剣 岳 へ

 

 

恒例のミーハー・クライミング・クラブの2004年夏山登山は8月27日から8月31日の予定で立山・剣岳登山と決まっていた。昨年計画したのだがあいにく日本海に停滞した低気圧に捕まり、立山の一の越山荘に連泊したあと残念ながら登山を断念し下山した経過があったので今年度は昨年のリベンジを込めての再登山であった。

しかし今年も状況は悪かった。台風17号は台湾から中国へと向かい熱帯低気圧に変わっていたが、今年最大の台風16号が西日本に迫っていたのである。その影響か早朝、長野県側の扇沢に着いた時は小雨が降っており昨年の二の舞になるのかと不安が一瞬頭をよぎるがトロリーバスに乗り込み黒部ダムへ向かう。

トロリーバスの降車口トンネルからダムの向こう岸が見えた。一瞬、目を疑ったが陽が差しているではないか。ひとやま越しただけで劇的に天候が変化していたのである。これなら行ける、と確信を持つ。

ケーブルカー、ロープウエー、トロリーバスと乗り継ぎ室堂に着いた時には、今後の台風16号の進路を予想し登山日程を変更する。当初は立山を縦走したあと剣沢に入り剣岳に登る計画であったが、最初に剣岳に登るコースに変えたのだった。

結果的にはこれが正解であった。

 

 

 今回のメンバーは、13年越しの登頂に燃えるポパイ吉原、最近転勤で若干疲れ気味だが口は相変わらず達者な碓井、2度目の山頂に向かう小笠原帰りのちびっこ大将小沢、白髪がポツポツ出始めた二枚目米山、ドットコム・トリプルスターの資格を持つエンジニア小林、それにリーダーの私の6名であった。

宿泊していた剣山荘を6時に出発したが登山コンディションとしてはあまりよくなかった。朝方まで小雨模様だったせいもあり岩が濡れて湿っており滑りやすかった。夏山事故で一番多いのは滑落である。神経を使う。

 剣岳は文字通りの岩の殿堂である。ごつごつした岩角に足をかけ指先をかけ3点確保を確実にしながら鎖や梯子、ボルトを補助に忠実にトレールをなぞり、足元がスッパリ切れ落ちた高度感十分な岩場を通過していく。

 剣岳のハイライトは平蔵小屋跡近くにある登り専用のカニのタテバイと下り専用のカニのヨコバイである。私たちのパーティーがカニのタテバイに到着した時、前の2つパーティーの人たち40人ほどが登り出したばかりで大渋滞である。ボルトに鎖の連続で縦に登ってから横にトラバースし更に縦に上って反対斜面に出てから山頂を目指すのだが急ぎは禁物である。落ちれば命の保障はない。

 

 

 そんな危険な場所の順番待ちをしていると今年も雷鳥の母親と子どもの親子が現れ愛らしい姿を見せてくれた。親子は私たちから2mほどの距離で10分ほど驚くことなくせっせとタカネシロツメクサの花や葉をついばんでいた。

3000mの北アルプスエリアでは登山者マナーとして、自分で出したごみの持ち帰り、あるいは花を摘んだり、小鳥を驚かしたりしない、ということが定着していると思われる。自分の足で登ってこなければ見ることが出来ない世界をいつまでも自然のままで残しておきたいと思う心が必然的に登山者マナーとして定着しているのだと思う。雷鳥の親子が私たち登山者に驚くことなく餌を啄ばむことが出来るのもその現われだと思う。

剣岳山頂には8時20分に到着した。カニのタテバイで30分ほど渋滞順番待ちをしたのでスムーズにいけば2時間弱で登頂できることになる。

12年前に登頂した時は360度の大パノラマであったが、2度目の山頂は霧の中であった。

 剣岳山頂の標高は2998mである。2m足らずに3000mの仲間入りをしていない。現在、標高の再検討が実施されておりその結果、3000mの仲間入りするであろうと言われている。それは、ある大学生がパソコンを使用して算出した剣岳の標高は3000mに達していたと言う。勿論、他の山々の標高を算出しその算出方法の精度が証明されているうえで剣岳の標高が3000mと算出されたわけである。

 

 

 12年ぶりに訪れた山頂に懐かしみを覚えたが、立っている祠は大分傷んできたなあというのが第1印象であった。その祠の前で登頂記念の写真を撮った。晴れていたならば、北は富山湾から能登半島を包んで日本海の平らな海原を見渡し、南は後立山連峰の連なる稜線が青いシルエットとなって浮かび上がっている絶景が広がっているのだが、これも天気しだいとなるので、いたしかたないと諦める。ウインドブレーカーを着込み20分ほどガスが飛ぶのを待ったが晴れそうもないので引き返すことにした。山頂からのパノラマは見ることが出来なかったが仲間の顔は登頂の充実感に溢れていた。

 さて登ってきた道を剣山荘まで引き返すのだがカニのヨコバイという鎖場の難所が控えている。岩場としてはカニのタテバイよりも短いのだが通過するにはタテバイよりも難しいと思う。鎖はステンレスの丈夫なものが岩に付けられており決して切れることはないが、最初の右足の一歩を掛ける岩角が見づらいところにあり神経を使う。足元はスッパリ谷底まで切れ落ちており鎖を頼りに足元を岩角に慎重に載せ文字通りのヨコバイで通過する。毎年この場所で登山者が足を滑らせ死亡しており、今年も滑落者が出ている。下りもまた大渋滞であったが急ぎは禁物なのでゆっくりペースで順番を待ち無事に通過した。

 

 

 8月下旬は山では短い夏が過ぎ秋の季節である。登山道の脇に咲く花々も秋の花々が目立ってきている。ナナカマドの実は赤味を増し、ジョウゼツランは群青色の実をつけ口に含むと甘酸っぱい味がする。またホシガラスの絶好の餌さとなる木苺も真っ赤な実をつけている。あと1ヶ月半も経つと山には初雪がやってくる。

 

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