キャンプ場の下調べで大房岬へ

 

第1キャンプ場の雰囲気

 

 スケジュール

JR幕張駅644654千葉駅701→B番線 内房線上総湊行き→808上総湊駅809836JR富浦駅1694 →富浦駅前844→バスタクん200円→901大房岬インフォメーションセンター 3時間ほど大房岬内各所を下調べ 大房岬12001220岩井富浦漁協直営 おさかな倶楽部(昼食)1330→スーパーで食材確認→1430富浦駅1448.15441536.1629君津駅1539.16351627.1719千葉駅1631.17251641.1735幕張駅

 

 12月18日 木曜日 晴れ

来春、暖かくなったら海の見えるキャンプ場に出かけようと調べていると、房総半島の南端に位置する南房総市の大房岬(たいぶさみさき)にキャンプ場があることが分かり、下調べにいくことにした。週間天気予報を確認し、朝から夕方まで快晴の12月18日・木曜日に出かけることにした。幕張の自宅から電車とバスを乗り継いで2時間半である。

 

高さ15mの展望塔からの伊豆大島の眺め

 

南房総市が管理する大房岬自然公園は、駐車場、遊歩道、展望塔、運動広場、展望台、ビジターセンター、自然の家、ホテル、キャンプ場、芝生園地などの設備があり、幕末の黒船来航から太平洋戦争まで、江戸・東京を守る要塞地として使われていた歴史があり、旧日本陸軍の要塞跡地は市指定戦争遺跡として数多く残されている。大房岬は要塞地だったために人々が入ることができずに多くの自然が残されており、現在ではハイキング、磯遊び、バードウォッチング、キャンプ等が楽しめるので、小学生の課外体験学習の場として大房岬自然の家を利用している学校が多い。私の娘も小学生の時に課外学習として自然の家に出かけていって体験宿泊してきた。

 

南房総市運営のコミュニティバスの「バスタクん」

 

JR富浦駅から大房岬まで歩くと約40分かかるので、駅前から南房総市が運営している地域コミュニティバスの「バスタクん」に乗ることにした。バス利用の場合は事前に南房総市役所の電話予約センターへの連絡が必要だった。前日に市役所に連絡し予約をとった。利用料金は200円で大房岬インフォメーションセンターまでバスに乗った。バス利用者は私ひとりだった。

 

大房岬インフォメーションセンター

 

9時に大房岬インフォメーションセンターに着いた。センターのなかに入ると係員はおらず、カウンターに「外で作業中です」という表示があった。公園内案内図があったので1枚もらい、案内図に基づいて展望塔に向かった。 歩き出してまもなく目に止まったのは「イノシシ注意」の看板である。千葉県にはクマはいないがイノシシはたくさんおり、その注意喚起の看板だった。

 

らせん階段で展望塔のてっぺんまで登った

 

遊歩道の左側に高さ15mの展望塔が見えてきた。展望塔の周りにはたくさんの桜の木が植えられておりベンチも置かれていた。広い芝生広場があり、花が咲く頃は絶好の花見の場所となるだろう。展望塔のらせん階段でてっぺんまで登ると文字通りの360度の展望で、眼下に富浦湾、浦賀水道を挟んで三浦半島が望め、箱根山の後ろに雪を載せた南アルプスが見えた。東側には南総里見八犬伝で有名な双耳峰の富山が間近に見え、房総のマッターホルンと呼ばれる伊予ケ岳、鋸山や房総の山波も見えた。西側には館山湾の向こうに相模灘が広がり、伊豆大島、伊豆半島の山波が一望できた。残念ながら富士山は雲のなかだった。東京湾に出入りする大型タンカーがゆっくり動いており、東京湾奥のビル群が見えた。風もほとんどなく穏やかな日和で、海は空の青さが反射して紺碧に輝いていた。

 

旧日本陸軍の地下要塞跡に入ってみた

 

展望塔の周りはマテバシイの常緑樹に覆われ、ヒヨドリの忙しい鳴き声が聞こえてきていた。展望塔を降りると鉄筋コンクリート造りの旧日本陸軍の地下要塞跡があったので入ってみた。2つの縦長の部屋があり、部屋の広さは10畳ほどだった。部屋のなかは陽が差さないために湿っており、室内には何も置かれていなかった。娘が小学生の時に課外授業で大房岬自然の家に体験学習にやってきて、夜に「きもだめし」をしたと言っていたが、その場所は要塞跡地だったのだろうと想像した。真っ暗な林のなかの夜道を懐中電灯だけで歩くのは、子どもたちにとっては怖かっただろう。

 

煉瓦で装飾された円形の砲台跡があった

 

地下壕を出ると煉瓦で装飾された円形の砲台跡があった。環境庁と千葉県の説明文によると、1911年、ワシントン軍縮会議の結果、不要となった艦砲2門の砲塔が2基備えられ、対岸の剣崎に備えられた砲台と一体となって東京湾の防衛に当たったが、時はすでに航空機の時代となっていて、実戦には参加する機会もなく終戦を迎えたとのことだった。砲台跡の前は広い芝生の運動園地になっており、周りには桜の木が植えられていた。ここも花見に絶好な場所だろう。広場の東京湾側に第1展望台があった。第1展望台からは三浦半島、浦賀水道、久里浜、横須賀火力発電所、東京湾の奥が霞んで見えた。

 

イノシシ捕獲用の箱罠が置かれていた

 

芝生広場の脇に赤い三角コーンがあるので近寄ってみると、「イノシシ用の箱罠があります。スタッフとイノシシ以外は近づかないでください」というユーモラスな注意書きとともに、新しい捕獲用箱罠が設置されていた。先ほど遊歩道を歩き出したところに「イノシシ注意」の看板が掲げられていたが、そのイノシシを捕まえるための箱罠だろう。まだイノシシは捕まらずに元気に駆けずり回っているようだ。

 

藪に覆われた幕末の砲台跡

 

芝生広場から幕末の砲台跡の脇を降りて行った。江戸時代末期に黒船が来航すると、大房岬には上段3門、中段5門、下段5門、合計13門の大砲が据えられ、沖を通る黒船に対して厳重な見張りを続けた跡が藪の中に土塁となって残っていた。まもなく第2展望台に出た。第1展望台に比べると、こちらの方が海に近かった。第2展望台にも東屋とトイレがあり、東京湾を眺めていると白い犬を連れた夫婦がやってきた。富士山はどこ?と聞かれたので、展望図に書かれているところを指さしてやると、今日は見えないなと納得したようだった。

 

第2展望台は海に近かった

 

第2展望台の下に大きな洞窟があるというので、海に向かって急な階段を降りていった。洞窟の入り口に環境庁と千葉県名で「弁財天の洞窟」という説明文があったので読んでみると、伝説によると「約1300年前、人々を苦しめていた海賊が役の行者に捕えられて、この洞窟に閉じ込められ、慈覚大師に助けられて金の龍となって天に上り、その抜け出した跡がこの洞窟である」と記されており、この洞窟は奥が深く、まだどのくらいの深さか確かめられておらず、館山市の那古弁天の洞窟まで続いているとか、様々な昔話が伝えられています、とのことだった。

 

弁財天の洞窟に入ってみた

 

洞窟のなかに降りて行くと、入り口に2つの石の小さな祠が祀ってあった。これが弁財天を祀る祠だろう。1円、5円、10円、50円、100円の硬貨がお賽銭として供えられていた。洞窟の奥は真っ暗闇で全くわからないが、ヘッドランプを持っていなかったので20mほど進んだだけだが、穴は徐々に小さくなっていくようだった。

 

海岸まで降りると波が打ち寄せる岩礁だった

 

洞窟を出て海岸まで降りていった。海岸は岩礁でできており、丸石や砂は全く見当たらなかった。太平洋からの波が打ち寄せていた。岩の上からの磯釣りには最適だろうと想った。伝説が残る増間島が近くにあった。大房岬は周りがぐるりと急峻な崖になった高さ80mの台地状の岬なので、海岸に降りられるところは少ないようだ。朝に比べると空には雲が広がりだしていた。

 

第1キャンプ場の水場にもイノシシ注意の看板

 

いよいよ今回確認しようと思ったキャンプ場にやってきた。キャンプ場は2か所あり、第2展望台の階段を降りたところが第1キャンプ場だった。第1キャンプ場は木立に囲まれていた。水場にはイノシシ注意の看板とキャンプについての注意と販売品が掲示されていた。かまどが5か所に分散されておりテーブルも分散されていた。テント収容は30張りとのことだ。第1キャンプ場からの展望は全くないが、30mほど離れたところが富士山を真正面に見られる第2展望台なので、そこからの夕日の眺めも素晴らしいだろう。キャンプは1泊1張り630円で事前予約が必要で、チェックインは13時から16時、チェックアウトは8時30分から11時となっていた。

 

第1キャンプ場の横にも旧日本陸軍の要塞跡があった

 

第1キャンプ場の横にも旧日本陸軍の要塞跡があった。要塞跡は南房総市の指定文化財となっており、南房総市教育委員会の説明文によると、大房岬要塞は旧日本陸軍が1928年(昭和3年)から4か年を費やして構築したものであり、標高80mの台地に巡洋艦・鞍馬の副2門、入り砲塔2基を40m間隔で設置し、関連施設の観測所、発電所、照明所、掩灯所、爆薬庫等を地下に鉄筋コンクリート造りで完成させ、1945年(昭和20年)の終戦まで横須賀重砲連隊の兵士が守った。目的は東京湾に侵入する敵艦を神奈川県剣崎砲台と協力して防御するとともに、館山湾を掩護することであった。戦後しばらく要塞跡は放置されていたが、平和であることの基盤を知る意味からもと、2001年(平成13年)に町の文化財に指定した。この指定は戦争遺跡としては千葉県の市町村では第1号で、全国でも8番目の遺跡指定である、とのことだ。

 

旧日本陸軍が建設した探照灯(サーチライト)跡

 

この場所の地下要塞跡は100年前につくられた2つの建物からなっており、手前の左側はL字型の通路と20畳ぐらいのコンクリートの部屋があった。反対側には30mほどの通路と奥に縦型の空間があり、探照灯(サーチライト)跡だという。2つの建物の奥にまだ何かがあるのだろうが、立ち入り禁止のトラロープが張られていたので進むことはできなかった。

 

ビジターセンター内の自然博物室を見学した

 

要塞跡から遊歩道でビジターセンターに向かった。ビジターセンターの事務室では男性がひとりパソコンに向かっていた。室内に入ると自然博物室になっており、見学自由なので入ってみた。大房岬の地質学的成立から、岬に棲んでいる魚・鳥・両生類・爬虫類・動物や洞窟や要塞跡など様々なものが説明されていた。子どもたちにわかるような説明展示だった。

 

弁財天洞窟の伝説が少し違っていた

 

弁財天洞窟の説明では、大房岬の弁財天洞窟は館山市の那古弁財天の洞窟まで続いているといわれており、昔、ある漁師がそれを確かめようと犬をつれて中に入りましたが、帰ってきたのは皮を剥がされた犬だけで、漁師は中に棲む天狗に食われてしまった、と書かれており、弁財天洞窟前に立てられていた説明板とは違った内容だった。

 

荷物の多いキャンパーはリヤカーを使う

 

ビジターセンターの駐車場脇にリヤカーが10台ほど置かれており、車で来た家族キャンパーなど荷物の多い時にリヤカーを借りて、駐車場からキャンプ場まで荷物を運ぶのに使うようだ。またシャワー棟が駐車場脇に建っており、冷水は24時間利用でき、温水は9時から21時まで利用可能だった。以前は公園内にあるホテルでキャンプ場利用者に日帰り入浴券を配布していたのだが、ホテルの経営者が変わったために日帰り入浴することができなくなり、シャワー設備のみになったとのことだ。

 

第2キャンプ場は少し傾斜があった

 

ビジターセンターから200mほど遊歩道を下って行くと第2キャンプ場があった。第2キャンプ場も風よけのために周りは木々で囲まれており、わずかに南側のマテバシイの隙間から館山湾と太平洋が望めた。かまどは1か所あるのみだった。テント収容は25張りだというが、少し傾斜があるテント場だった。私はかまどを使わないので、テントを第1キャンプ場か第2キャンプ場のどちらに張るかは、当日の混み具合によって判断すればいいが、土日祝日や小学校の長期休暇を避ければ、あまり混まないと想う。

 

広くて海に近い南芝生園地

 

第2キャンプ場から遊歩道を降りていくと広い南芝生園地に出た。子どもたちが遊んでおり、おそらく近くの保育所の子どもたちだろう。この芝生広場からは素晴らしい館山湾が望めた。1日のんびり寝転がっているのもいいだろう。広場の下の方にベンチが1つ置かれていた。遊歩道の反対側には東屋も建っている芝生広場だった。

 

干潮時の磯遊びに最適なタイマイ浜

 

南芝生園地の下が砂浜のタイマイ浜だった。しかし、浜の降り口に「沖に出ると潮の流れが強く、問答無用で流されます。浅瀬で遊びましょう」という注意喚起の張り紙があり、遊泳禁止になっていた。浜に降りると両側は磯になっており、干潮時にはイソギンチャク、ウニ、小魚、貝類などを観察する磯遊びができるだろう。浜辺の風景を眺めたあと、インフォメーションセンターに戻る途中に芝生の海岸園地があり、親子3人がサッカーボールで遊んでいた。私は12時近くなったので南係留船場には寄らずにインフォメーションセンターへ向かった。

 

富浦漁協直営の「浜の台所・おさかな倶楽部」

 

防災無線から浜千鳥のメロディーが流れてきて、12時になったことを教えてくれた。3時間にわたる大房岬の下調べを終え、歩いて15分ほどの岩井富浦漁協直営の『浜の台所・おさかな倶楽部』に向かった。食堂の広い駐車場には車が20数台停まっており、店内に入ると平日のため比較的に空いており、係の人が21番テーブルに案内してくれた。

 

「まんぷく定食」と瓶ビールと地酒の腰古井・南房総

 

テーブルにメニュー表は無く、壁に貼られたメニューから選ぶのだった。すでに売り切れのものもあり、私が頼んだのは「まんぷく定食」と瓶ビールと地酒の腰古井・南房総だった。ビールを飲んでいると、ほどなく頼んだ定食が運ばれてきた。鯖の味噌煮、アジフライ、イカメンチ、刺身3種盛り、ヒジキの煮物、ご飯、味噌汁だった。漁港で水揚げされたものを、その場で料理しているので申し分なかった。支払いは3729円だった。

 

原岡桟橋はSNSの人気スポット 

 

富浦駅まで向かっているとセブンイレブンがあった。簡単なキャンプ用の食材や酒類もあるので、食料の追加はこの場所で買うことにして駅に向かうと、左側に原岡海岸と桟橋があった。原岡桟橋は最近SNSで日没時に富士山が素晴らしく見えるところと紹介されている人気スポットである。寄ってみることにして海岸にいくと、2人の男性とバイクで訪れたヘルメット姿の男性を合わせて3人が桟橋をスマホで撮影していた。

 

南国ムードのJR富浦駅

 

14時30分にJR富浦駅に着いた。2番線ホームで14時48分発の千葉方面行きを待った。今日は朝から晴れていて風もなく穏やかだったので、下調べには絶好のコンディションだった。目的とした大房岬自然公園内をくまなく歩き回って下調べができた。岩井富浦漁港直営の食堂では、捕れたて魚介類の美味しい料理と地酒を堪能でき絶好調の1日だった。下調べは済んだので暖かくなったらテントを担いで出かけよう。

 

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