ハルゼミが鳴く滝子山へ
素晴らしい展望の滝子山1620m山頂
今回の登山目的は山梨県大月市にある滝子山1620mであった。滝子山はJR東日本の「駅から日帰りトレッキングキャンペーン」には入っていないが、富士山の好展望地として「大月市秀麗富嶽十二景
第四番」と「山梨百名山」に指定されている。山頂への登山ルートは東西南北の4ルートがあり、日帰り登山の場合は西側ルートと東側ルートが多く登られている。北側ルートは距離が長く、南側ルートは岩尾根の急登となり岩場経験者ルートである。私は登りに笹子駅から南側の岩尾根ルートを登り、下りに東側ルートで初狩駅に下山するコースを計画した。予定時間は約7時間だった。
幕張を出発した時の茜色の空
幕張の自宅を出たのは4時20分だった。東の空を見ると茜色に焼けていた。朝焼けは天候が崩れる予兆だ。山梨県大月市の天気予報は、午前は晴れだが午後からは曇りだった。翌日も曇りの予報が出ていたので、雨は降らないだろうと予想した。総武線新小岩駅手前で、両国駅で人身事故が発生したため、電車が遅れる旨の車内放送があった。錦糸町駅で電車が止まってしまい、再開は30分後の予定だという。総武線快速に乗り換えて東京駅に向かい、中央線に乗り換えることにした。予定の八王子駅で乗ろうとした松本行きには間にあわないが、仕方がないことである。東京駅と高尾駅で乗り換え、笹子駅には当初予定の30分遅れで着いた。
「名物にうまいものあり」の笹子餅
半月ぶりに笹子駅に降りた。前回は笹子雁ヶ腹摺山に登るためだった。笹子駅に下車したのは、男性登山者が私を含めて2人、女性登山者が1人の合計3人だった。笹子駅前で国道20号線を右折して滝子山登山口に向かった。駅から歩いて2、3分のところに笹子餅本舗みどりやがあった。店に入って500円の笹餅をお土産に買った。まだ登山を始める前だが、下山が隣の初狩駅になるため、妻への土産で笹子餅を買い求めたのである。笹子餅は甲州街道随一の難所であった笹子峠で売られていた力餅がルーツといわれ、現在は峠から笹子駅前に移って店を開いているようだった。そこから100mほど先に甲斐の銘酒笹一の蔵元があった。しかし、まだ朝早いので店は準備中だった。道路脇の電光掲示板が気温20℃を示していた。
野生動物侵入防止ゲート
空は薄く雲がかかっていたが、太陽が差し込むため暖かかった。笹子川を渡ると周りからはカエルの声が耳に届いた。駅で降りた3人とも滝子山に向かっていた。吉久保集落の途中から左折して山に入って行った。イノシシよけのネットが張ってあるところで、突然センサー付き警報器が鳴り出した。私がセンサーに近づいたので、突然鳴り出したのであるが、これだと寄ってきた獣たちもビックリすることだろう。集落のはずれに網の柵が張られ、通行止めになっていた。ゲートに「通過者は必ず柵を閉めて下さい」との但し書きが貼られていた。野生動物が集落に下りてくるのを防ぐ方法である。今ではどこの山村でも見られる風景になってしまった。過疎化された土地に住む人間よりも獣の数のほうが多いのである。
昨年(2020年)4月の農林水産省の発表によれば、全国1741市町村の中で鳥獣被害を受けているのは1502市町村(86%)であり、そのうち被害防止対策を取っているのは1218市町村(81%)である。更に環境省の発表によれば、シカは1989年〜2014年の25年間で約9倍に増加し246万頭、イノシシは約4倍の120万頭に増加している。一方、狩猟免許所持者数は1975年で52万人だったが、2016年では20万人に62%減少している。山道を歩いていれば、しばしばシカやイノシシの痕跡に出会うのは当たり前になっているのである。
寂しょう尾根 危険! 注意!の看板
8時40分に寂惝尾根への分岐に着いた。大月警察署と大月市の看板が立っていた。文言は、寂しょう尾根ルートは、急峻で岩場も多く事故や遭難が多発しており、非常に危険なルートです。ご自身の経験値や体力等を適切にご判断いただき、無理をせず天候等も考慮し、状況に応じたルート変更もご検討ください、というものだった。行政や警察は、あまり登らせたくないのだろう、と感じた。私はその寂惝岩尾根の登山道に入って行った。クマ鈴をザックに取り付け、ストックを一本出した。登り始めてすぐに廃屋のように佇む山小屋があった。入口に「寂惝荘」という看板が掲げられていた。その横を通り山の中に入って行った。登山道表示はないが、踏み跡が延びていたので、迷うことはないように思われた。植林されたスギとアカマツの林の中を歩き標高を上げていくと、周りからくぐもったジンジン・シャカシャカというハルゼミの声が聞こえてきた。アカシアの白い花房を見ながら額の汗をぬぐった。
純白のエゴノキの花が咲いていた
登山道に純白のエゴノキの花がたくさん散っていた。明るい落葉広葉樹の森の中から、ホトトギスのトッキョキョカキョクというの鳴き声が聞こえてきた。夏鳥が遠い南の国からやってきているのだ。明るく日当たりのいい尾根道は急登だが清々しい。風は止んでいた。ヤマツツジが咲いているところで夫婦と思われる2人が休憩していたので、挨拶をして追い抜いた。尾根は徐々に岩が露出する岩尾根に変わっていった。これから山頂に向けさらに岩場は多くなるものと思われた。
たくさんのヤマツツジが咲いていた
登山地図を確認し、岩場が連続して現れる手前でストックを折りたたみザックに収納した。これからは両手で岩を掴みながら登っていかなければならない。さあ気を引き締めていこう。登山道脇に咲くヤマツツジには3葉と4葉があり、花の色の濃淡や花の大きさも違うので、これは別種類のツツジと考えても良さそうだった。
岩場の急登が続いた
岩に赤色で印されたマークを探しながら登っていった。途中で左の巻き道と直登の道があったが、私はまっすぐの急登を選ぶと、やがてピンクのテープ目印や岩隠にペンキの赤色マークが見つかった。左の巻き道は果たしてどこに繋がっていったのだろうか。それ以後、私が真っ直ぐに登っていったルートと、巻き道が合流するポイントはなかった。ひとつの岩場を乗り越えると、次の岩場が待っていた。鎖場もあったし、両側が落ちた1mほどの幅の岩を歩く特は緊張した。
小さな妖精のようなピンクの花を咲かせているイワカガミ
岩場を緊張しながら登っていても、小さな妖精のようなピンクの花を開いているイワカガミに出会うと、その可愛らしさに登山者は心を奪われてしまう。今回もイワカガミがびっしりと咲いている場所があった。私がイワカガミの花と初めて出会ったのは、今回と同じような岩尾根を緊張しながら攀じ登っていた埼玉県秩父市にある両神山だった。私の登山形態は、夏山縦走の場合はチームで登るが、それ以外の山行は全て単独登山である。今回も単独登山だが、両神山も同じだった。
どど〜んと富士山が姿を現した
このようにして岩場を越えて山頂に向かっていった。周りのヤマツツジの朱色やトウゴクミツバツツジのピンクの花が心を鎮めてくれた。岩尾根を登っていき、ホッと一息いれて後ろを振り返ると、どど〜んと富士山が姿を現していた。絶景である。頬に微かに感じる風が実に気持ちよかった。山頂からも素晴らしい富士山が見えるだろう。岩尾根を登り浜立山と滝子山への分岐に着いた。分岐を右に折れて滝子山に向かった。山頂が間近に見え、ひと登りすれば山頂である。登山道には四方八方からハルゼミの鳴き声が聞こえていた。
滝子山1620m山頂からの富士山の眺め
11時20分に滝子山山頂に着いた。山頂は東西に細長く、見晴らしが良かった。滝子山も「大月市秀麗富嶽十二景四番山頂」と「山梨百名山」に指定されていた。山頂の正面に富士山が両側の裾野を広げて聳え立っていた。今まで何度となく富士山を見てきたが、大月周辺では一番素晴らしいのではないかと思われた。山頂の周りにはたくさんのツツジが生えていたが、まだ蕾がほとんどだった。中にはピンクの花を咲かしているのもある。黄色い蝶々が咲いているピンクのツツジの花に纏わりついていた。私と同年配と思われる男性登山者が頂上に着いたので、富士山をバックにしてスマホのシャッターを押してもらった。
明るい登山道に咲くトウゴクミツバツツジ
山頂でおにぎりを食べ、20分ほど休憩したので、山頂を出発し初狩駅に向かった。明るく広い尾根にピンクのトウゴクミツバツツジが咲いていた。明るい尾根は気持ちがいい。これから長い下山ルートになるので注意しながら下っていこう。男坂と女坂が合流するところが檜平という場所だった。大きなヤマツツジが5株咲いていた。富士山の眺めも素晴らしかった。その後もクヌギ、ナラ、ブナの混じる落葉広葉樹の明るい尾根を下っていった。アオダモの白い花やヤマツツジの朱色の花が若葉の中に色を添えていた。明るい林の中に薄日が差し込んでおり、初狩駅への下山までには雨は落ちてこないだろう。
ハルゼミのシャワーを浴びた登山道
ハルゼミの鳴き声が四方八方から耳に届いてくる。俳句の夏の季語に「蝉時雨」というのがある。梅雨が明けて夏の訪れとともに蝉が一斉に大声で鳴きだすさまをいう。まだ関東甲信越は梅雨入りしていない段階だが、ハルゼミの大合唱はまさに「蝉時雨」状態であった。ハルゼミの声がやかましいほど耳に届くのだった。
初狩駅ホームから眺めた滝子山
13時45分に藤沢集落の滝子山登山口に降りた。これから舗装道を初狩駅に向かって残り30分である。初狩駅ホームから間近かに滝子山が望めた。堂々たる山容である。あの山に登って来たのだという感慨に耽りつつ、ホームのベンチでスコッチを口に含んだのである。ツツジが見られ、イワカガミに出会い、富士山が見られ、ハルゼミの鳴き声も楽しめた。今回の登山も静かな山の中で、素晴らしい時間が持てた登山だった。
今回の滝子山登山活動データ
私は登山というのは、自宅から出発し自宅へ戻るまでと考えている。登山口、山頂、下山口はあくまでも登山コースの通過点にしかすぎない。もちろん、危険個所は登山口から山頂、そして下山口までの行程の中にあるわけだが、単独登山のため十分な下調べと行動中の細心な注意によって、事故を引き起こすことなく登山を楽しみたいと考えている。幕張駅に戻ってきたのは17時15分だった。雨がポツポツ落ちてきていた。夕ご飯の準備のために、菜園によってタマネギを2本引き抜き帰宅した。帰宅後、風呂を沸かし、洗濯物を取り入れ、夕ご飯の準備をし、風呂で汗を流したあと、職場から帰宅した妻と食卓を囲みながら、無事帰宅の乾杯をしたのだった。