気分は最高!高妻山
高妻山遠望
4時30分、鶯の鳴き声で目が覚める。東の空が明るくなり夜明けが近づいている。空は雲ひとつなく快晴である。テントの中で朝食のアンパンを食べ登山の準備に取りかかる。準備といっても高妻山までの往復なのでサブザックの中にディジタルカメラ2台、登山ガイドブック、500mlの水、昼食用のジャムパンとレトルトカレー、ヘッドライト、レインウエアを詰めて戸隠キャンプ場を出発したのは5時だった。
牧場を通り抜け、「熊出没注意」の看板が掛かる高妻山登山口に着く頃、東の空がオレンジ色に輝き光の矢が戸隠山の岩壁を赤く染める。その荒々しい岩壁を左手に見て樹林帯の中の登山道は大洞沢沿いに延びている。周りから絶えず聞こえてくる鶯をはじめとする小鳥たちの鳴き声が快い。大洞沢の流れを4度5度と渡り返し滑滝に掛かる鎖を乗り越え、帯岩と呼ばれている一枚岩を鎖にサポートされながら右へトラバースする。帯岩には足場が切られているので心配することはない。トラバースが終ると一不動の滝が落ちており左側の鎖を頼りに乗り越え、更に登っていくと氷清水と呼ばれている大洞沢源流に着く。青色のコップが置いてあったので休憩しながら2杯飲んだ。美味かった。ガイドブックによると氷清水は一不動避難小屋から10分ほど下にある。一休みしたあとひと登りで見晴らしのいい戸隠山と高妻山の分岐点である一不動避難小屋に着いた。戸隠キャンプ場から一不動避難小屋までのコースタイムはガイドブックに2時間10分と記されているが、私の場合は半分の1時間だった。背負っている荷物が軽いこともあって標準より倍のスピードで登ってきていることになる。
一不動避難小屋の中を覗いてみると昨晩少なくとも2人の登山者が宿泊したあとがザックと干されているシュラフから伺える。今回の登山ルートは高妻山までの往復であり帰路も一不動避難小屋を通るので、私は汗で濡れてしまった長袖シャツを脱いで室内に張り巡らされていた細引き紐に干した。一不動避難小屋から南方に昨年登った緑に覆われた飯綱山が聳え、雲海の彼方に朝の太陽が明るく輝いている。
一休みしながらガイドブックを取り出し高妻山山頂までのルートを確認する。今休憩している避難小屋が建つ位置が一不動であり、一不動から順にニ釈迦、三文殊、四普賢、五地蔵、六弥勒、七観音、八薬師、九勢至、そして山頂の手前に十阿弥陀の祠がある。昔の山岳宗教の名残が石の祠として残っているのである。これは昨年登った飯綱山も同様な石の祠が山頂までの要所要所に祭られていた。
高妻山山頂(2353m)
いつもの登山だと30分ごとに5分の休憩を目安にしているが、今回は1時間ごとに5分の休憩を取るペースにしている。一不動から1時間ほど登ったオオバコが生えている比較的に広い五地蔵で休憩を取った。本当に気持ちいい快晴の空が頭上に大きく拡がっている。石の祠にお賽銭が上がっているが、その中に江戸時代の「寛永通宝」が1枚入っていたのにはビックリした。登山道は林の中、笹の中、草原の中であったりしながら上り下りを繰り返し、十阿弥陀の祠の直下では樹林帯の中で岩角をつかみ木の根を掴みながらの急登となる。苦しい登りであるが先が見えているので苦にはならない。高妻山山頂に辿り着いたのは8時30分であった。キャンプ場を5時に出発してから3時間30分の行程であった。
山頂からの眺望は雲ひとつない快晴のもとに、残雪の北アルプス、シルエットとして浮かび上がっている中央アルプス、南アルプス、八ヶ岳連峰、富士山、煙を上げている浅間山、どっしりとした御嶽山、すぐ近くの雨飾山、火打山、妙高山の北信州の山々、等々、真に360度の大展望である。この景色の雄大さは山頂に登った者しか味わえないものである。全く音のない静かな山頂にいるのは私一人である。この景色を独り占めしている。私が山頂に到着しセルフタイマーで登頂写真を撮影し、レトルトカレーとジャムパンを食べ終わったころ、日本語を上手に話す外国人青年が登ってきた。写真を写してやり、あれこれ話してみると彼は日本に滞在して10年になるとのことなので、どうりで日本語が上手なわけだと納得した。あまりにも眺めが素晴らしいので山頂を離れがたく50分ほど景色を堪能し下山に取りかかる。山頂には5人が残っていた。
私が高妻山の名前に初めて出会ったのは10年ほど前の雑誌だった。その当時、深田久弥が書かれた『日本百名山』の書籍名は知ってはいたが、私自身『日本百名山』に興味はなく高妻山が日本百名山に入っているとは知らなかった。戸隠山の奥にある登山行程の長い山であることだけが頭に残っていた。昨年9月、戸隠山周辺の散策に出かけ飯綱山に登った。あいにくの曇り空で展望は望めなかったが、雲の彼方に戸隠山や高妻山があることをパンフレットの写真で確認した。今年の5月の連休に飛騨高山・白川郷へ家族旅行に出かけた際、長野高速道路から真っ白く雪を被った端正な高妻山の姿が走りすぎる車窓から望めた。その時、夏になったら高妻山に登ろうと決心したのであった。登ってみた感想は楽しい山であった。沢があり、滝があり、鎖があり、登山道は長いながらもアップダウンを繰り返し変化に富んでおり、その時々で展望が開け厭きさせない登山であった。
戸隠キャンプ場の夜明け
今回はキャンプの用意をしていたので楽な行程を考えるのならば前日に分岐点の一不動避難小屋まで登り、シュラフで避難小屋に宿泊してもいいのだが、昨年の周辺散策の祭に環境庁を初めとして戸隠登山ガイド組合や戸隠地区山岳遭難防止協会の方たちが、一不動避難小屋周辺の環境保全の視点、具体的には避難小屋を利用する登山者たちの「し尿」による環境悪化、ティッシュの散乱と悪臭、更には避難小屋内のゴミの残置、等々から避難小屋の緊急時宿泊以外の宿泊を遠慮するよう呼びかけているのを知ったのである。私はその時点で戸隠キャンプ場にテントを張り、早朝出発しての高妻山往復ルートを決定したのである。戸隠キャンプ場は周りを林に囲まれ、明るく広々とした草原の気持ちのいいキャンプ場であり、テント一張り1泊の利用料金は1000円である。
高妻山も百名山ブームの流れで登頂する人が増えている。しかしながら登山者としてのルールは守るべきであり、地元の方たちの環境保全への呼びかけに登山者は自分自身で考えて行動すべきであると思う。
2006年8月6日