登山禁止の北海道・駒ケ岳(剣が峰)へ

 

仰ぎ見る駒ケ岳・剣が峰山頂

 

 ナナカマドが真っ赤な実をつけススキが一斉に穂を出しコスモスがゆったりと風に揺れている。もう秋である。仰ぎ見る剣が峰山頂は雨雲に包まれはっきりしない。

 函館本線で函館発長万部行きに乗車すると大沼駅手前で左側車窓の水面に秀麗な山容が映し出される。この山が駒ケ岳であり左側にひときわ聳え立っているのが剣が峰である。 私の中学生時代の趣味は切手蒐集だった。当時集めていた記念切手の中に「国定公園シリーズ」があり、大沼国定公園の図案として大沼の水面に映し出されている美しい駒ケ岳が印象的だった。いつの日にか出かけて行きたい場所のひとつになっていた。9月上旬、札幌市で仕事の打ち合わせがあり出席し、その帰途、函館へ移動し念願であった駒ケ岳へ登った。

 

 駒ケ岳は渡島半島の東側、内浦湾に望む標高1133mの北海道の代表的な活火山で現在も活発に火山活動を続けている。頂上には馬蹄形の大火口が口を開け、その大火口を包むように北に砂原岳、南に隅田盛、西に剣が峰が聳えている。

 駒ケ岳の登山口は赤井川と銚子口の2ヶ所である。今回は時間の関係から大沼公園駅に下車しタクシーで赤井川登山口6合目の駐車場まで行き、そこから登り出し下りを銚子口へとるコースを選んだ。富士登山で吉田口5合目の駐車場から登り出し須走口へ下山するコースに似ている。

 6合目登山口に設置されている「登山届」に記帳し砂礫の登山道へと歩を進める。前方左側に岩肌も黒々と天空に突き上げる剣が峰と、それに連なるなだらかなスロープを見せる馬の背が対照的に遠望できる。

 登山道は馬の背に沿って続いており比較的登りやすい。登るほどに後方には細長いサツマイモの形をした大沼、小沼が見える。今日は風が止まっていたので鏡のような水面に映る駒ケ岳が絵葉書のようだったことを思い出す。

 

 登山道の両脇には、まあるい真っ白なアメ玉のような可愛らしいウラシマツツジがあちこちの火山岩の間に咲いている。ハハコグサの白黄色の花もゆったりと顔を出している。要所要所に設けられているベンチで登山者は思い思いに休憩を取り、広大な景色を堪能しながら頂上へと歩を進めている。今日は土曜日なので登山者も比較的多いのだろう。

 駒ケ岳登山は一昨年3月の小爆発によって昨年は全面禁止であった。今回の登山も事前に役場の観光係に連絡をとり、今年から登山再開になったことを確認したうえでの登山である。登山道は新しい表示板で整備され、6合目の登山口から休むことなく登り、丁度1時間で火口原の広がる山頂へと到着した。ベンチで寝転んでいる登山者がひとりいた。

 山頂には函館営林支局・森営林署が建てた『駒ケ岳自然休養林と山頂案内図』があり、剣が峰、砂原岳、隅田盛への方向指示標柱が立てられているが、「一般の方は危険ですのでご遠慮願います」の注意書きも大きく表示されている。そういえば登山口での「登山者へのお願い」の4項目には次のように記されていたの思い出した。

1、入林者名簿への記入

2、危険箇所への立ち入り禁止。特に火口部へは絶対立ち入り禁止

3、噴火等の異常現象発見時はただちに下山

4、剣が峰、砂原岳は崩落が激しく危険

一般の登山者はここの火口原までである。私は当然の如く剣が峰山頂を目指す。

 

砂原岳頂上

 

 これより先は入山禁止のトラロープに沿って左側に回りこみ、踏み跡を頼りにトラロープを越えて踏み込んでいく。60代と思われる登山者2名が途中から引き返してきた。単独行の私を見て

 「この山にはよく登られるのですか? 私たちには無理です」

 「いや、私は初めて登ります」

と簡単な挨拶で別れる。

 剣が峰は下から見上げると正面は絶壁であり登るのは無理なので、どこかにトラバース道があるのだろうと見当をつけておいたのだが、果たして私の登っていた登山道は途中で途絶えてしまった。ガスが切れるのを待って登山道を探すと、右斜め下にそれらしきものが確認できたので一旦そこまで降り、踏み跡を頼りにガレ場を攀じ登り右側の頂きへ登る。登山口の「お願い」には剣が峰は崩落が激しいと書いてあったが、確かにかなりの岩盤が崩れ落ちているのだ。登っている岩もろとも崩れ落ちるのは御免こうむりたいので浮石に注意しながら慎重に登らなければならない。

 剣が峰の東側は岩盤の絶壁だが西側は苔も着いており足場は安定している。西側は火口原から見ると裏側になるのだが、そこに残る微かな踏み跡を探し出し登り降りしながらトラバースする形で剣が峰頂上直下までやってきた。そこには白い杭が1本打ち込まれていたが表示板や登頂記念板は残されていなかった。そこまでのルートにもペイントマークなどの手がかりも一切なく、最後の一箇所だけ白い丸印が着いていたのが印象的だった。

 

 ロウソクのように聳え立っている山頂は、今いるところから7〜8mの高さなのだが、その頂きへはザイルがないと登るのは無理である。その用意もしていないし1人で登るのにはリスクが大きいと判断し断念する。山頂には以前に登頂した人のザイルの捨て縄が残され、吹き上げてくる風に揺れている。ポケットに小石を一つ入れ、缶入り野菜ジュースを飲み干すと、吹き出てくる汗とは反対にノドを通して水分が細胞の一つひとつに沁み込んでいく感覚だ。ほっとするひとときである。

 西側から急速にガスがその濃さを増してくる。東面の火口原もガスに中であり、このまま時が経過しても天候の回復は期待できないだろうと判断し下山を開始する。岩山なのだが1cmほどの苔が着いており、砂礫も混じっているために非常に滑りやすい。慎重な行動が要求される。剣が峰への登山禁止は継続されており登山道は荒れている。不注意から滑落したら絶望的だろうなぁなどと思いながら3点支持の基本を確実にして歩を進めるのであった。火口原まで降りてくると時折ガスが吹き飛び、噴出している水蒸気が何箇所も確認できる。ここはまさに現役の活火山である。その火口原にも紫色の背丈5cmほどの可愛らしいチシマギキョウが無数に咲いている。小さい花ながらも生命力の力強さを感じる。

 

 剣が峰の3分の2くらいは岩肌に苔が付着しており薄緑色をしている。とても綺麗だ。駒ケ岳に登ってみると小沼や大沼周辺から仰ぎ見る山容とは異なり、至るところで水蒸気が噴出し大きな火口をポッカリと開け、文字通りの岩峰である剣が峰の荒々しさとなだらかな馬の背が同居している山であった。岩場の崩落場所を通過したり、スリップに注意しながらの山頂への登山道は登山禁止が継続しているがゆえに荒れ放題であった。

 火口原までは小学生でも登れる山である。火山活動が鎮静化し剣が峰への登山道が整備され、登山再開の日が早く訪れることを願う。今回はガスのため展望はきかなかったが、もし天候がよかったならば頂上からの雄大な自然の営みである火口原、あるいは大沼、小沼の輝きや内浦湾を挟んで室蘭の地球岬、さらに同じ活火山として噴煙を上げる有珠山、津軽海峡の向こうに横たわる下北半島などの素晴らしい景観が一望のもとに展開されたであろう。

 

水蒸気を吹き上げ続ける噴火口

 

 下山には銚子口に降りたが火口原一帯の溶岩礫地帯のイワヒバ、シラタマノキ、ヒメシャクナゲなどの高山植物は、下に降りてくるに従ってナラ、カエデ、ヤマザクラなどの落葉樹、広葉樹におおわれた明るい林へと移っていく。歩いていると心がとっても気持ち良くなるのである。銚子口登山口の大沼・駒ケ岳神社に立ち寄ると江戸時代初期の寛永17年の大爆発によって飛ばされてきたといわれる溶結凝灰岩で出来ている大岩がある。よくもこんな大きな物がこんな遠くまで落ちてきたものだと改めて爆発した時のエネルギーの大きさ、自然の力の凄さに驚かざるをえない。

 駅までの途中にあった大沼畔の芝生のキャンプ場はとても綺麗だった。今度は家族キャンプで訪れ、火口原までゆっくり明るい林の中をハイキング出来たら素晴らしいだろうなぁと思う。

 

                                      1998,9,15、記、

 

追記:駒ケ岳は私が登った2ヶ月後に爆発し、1999年7月現在、登山禁止である。

 

戻る