を飲みながら、23時まであれこれ山旅の話をする。

 今朝は二日酔いにもならず雲ひとつなく晴れ上がった空のように、清々しい気持ちでソラクサンの南側の登山口である「大青峰登山口」へ向かう。心うきうき、絶好の登山日和である。登山口のゲートで入山料として2200ウォン=220円を払い、明るい林のなかの登山道を登り出す。クヌギの黄色、モミジの朱色や赤が目に飛び込んでくる。

 

 今回の山行はツアー参加者が男性4名、女性7名、登山ガイド1名、ツアーガイド1名、それに毎日旅行の添乗員1名、の合計14名の構成である。

 韓国人の登山ガイドのキムさんは25才の男性、ツアーガイドのリャンさんは20代の女性で、山道を登るのに登山靴ではなく普通の革靴であるのにはビックリした。日本語を話せる若い2人は気使いも細やかで、とてもまじめな若人であった。

 7時30分に登山口から登り始め、標高1708mの大青峰の頂上へ着いたのは11時30分。4時間の登りは、登山道もよく整備されており登りやすかった。登山道にシマリスが人間を怖がりもせずしょっちゅう飛び出してくる。ヤマガラやシジュウカラなども、すぐそばまでやってくる。嚇したりしないから動物たちも安心して本来の姿を出してくれる。日本だとこうはいかない。それにしても韓国の人たちの山登りは実に賑やだ。大きな声で話ながらの人。歌を歌いながらの人。また、平日なのに多くの人が登っているのには驚いた。服装は赤色が人気なのか、7割くらいが赤系統だ。年齢層は日本の山の場合、登山者は殆どが50代から上の中高年だが、韓国も勿論中高年が目立つが、20代の若者が多いのには驚かされる。キムさんやリャンさんに訊ねると、若者がたくさん山に登るとのことで、しかも途中で休まず、どんどん進んで行くとのこと。せっかちで短気な韓国人気質が山登りにも現れていると、笑って話してくれた。キムさんにしてもソラクサンは今回で5度目だという。リャンさんは大学生の時まではよく山登りにでかけたが、社会人になってからは登らなくなったという。

 

 日本では「こんにちは」が登山道で行き交うときの挨拶だが、韓国の人はあまり挨拶をしない。こちらが「アンニョンハセヨ(こんにちは)」と挨拶すると、「ネー(はい)」や「カムサハムニダ(ありがとう)」を返してくる。

 大青峰山頂からは快晴のもとに見事な360度の大展望ができるのだが、山頂直下に窓に鉄格子がはめられた迷彩色のトーチカが建てられており、隣の小青峰山頂には真っ白な大きなドームが2基と小さなドームが3基建てられている。ともに軍事施設のため立ち入り禁止のロープが張られている。賑やかな韓国の人たちもさすがにロープの中には入りこまない。北朝鮮との軍事境界線の真近かのことを実感する。遮るもののない山頂はものすごい風で、被っている帽子が吹き飛ばされそうになる。

 大青峰山頂と小青峰山頂の鞍部に比較的に新しい山小屋を兼ねた国立公園管理所が建てられており、一緒に登った人の半数は建物の中に入って食事にしたが、私は薄暗い建物のなかよりも、晴天のもと強風のなかで大青峰山頂を正面に望みながら食べた。

 建物の壁に吊り下げられていた温度計は9℃を指し、ホテルが用意してくれたキムチ弁当を食べ終わるころは両手がかじかみ体も冷えてしまったので、管理事務所に入りカップラーメンを頼んだ。お湯を入れてもらって2500ウォン=250円である。日本の山小屋ならば2倍か3倍はするだろう。良心的な料金だと思う。「カップラーメン」と言ったが理解してもらえず、通訳してもらったら「サバイバルメン」とのこと。なるほどと思った。

 

 午後からはチョンブルドン渓谷コースへと下山する。

奇岩、源流、滝、紅葉とくれば、おおよそのイメージは持てるのだが、陽瀑布、陰瀑布、五連瀑布、鬼面岩、飛仙台、と次々と目に飛び込んでくる景色は、まさに水墨画の世界であり、やはり日本にはないものである。岩の割れ目にしぶとく根を張る松の青さがより一層紅葉の素晴らしさを引き立て、滝壷に落ち込む水の波紋と澄みきった緑の水面に浮かぶ黄色の落ち葉がなんともいえない風情だ。

 渓谷コースは危険個所には鉄の階段が設置されるなど遊歩道として整備され、老若男女誰でもが渓谷美を楽しめるようになっている。韓国のように、登山の場合はきちんと入山料をとり、国立公園として危険個所を整備する考えは日本も見習うべきことだと思う。日本の山は、殆どが山小屋の個人努力によって登山道が整備・維持されているお寒い現状である。

 神興寺やロープウェイなどがあるソクラドンに下山したのは17時30分であった。辺りは暗くなり10時間の縦走は終了したわけだが、一人の脱落者も怪我人もなく下山できたのはなりよりだった。

 

 

 10月29日 快晴

 本当に雲ひとつなく晴れ上がっている。「日本晴れ」と言いたいところだが、こちらでは「韓国晴れ」とでもいうのだろうか。リャンさんに訊ねるのを忘れてしまった。

 午前中、天然の岩を利用して創られた庵であるケジョアムまで2時間のハイキングに出かける。昨日、降りてきた公園口から入山料の220円を払って歩き出す。東洋一と言われている鉄で出来た大仏さんの脇を通って、ケジョアムに向かう。ハイキング道は渓流沿いに続いており、家族連れと修学旅行の生徒たちで賑やかなこと夥しい。

 ハイキング道の脇にシヌンサ(神興寺)が建っており新羅時代からの古刹として知られ、四天王門脇の銀杏の葉が真っ黄色に染まり空の青さを引き立てる。門の中の四天王像は色鮮やかで、顔つきは子どもたちが喜びそうな愛嬌あるものだ。観ていて楽しくなる。

 50分でケジョアムに着いた。前庭にフンドルバイという揺れ岩がある。大きさは高さも幅も3m位の岩で、一人で押しても多数で押しても同じ揺れかたをするが下に落ちない、という大岩である。私も試しに押してみたが岩が揺れているかどうかは判らなかった。離れて見ていると岩が微かに揺れているのが判る。とにかくひどい人出で、腕章を巻いた係員が大岩の前に長く立ち止まらないように注意をしている。隣の大岩の下から「薬水」が涌き出ており飲んでみたが無味無臭であり、うまいとは感じられなかった。

 帰る途中で内院庵に寄ってみた。真っ白な花崗岩で造られた観音様が紅葉のなかに立っており、とても優しい顔立ちをしていたのでおもわず手を合わせてしまった。そのような気持ちにさせる慈悲深い顔立ちをしていた。

                                  1999、11,3、記、

戻る