黒部の最奥・高天原温泉へ
高天原温泉野天風呂
北アルプスの秘境である黒部源流の山旅に出かけた。今回の山旅は9月上旬に計画しているMCCの山仲間との夏山縦走計画の下見を兼ねていた。私は北アルプスの薬師岳〜立山までの縦走については2回行っているが、今回入山した黒部源流に入山するのは初めてだった。登山計画を作成した段階では山小屋4泊だったが途中で3泊に変更し、歩くルートもより過激なルートに変更した。60歳代として歩くには客観的に見てハードな計画に変更したのであった。
金曜日の夜行バスで東京竹橋毎日新聞社前を出発し翌朝富山県の有峰口に到着し握り飯の朝食を済ませ富山駅前発の乗合バスに乗り換え折立登山口に7時に到着する。ここから登山の開始であるが太郎平までのコースは既に2回歩いているのでイメージは頭の中に入っている。ブナ林の中の登山道を淡々と歩き中間点の見晴台に到着すると雲ひとつない快晴の中に剱岳が特徴ある三角形の山容を表している。実に堂々としている剱岳は私の最も好きな山だ。剱岳を遠望でき幸先良いスタートだと思った。
10時には太郎平に到着してしまった。4時間半のコースを3時間で登ったことになるが、半月前までパキスタン・トレッキングに出かけていたため、心肺機能が高まっているのかもしれないが、登山地図のタイム自体がおかしいのではないかと判断している。太郎平小屋前の広場で一休みしたあとハクサンイチゲやチングルマが咲き乱れているお花畑を横断して薬師沢小屋への登山道に踏み込む。折立登山口から登ってきた標高を薬師沢まで一気に下って行くのがなんだかもったいない気がしないでもないが、私が今回の登山コースをそのように設定したのだから仕方がない。薬師沢を3度、4度と渡渉しながら2時間半後の12時半には黒部本流と薬師沢が合流する場所に建つ赤い屋根の薬師沢小屋に到着した。ここまで来るのに蛇や蛙に度々出会った。当たり前のことだが自然がいっぱいの場所である。
2日目は5時に朝食を済ませ、5時20分には高天原小屋を目指して薬師沢小屋を出発した。登山コースは黒部川原を下っていく大東新道コースを選んだ。このコースは荒天時や黒部川が増水している場合は危険で下ることはできないが、幸いにも今回は好天続きだし、増水の危険も天候の急変も無いと判断しての選択だった。河原の石に記されている赤丸印を見失わないように下っていく。対岸に羚羊が現われ上流に向かって歩いていくが、こちらには何の興味も示さない。全くマイペースだ。
薬師沢小屋の出発時にトイレを済ませていなかったので、大岩に掴まり落ないようにしながら流れに尻を出し用を済ませる。文字通りの水洗トイレである。パキスタンの人たちも水洗トイレだったなぁ、と急に半月前のことや、30年も前に出かけた小笠原の漁船でも水洗トイレだったことなどが脈絡もなく頭の中に去来したのだった。
大東新道は黒部川原から昨日降りてきた太郎平と同じ標高の高天原峠まで登り返すので結構きつい。A沢、B沢、C沢、D沢、E沢と次々に沢を超えて登っていく。途中には鎖場や梯子が登場するが慎重に行動すれば何ら問題はない。このコースを選ぶ登山者は少ないため静かな山旅が出来る。途中、葉緑素を持たないギンリョウソウに出会う。首をかしげた馬面の植物だが、何回見ても独特な植物だと思う。
小屋を出発して3時間後の8時半には高天原峠に到着した。林の中の峠で見晴らしは全くなかった。峠は三叉路になっており、私は直進して高天原を目指した。峠を降り出すと正面に水晶岳が大きな山容を表した。昔は黒岳と呼ばれていたように山全体が黒っぽい色をしている。山頂部は大岩が積み重なっているが、その下まで緑が伸びている。緑はきっとハイマツが伸びているのだろうと思う。
10時には宿泊する高天原山荘に到着したが、小屋の従業員に挨拶を交わしてそのまま温泉まで下ってしまう。この時すでに翌日の登山コースを当初の雲ノ平へ向かうのを変更し、温泉沢を遡り水晶岳から鷲羽岳に縦走することに決めていた。そのため温泉沢の登り口を確認することも重要であった。
温泉沢の水晶岳登山口を確認後、高天原温泉に行った。河原の流れのそばに野天風呂がある。硫黄を含んでいるため青色がかった乳白色をした湯だ。男女混浴だが日中は女の人はまず入らないだろう。対岸の一段高いところに男女別々の露天風呂がある。女風呂は葦簾に囲まれている。入り口の葦簾を上げると中にもう一枚の葦簾が下がっている。それをあげると3m四方の露天風呂が登場する。男風呂は10mほど離れた上流にあり男風呂の方が大きい。私は当然、河原の流れの脇の野天風呂に入った。実に気持ちいいものだ。風呂の脇に咲いている高山植物の花にアサギマダラが特徴ある優雅な舞いを見せている。温泉で身体が熱くなると流れに入り身体を冷やしながら1時間ほど遊んでいたが温泉に入りに来る登山者はいなかった。実に静かな温泉であった。
翌日は温泉沢を遡り水晶岳、ワリモ岳、鷲羽岳を縦走し三俣山荘に宿泊した。このコースも今は登る人が殆んどおらず、水晶岳までの途中で出会った登山者は一人もいなかった。実に静かな山旅である。堂々たる大岩に覆われた水晶岳まで来ると反対側からの登山者で山頂は賑わっていた。このコースは槍ヶ岳を前方に見ながら歩くことができるので実にいいコースだと認識した。水晶岳山頂でのんびりし360度の展望を堪能したあと縦走に出る。途中、水晶小屋に立ち寄り、喉が渇いていたので缶ジュースのネクターを買った。400円だった。身体全体が水分と糖分を要求していたのだろう。甘味を帯びた桃の味は非常に美味かった。縦走路が続くのでビールは飲めなかったが、たまには缶ジュースもいいものだ。ワリモ岳の岩場を越え、ザレで歩きにくい鷲羽岳を降り三俣山荘受付で宿泊を依頼すると、「夏山最盛期で混んでいますから2枚の布団に3人の宿泊です」と若い女性従業員に脅かされた。運良くそうならずに一人一枚の布団でぐっすり眠ることができたが、隣のコーナーでは5人の男女団体客が3枚の布団で寝ており窮屈そうだった。ま・夏山最盛期の山小屋は混むね。
最終日は三俣山荘を出発し三俣蓮華岳、双六岳の山頂を踏んで一気に新穂高温泉まで下山する8時間のコースであった。14時55分発のバス乗車時間を気にしながらの行動であったが、タイムスケジュール通りの下山ができた。途中の鏡平山荘で昼食がわりに食べたドラ焼き、ワサビ平山荘で食べた冷えたリンゴが美味かった。新穂高温泉の無料公衆浴場は廃止されてしまっていたが、新たにできた中崎山荘の日帰り温泉に入浴し山旅の汗を流した。高天原温泉の野天風呂とは違うがいい湯であった。