素晴らしい展望の武甲山

 

武甲山山頂に着いた

 

10月29日 水曜日 晴れ

今回の登山は以前から気になっていた秩父の名峰 武甲山(標高:1304m)である。計画を立てる際に表参道がある西武線横瀬駅から歩くと、車道歩きが2時間もあるので横瀬コースを採らずに、裏参道の秩父鉄道浦山口駅から車の通らない橋立コースで計画を立てた。標高差は1050mとなる日帰り登山である。

 

久しぶりの駅そばだった

 

幕張駅の始発に乗るために自宅を4時20分に出た。登山口の浦山口駅に着くまでに5箇所の乗り換えをしたが、10月下旬ともなると電車の座席には暖房が入っていた。お花畑駅では乗換え時間があったので朝食に駅そばを食べた。気温が下がっていたので暖かい汁が身体全体に行き渡ったようで活力を感じた。

 

武甲山が迫力のある姿で見えた

 

西武秩父駅のホームからピラミダルな武甲山が迫力ある姿で見えた。これからあのてっぺんまで登っていくのだ。武甲山の北側半分は石灰岩で成り立っているので、大正時代からセメント鉱山として採掘が進められ、特に昭和40年代からの高度経済成長期になって大規模な採掘となったという。秩父市側から望む武甲山は掘削で石灰岩が露出した緑のない痛々しい形をしている。武甲山の登山口である浦山口駅に降りたのは8時を回っていた。約3時間の電車内では山小屋の本を読んでいた。

 

登山口の浦山口駅に降りた

 

無人駅の浦山口駅を降りたのは私ひとりだった。改札口を出ると「最近、里山にクマが出没しているので十分注意してください」の看板が立っていた。紙の国土地理院の1/25000地形図も持っているが、スマホの登山地図を呼び出しGPSを設定して歩き出した。

 

秩父札所34観音霊場の札所第28番橋立堂

 

駅から10分ほど歩くと、秩父札所34観音霊場の札所第28番・石龍山橋立堂というのがあったので寄ってみた。石灰岩の大岩壁の下に江戸時代建立の馬頭観音堂が建っていた。時間がないので鍾乳洞には入らなかったが、札所観音堂にお参りし観音菩薩の真言を3回唱えた。御真言を唱えたのは四国88箇所のお遍路以来なので久しぶりだった。お堂のなかには金ピカの観音菩薩が祀られていた。

 

蕎麦屋の親父さんからクマ情報を得る

 

橋立川に沿った林道を歩いていくと、2頭の犬と散歩していた男性に会ったので、「最近、東北地方では連日のようにクマ騒ぎが報道されているが、この辺りにクマ情報は出ていますか?」と尋ねると、「最近はクマの話しは出ていない」とのことだった。男性は観音堂の隣に建っていた『手打ち甚太郎そば』の親父さんだった。「帰りにお茶でも飲んでいってください」と言われた。お礼を言って別れたが、お茶と言われても下山後で喉が乾いた時はビールだろう。絶対ビールなのだ。

 

クマ出没注意の看板

 

林道を歩き杉林のなかの急登を登りきった時は、駅から歩き出して2時間が過ぎていた。秩父市が立てた「熊出没注意」の看板があった。横に橋立コースの赤い標柱が立っていた。ひと休みして歩きだすと登山道はしばらくのあいだ傾斜がゆるまった。東京からきたという30歳代と想われる男性に出会ったので立ち話をすると、頂上で会った男性は千葉県から車できて、小持山・大持山を歩いて駐車場に戻ると言っていたことなどを話した。笑顔の爽やかな青年だった。

 

 

両神山の稜線が間近に迫っていた

 

ヤマザクラの葉が黄色く色づき初めていた。左後ろに鋸の刃を立てたような両神山の稜線が間近に迫っていた。静かな森のなかでセメント砕石工場からの音が聞こえてきていた。辺りは静かで私のトレッキングポールにつけたクマ鈴の音だけが響いていた。

 

葉が色づき初めていた

 

長者屋敷の頭で英語のラジオを大音量で流しながら、山頂方向から降りてきた男性に出会った。ラジオはクマ避けだろうが、音が大きすぎて折角の静かな山歩きが台無しになるのではなかろうか? 人それぞれの山歩きに対する価値観だと思った。「西参道は石灰岩発破のため廃道となりました。通行できません」という秩父山岳連盟と秩父セメント会社が昭和61年5月に立てた看板があった。あと1時間の登りで山頂に着くだろう。

 

御嶽神社奥宮に着いた

 

歩き出して3時間で表参道と裏参道の合流点に着いた。ここを左に折れて山頂に向かった。参道合流点からまもなく御嶽神社奥宮に着いた。想っていたより立派な奥宮で、この神社の狛犬もオオカミだった。秩父地方の三峯神社、宝登神社、秩父神社や奥多摩地方の武蔵御嶽神社、大岳神社など狛犬がオオカミの神社が多い。今は行政区が東京都や埼玉県などに別れているが、昔は文化圏が一緒で狼(大神)信仰の名残りだろう。境内に立っていた御嶽神社由緒と横瀬町の武甲山案内を併せ読むと、神話の世界である日本武尊から書き出してあったが、平安・鎌倉時代まで遡る痕跡があるという。

 

武甲山山頂に着いた

 

奥宮から山頂に向かうと第2展望台があり、金網が張りめぐらせてあり立入禁止だった。左に折れて第1展望台に向かう間もなく武甲山(標高:1304m)の山頂に着いた。山頂となっているけれども第1展望台だった。昔の山頂は削られて無くなってしまい、山頂に置かれていた丸い展望盤が現在の山頂に移ったのだった。北側の眺めが素晴らしく、眼下には秩父市街が広がり、遠くに浅間山 榛名山 赤城山 その奥に谷川連峰が見え、西側には両神山が見えた。武甲山の標柱のそばに男性登山者がいたのでスマホのシャッターを押してもらった。40歳代と思われる男性は深谷からやってきていた。腰の手術後のリハビリ登山だと言った。武甲山登山は今回で5回目になり、いつも周りが見えなかったが、今回はこんなに素晴らしい景色が見られて最高です。登山は秋か冬ですね、と感動していた。私と同じの浦山口からの橋立ルートだったが、表参道よりも面白かったと言った。

 

山頂は立入禁止だった

 

山頂は3社合同の秩父セメント会社の私有地になっており、金網で隔てられて立入禁止だった。展望台で景色を眺めながらおにぎりを食べつつ20分ほど休んでいたが肌寒かった。今朝は今秋になって1番の冷え込みだったので、昼になっても気温が11℃と上がらなかった。私が休んでいる間に2人の男性登山者が登ってきていた。

 

紅葉はまだ始まったばかりだ

 

山の紅葉はまだ始まったばかりだった。黄色や紅もまだまだ若い感じがした。11月に入ってから紅葉も本番を迎えるだろう。武甲山は独立峰で山頂までの距離が短く日帰りで登れるので、晴れの日を狙ってやってくれば素晴らしい景色を観ることができるだろう。

 

巨大なクマのうんこが落ちていた

 

山頂からの下山ルートも横瀬駅までの車道歩きを避けて、浦山口駅までの橋立ルートを降りた。驚いたのは林道に降りてから巨大なクマのうんこが落ちていたのである。私のMサイズの手袋を横に置いて写真を撮ったが、初めて見る大きさだった。まだ最近のもので新しく、草の実がいっぱい詰まったうんこだった。登山はクマなどの野生動物が棲んでいるなかに入っていくので、たびたびシカ、サル、イノシシ、カモシカ、イタチ、アナグマなどの動物や落とし物に出会うが、こんな大きなクマの実物には出会いたくないものである。

 

味噌おでんと缶ビールで乾杯

 

行きに林道で出会った親父さんの『手打ち甚太郎そば」に戻ってきた。店先で味噌󠄀鍋をかき回していた親父さんが、私の顔を見るなり「お帰りなさい」と声をかけてきた。帰りの電車の時刻が30分後と迫っており、店から駅まで10分かかるので食事時間は20分となり、手打ち蕎麦を頼んで食べるゆとりはなかった。残念だが手打ちそばは食べられずに、味噌おでんと缶ビール2本を頼んだ。お新香ときのこが付いて900円だった。渇いた喉にビールが沁みた。味噌おでんも美味かった。

 

今回の武甲山登山データ

 

親父さんは若いころに千葉に潮干狩りに行ったことなどを話し、店の入口に1950年代の武甲山の白黒写真がたくさん貼ってあったので、昔の武甲山は形も素晴らしく登山道がたくさんあったことなどを聞いていると、コーヒーをサービスで出してくれた。サービス精神旺盛な親父さんである。また訪れた時は手打ちそばを頂きますから、と挨拶して浦山口駅に向かい、電車の発車1分前に駅に着いた。スマホ地図のGPSを切るのを忘れて横瀬駅で止めたのだった。

 

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