房総丘陵の核心部・高宕山に登った
高宕山山頂から望む冠雪の富士山
10日間天気予報を確認すると、2日連続で晴れの日があった。その2日目に高宕山ハイキングに出かけることにした。高宕山は房総半島の真ん中に位置する山である。その山に登るためにアクセスを確認すると、内房の木更津駅から外房の鴨川駅まで直通急行バスが1日に5本あることが分かった。木更津駅から始発バスに乗って出かける計画を立てた。
高宕山山頂に置かれた雨乞い祈願用の鉄釜
当初は高宕大滝コースから登りだし、高宕山に登頂したあとは奥畑に下山する周回ルートを考えていたが、コースを調べていくうちに、2年前の台風被害によって高宕大滝コースが通行止めになっていることが分かった。仕方がないので奥畑登山口からの折り返しに変更し、コースタイムは4時間半の予定となった。
桜が咲き出した
自宅を出た時に東の空がオレンジ色に輝いていた。今回のハイキングも快調だろう。千葉行きの電車に乗り、稲毛を過ぎたところで太陽の光りが当たりだした。日一日と日の出時刻が早くなっているのを感じた。木更津駅西口発8時20分の亀田病院行き急行バスに乗車し、1時間ほど乗って下の台バス停で下車した。空を見上げると、木更津駅では雲ひとつない青空だったが、見上げた空には刷毛で掃いたような薄雲が広がっていた。バス停の周りには30軒ほどの民家が建っていた。こんな山奥にも平らな場所があり、人が住んでいたのが驚きだった。田んぼの周りにはイノシシよけの電気柵が張り巡らされていた。道路の脇に植えられている桜が咲き出していた。
高宕山山周辺コース 通行止め
下車した下の台バス停から奥畑登山口まで30分ほど歩いた。登山口まで歩く間で植えられた苗木の鹿よけネットを撮影していると、「乗りませんか?」という声と共に車が止まった。日本縦断てくてく一人旅で北海道を歩いている時は、よく聞いた言葉だが、千葉県では初めてだった。千葉も捨てたもんじゃない。丁寧にお断りして先に進んだ。奥畑登山口の遊歩道案内板には、高宕山周辺コース通行止めの張り紙があったが、10日前にネットで確認した時に、今回のルートを最近歩いた人の記録が掲載されていたので、そのままハイキングコースに入っていった。
登山道が消えた
登山道を登り出すと、いきなり台風で倒された大木が道を塞いでいた。その大木の根は人が通れる幅だけくり抜かれていた。その先にも度々登山道を塞ぐ倒木が現れた。急登を20分ほど登ると傾斜がゆるまった。ジャージャー鳴くカケスの声が耳に届いた。登山道は崖づたいで、狭いところは30cmにも満たなかったが、転落防止用の鎖か柵が整備されているので安心して歩けた。
八良塚コースも通行止め
落石と崩落で完全に登山道が消えているところもあった。登山口から30分で八良塚分岐に着いた。八良塚方面へは崩落が激しいようで、黄色の立ち入り禁止のテープが張られていた。最初の20分ほどの急登をしのげば、あとは小さなアップダウンを繰り返して徐々に高度を上げていった。もちろん尾根上の登山道は両側が切れ落ちており、十分な注意が必要だった。ストックに付けていたお守りの鈴が紛失したのに気がついたのは、山頂から20分ほど手前だった。帰りも同じ道をたどるので、帰りに注意深く探して降りようと思った。
高宕山330m山頂
11時に高宕山330m山頂に着いた。山頂は完全な岩山で、梯子、ロープ、鎖を補助にしながら攀じ登った。正面に雪をかぶった富士山が東京湾越しに見えた。気温が上がっているためか、富士山は靄がかかっているようにぼんやりしていた。山頂は切り立った岩峰の上で平らになっており、広さは3m四方ぐらいだった。石の祠があり、屋根が壊れ落ちていた。祠の前にお賽銭が多数挙げられ、ワンカップも2個手向けられていた。また、ハート形の小石が置かれていたのが印象的だった。祠の横に鉄の鍋と釜が置かれており、昔は雨乞い祈願をする山頂だったのが分かった。釜に溜まった水には薄氷が張り、榊の枝が差されていた。さらに高宕山山頂と記された木の標柱が立っていた。
高宕山山頂の石祠の前で
山頂に登るまでは眺望は無かったが、山頂からは周囲360度の大展望だった。山頂からの眺めは「千葉眺望100景」に選ばれている。房総丘陵の核心部だけあって、周りは全て山また山が折り重なっていた。山頂の周りは全て垂直に落ちているので緊張した。落ちたら確実に死んでしまうので、端に近づくことができなかった。おにぎりをひとつ食べて下山することにした。空は相変わらず晴れ渡り、無風状態で実に穏やかであった。20分の休憩後に下山を開始し、滑落に注意しながらゆっくり降りていった。
八良塚分岐からの眺望
登りに落としてしまった鈴を探しながら降りていった。降りだしてから30分ほどで鈴が見つかった。鈴は登山道の中央に落ちていた。嬉しかった。 鈴は妻と出かけた出雲大社でいただいた思い出のお守りなのだ。再び落とさないように、ストックへの付け方を変えた。相変わらず登山道には大木が倒れていた。山が岩山のため、木々は根を地中に縦に深く降ろすことができず、根を横に広げるために根が浅く、強風が吹くと持ちこたえることが出来ずに倒される、ということのようだった。それにしても倒木は夥しい数である。
登山道が消えた
両側がスッパリ切れ落ちている岩尾根を歩いている場合でも、木々が生えていると安心して歩ける。しかし大木が倒され岩がむき出しになっている場所を通るときは、下まで見えてしまうため高度感が十分で、心がざわつき穏やかではない。事故は何でもない場所で岩角や木の根っこなどにつまずいて転落や滑落を起こしやすいものだが、登山道が消えた場所の通過は慎重にならざるをえない。
高宕山山頂直下の梯子
シジュウカラの仲間のコガラがチィーチィー鳴きながら枝から枝へと渡って行った。可愛い野鳥である。梢を揺らせて去っていく風の音が微かに聞こえる。頬をかすめていく風が心地よく感じられた。今日のハイキングで山頂までの登りで出会った登山者は3名、下山で出会った登山者は1名だった。平日の登山は人が少なく、静かな自然を味わうことができるのが良いところだ。
みゆきラーメンは休みだった
13時に奥畑登山口に下山した。空にはトンビが4羽ピューピューピューピル笛のように鳴きながら、上昇気流に乗って輪を描いていた。ゆっくりと下の台バス停に向かった。13時30分に下の台バス停に到着した。4時間10分のハイキングは無事に終了した。バス停の前に、みゆきラーメンがあった。店に入ってチャーシューをツマミに無事に登山終了の乾杯をあげようと思ったのだが、残念ながら暖簾が下がっていなかった。人出の少ない平日の13時半過ぎでは休みでも仕方がない。バス停のベンチに座り、ザックからスキットルとショットグラスとツマミを持ち出した。バスが来るまで一杯やる、いつものパターンだった。
今回のハイキングルートと行動履歴
今回の高宕山ハイキングを振り返ってみると、高宕山は「21世紀への継承遺産」「千葉眺望100景」に指定され、「関東ふれあいの道」も通り、高宕山周辺に棲息するニホンザルは天然記念物にも指定され、ハイキングコースは整備されていた。しかしながら2年前に千葉県を直撃した大型台風による被害は甚大で、その傷跡が現在もいたるところに残っている。災害復旧には優先順位があり、観光資源のハイキングルート整備などの順位は低いと思われるため、当分の間はこのままだと思う。
高宕山山頂からの青いグラデーションの房総の山々
千葉県内は他のハイキングルートも荒れている。危険な場所を歩くことを前提とした登山計画を立て、下山後には温泉や地酒を楽しむことができれば十分である。静かな山の中で野鳥の声や梢を渡っていく風の音を聞き、山頂での展望を楽しみながら時を過ごす。野鳥の声が消え、風の音が消えると、静寂だけの世界になるが、それは自分自身との対話の時間であり、自分を見つめなおす時間でもある。さあ、次はどのコースを歩こうか、計画を立てるのが楽しみである。