パキスタン登山準備のための高水三山登山
岩茸石山山頂からの奥武蔵の山々展望
今年も7月6日〜20日までの15日間、ヒマラヤの8000m峰であるナンガパルパット北面・南面を展望し、更にカラコルム地方を代表する名峰ディラン、ラカポシを展望するパキスタン登山に出かける予定である。ディランは北杜夫の小説『白きたおやかな峰』の主舞台になった山として有名である。今回のパキスタン山旅の最高標高は3800mであり、富士山山頂ほどの高さなので高山病の心配はしていない。そのトレッキング準備としての足馴しに近郊の山に出かけようと思い、『関東日帰りの山・ベスト100』の中から候補地を選択してみた。
私の住んでいる千葉には標高が低すぎて適当の山はない。そこで3月下旬で残雪もなく交通の便が良く電車も比較的に空いている奥多摩地方に焦点を当てて調べてみると、「高水三山」「川苔山」「大岳山」「御嶽山・日ノ出山」「御前山」「三頭山」「浅間嶺」と結構ハイキングコースが見つかった。その中で「大岳山」と「御嶽山・日ノ出山」コースは以前歩いたので除外した。残った中から第1回目として高水三山の縦走コースに出かけることにした。
高水三山ハイキングコースは青梅線の軍畑駅(標高240m)をスタートし、高水山(759m)、岩茸石山(793m)、惣岳山(756m)を縦走し、御嶽駅(242m)に下山するもので、標準コースタイムは4時間10分とされていた。標高差は553m。3つの山頂を通過するのでアップダウンも適当にあるだろうと考え、今年最初の足馴しには丁度良いかな、という感じであった。
幕張駅発6時の電車に乗り、御茶ノ水駅、立川駅、青梅駅で乗り換え軍畑駅に到着したのが8時39分。2時間40分ほどの旅だったが、拝島駅を過ぎると乗車客の殆どはハイキングが目当ての人となっていた。土休日ではなく木曜日ではあるが奥多摩の山々へ足を運ぶ人は多い。私もその中の一人であったが60〜70歳代の中高年齢者ばかりが目立つ車内だった。
軍畑駅から登山地図に沿って、鎧塚、曹洞宗高源寺、砂防ダムと平溝川沿いを登っていくと、ようやく車道から外れ山道となる。周りは杉の木立に囲まれ足元から落ち葉の柔らかいクッションが伝わってくる。アスファルトから開放されたことにより足がホッとしているのが分かる。
杉林の中をしばらく登っていくと、やがて植林された杉林が伐採された跡があちらこちらに見受けられる。伐採後に植樹された苗木を見ると桜のような広葉落葉樹であった。現在、杉や檜を主とする花粉が飛散することによる花粉症が問題視されており、そのことへの反省も含めて遅まきながら本来の広葉落葉樹林への復帰を考えての対応ではないかと思われた。それにしても杉や檜の値段は安く、山を手入れする人も減少し、伐採しても麓まで運び出す人も足りないという四面楚歌の林業にあって、広葉落葉樹林に戻す事業は大変な労力とお金が必要だと思う。
途中、「自然が豊かな奥多摩の山々には熊や鹿など野生動物が暮らしています。登山やハイキングの際はベルやラジオなど音のでるものを携帯し人の存在を知らせましょう。熊を見かけた方はご連絡をください。青梅警察署:電話番号。青梅市役所:電話番号」という青梅市観光協会の看板が目についた。熊だって人間が怖いのだ。只、予期せずに突然ばったり出会った時などに熊は恐怖のあまり人間に襲いかかるのであって、予め音などにより人間の存在を知らせて遠ざける処置は正しいと思う。今回は熊鈴をザックに着けていなかったが、次回からはザックにくくりつけ鈴音を鳴らせながら歩こうと思った。
軍畑駅から1時間30分ほどで高水山常福院に到着した。この寺は浪切不動尊を祀る寺で、毎年4月に鎌倉時代から延々と舞い続けてきたという古式獅子舞が奉納されている。そのポスターが不動堂前に掲げられていた。黄金と黒色に輝く雄獅子は太陽と月を表し、朱色に輝く雌獅子は星を表し、3匹の獅子達は御幣懸かりに始まり、第6庭の太刀懸かりの白刃まで延々と舞うという。一度、見てみたいものだ。
この寺の不動堂の彫刻は見事なものである。創建当時の色彩は剥げおちているが、残っている色彩からだけでも創建された当時の見事さが分かる。しかし私が気にかかったのは「阿吽の呼吸」に表されている仁王像であった。左側に位置する「吽」の像は、独古を右手に持ち左手を腰に当てている見慣れた姿であったが、その右側に位置する「阿」の像は、頭が3面、手が6本という初めて見る3体合体の像であった。身体全体は褐色の戦闘服を着衣し頭部は黒色に塗られており、口は開いておらず不動明王そのものの姿に見えた。
常福院の裏側からひと登りで高水山山頂に到着するが、その手前で左側に展望が開けたところからピラミダルに裾野を広げる美しい山が望めた。神奈川県の丹沢山であろうか。山名を確認したいと思ったが残念ながら高水山山頂には山名同定盤のようなものは設置されていなかった。山頂で二人の登山者と出会ったが共に単独登山者だった。日陰には溶け残りの雪が見受けられ、登山道も泥濘る場所が多く、特に下り箇所ではスリップしないように注意深く降りなければならなかった。
高水山山頂からクヌギ林を下り、明るい尾根伝いを進み急激に登り直した先に北側が開けた岩茸石山山頂だった。今日のハイキングの最高標高地点である。時刻は11時。昼食を摂るのに絶好の展望でもある。ベンチに腰を下ろしコンビニエンスストアで買ってきたオニギリを出して食べだした。右横のベンチには50歳代と思われる夫婦連れが座り、左奥には男連れの二人がやはり食事中である。奥武蔵の峰々はあまり高い山はなく遥か遠くまで見渡せた。岩茸石山山頂が今回のハイキングコースのほぼ中間地点である。食事を終え次のピークである惣岳山へ向かって降っていった。
惣岳山山頂は鬱蒼とした杉の木立の中にあり展望は無かった。山頂は青胃神社の境内でもあり10人ほどのハイキング者が雑談をしながら食事中だった。境内に奥の院が祀られているので金網越しに覗いてみた。小さいけれども立派な奥の院の神殿建物である。脇に祭神は大国主命との表示がされていた。
御嶽駅まで下る途中の登山道にひときわ大きな杉が枝ぶりも見事に3本そびえていた。その内の2本には注連縄が懸けられていた。周りの杉の木は全て枝打ちされたスマートな姿をしているが、この3本の杉だけがこの山の主であると自己主張している姿に見えた。幹の太さからいっても相当の年月生きてきた杉であることが想像できた。
今回の高水三山ハイキングをスタートとして、1週間か2週間に1度は天気予報と相談しながら日帰りハイキングを行ない7月のパキスタン・トレッキングに備えようと思っている。今回の山道ではひとつの花にも出会わなかったが、これから春を迎えるのに従って山々には緑が増し、足元からは小さな花々が静かに微笑みかけてくることだろう。