塩見岳〜間ノ岳〜北岳縦走

 

3.塩見岳東峰CIMG0868

塩見岳東峰山頂3052m

 

 思い返せば南アルプスの山々にも随分登った。北部エリアとしては甲斐駒ヶ岳、仙丈ケ岳、鳳凰三山にはそれぞれ2度登り、富士山に次ぐ標高第2位の北岳、第3位の間ノ岳、農鳥岳には3度登った。南部エリアでは千枚岳、荒川三山、赤石岳、聖岳の山々にも登った。名だたる3000m級が聳える南アルプスの中で、私は北部エリアと南部エリアの接点にある塩見岳にはまだ登っていなかった。今回の山旅は塩見岳に登ることだった。

 

 山旅として考えたのは塩見岳だけの登り降りだけではつまらないので、考え出したのは伊那大島〜塩見岳〜間ノ岳〜北岳〜広河原という縦走コースだった。東京竹橋から夜行登山バスに乗ってJR伊那大島駅まで行き、そこで乗合タクシーに乗り換え鳥倉林道ゲートまで行く。そこから登山を開始し山小屋1泊、テント2泊の山行計画を立てた。

 

 第1日

 夜行バスの出発日を昨年から制定された山の日の金曜日に決めた。出発場所の東京竹橋毎日新聞東京本社の玄関に受付開始30分前に到着すると、上高地方面や燕岳方面の受付を行っており凄い人数だった。4号車、5号車などの声も聞こえ、改めて北アルプスが人気山域であることを感じた。私が乗った塩見岳方面のバス乗客は少数で車内はがらがら状態だった。案の定、JR伊那大島駅で降車した人は3人だった。その3人は乗合タクシーで鳥倉ゲートまで運んでもらった。

 

 第2日

 JR伊那大島駅から夏のみの季節登山バスが1日2便出ているのだが、その便は夜行登山バスの到着から2時間後の発車のため今回は乗合タクシーを利用して林道ゲートまで行った。ゲート前の駐車場は満車状態で車が溢れ、車道のすれちがい用の膨らみにも停めてある状態だった。いかに多くの登山者が塩見岳方面に登っているかが想像できた。駐車場脇のトイレの手洗い水は雨水を使用しているので飲料水に適さないと注意書きがしてあったが、簡易浄水器を通して1Lの水をペットボトルに確保してから歩き出した。

 

 登山口から塩見小屋までのルートは桟橋が何度か出てくるものの危険個所はなかった。最初のひと登りが急登だったが、あとはゆったりしたトラバースが多く比較的楽に登れた。途中に豊口山分岐と塩見新道分岐があったが、両方ともに登山道崩壊のため封鎖されていた。早朝に歩き出した鳥倉ゲートから7時間20分後に塩見小屋に到着した。予定通りの時間だった。

 

 山小屋の宿泊手続きを取りながら受付係の若者に宿泊者数を尋ねると、天候不順で30名のキャンセルが出たが、本日の宿泊者は40名です、という答えが返ってきた。明日は70名の予約が入っています、とも付け足してきた。山小屋情報によれば塩見小屋の収容人員は40名となっており、そこに70名は厳しすぎるだろうと思う。私は本館に泊まったが30人収容のところに20名の宿泊者だった。残りは別館に泊まったようだった。私は2段ベットの上段に寝たが1ブロックが3人に区切られており、断熱マットと寝袋、枕が用意されていた。

 

塩見小屋は長野県伊那市営であり、糞便を携帯トイレにすることによって用済みの袋を回収し、夏季登山シーズンが終了後にヘリコプターで運び下すようだ。宿泊手続きの際に1枚の携帯トイレを渡された。2枚目からは200円で販売していた。私は翌朝1枚の使用で済んだが、女性は追加で買う人が多いようだ。

 

2.森のいたずら坊主オコジョCIMG0824

森のいたずら坊主のオコジョ

 

 塩見岳がガスに覆われ、その姿が出たり消えたりしているのを缶ビールを飲みながら眺めていると、2mほど離れている木陰に森のいたずら坊主のオコジョが出てきた。オコジョは大変好奇心が旺盛な動物で、こちらが脅かさない限りその愛らしい姿を何回も見せてくれる。今回も消えては登場することを繰り返していた。小屋脇の薪が積んであるところに巣があるようだった。夏は茶色の毛皮を着ているが冬になると雪と同じの真っ白の保護色に衣替えするのもオコジョの特徴である。

 

 第3日

 アルペン的要素と言えば岩稜、岩峰が鋭く聳えている景観を言うのだが、塩見小屋からハイマツの中を歩き塩見岳西峰に取りつくと、鎖や梯子は出てこないものの岩場岩場の連続である。私は久しぶりに岩場を登ったのだが、小屋の責任者は夕食時に滑落者が多いので十分注意しながら登るようにアドバイスをしていたことがよくわかるルートであった。昭文社発行の登山地図にも山小屋と西峰間には2か所の危険マークが表示されている。

 

それでも岩場のちょっとした割れ目や隙間に咲く高山植物の可憐な花々を写しながら西峰の肩まで登った。注意を要する岩場はここまでであった。山頂は360度の大展望だった。南アルプスの北岳、間ノ岳、農鳥岳、富士山、仙丈ケ岳、甲斐駒ヶ岳の堂々たる山容がはっきり見えた。南アルプスの山々は北アルプスの山々と比べるとスケールが大きく堂々としている。

 

 山頂でカメラのシャッターを50代後半と思われるミレーの赤いダウンを着込んだ女性に頼んだ。縦横2枚の写真を撮ってくれ、「年齢は何歳ですか?」と質問を受けたので「68歳です」と答えると、「いいですね〜。私の夫は60歳ですけれど、縦走なんてとんでもない。と言って私には付き合ってくれないので、ひとりで山に来ているんです。」と朗らかに話してきた。その女性としばらく談笑したあと東峰に向かった。

 

 塩見小屋から見上げた塩見岳は完全な双耳峰で右側に見える西峰3047mと左側に見える東峰3052mが深く離れているように感じられるが、実際は5分とかからない距離であり簡単に到着する。

 

1.塩見岳CIMG0821

塩見小屋から見上げた塩見岳、右側西峰3047mと左側東峰3052m

 

 西峰到着時には雲の中だった富士山は東峰山頂に到着すると富士山が見えた。しかし、すぐに雲の中へと姿を消してしまった。3日目の宿泊地は熊ノ平小屋のテント場所である。長い稜線歩きと樹林帯の中を進んでいく。岩屑の急斜面を降っている時、左側が輝いているように感じた。なんだろうと左の崖下を見るとブロッケン現象だった。太陽の光を受けた私の影がスクリーン状の霧の上に投影され、影の周りに丸い光輪ができる気象現象である。登山をしていると時たま出会う現象だ。ブロッケン現象は30秒ほどで消えてしまった。

 

雪頭沢源頭部キャンプ禁止地、北荒川岳キャンプ場跡を通過し細かい砂場を歩いていると、足元に咲くタカネビランジに出会った。桃色のとても綺麗な花だ。以前、鳳凰三山を歩いているときに初めて出会った花で、その時は花の名前を知らなかったが美しい花の印象は強烈に残った。下山後に植物図鑑で花の名前を確認したことを思い出した。

 

 新蛇抜山でも見晴台でも周りは白い霧に包まれており何も見えなかった。黙々と熊ノ平小屋に向かって進んだ。熊ノ平小屋に到着したのは12時を少し回ったころだった。小屋の受付でテント設営手続きを取った。設営料金は600円だった。早速、缶ビールを買うと500ml缶が800円だった。前日の塩見小屋でも500ml缶を買ったが、800円という値段は私が体験した日本の山小屋の中では1番高い値段だと思う。テントは自分の好きな場所に張っていいので、雨を考慮して針葉樹の下に張った。案の定、16時ころから雨が降り出し、降っては止みを夜半まで繰り返していた。

 

 第4日

天候が安定していないため雲の流れは流動的だった。昨日はガスに隠れて見えなかったが、熊ノ平小屋前のテラス正面に西農鳥岳が大きく登場していたのには驚いてしまった。富士山が再び登場したのはハイマツ帯を登り、三国平から痩せた岩稜を伝いながら三峰岳山頂に到着する直前だった。この痩せ尾根は登山地図には危険マークが表示されていないが、非常に危険な区間だと思った。

 

6.雲間に浮かぶ富士山CIMG0934

雲間に浮かぶ富士山

 

 兜のように盛り上がっている三峰岳を乗り越え、岩屑のトレイルを間ノ岳へと進んでいった。間ノ岳山頂は風が強かった。風をよけながら10人ほどの登山者が日本第3位の山頂で360度の展望を楽しんでいた。ある者は食事を摂りながら、またある者はお互いのスマートフォンで写真を撮りながら、またある者は仲間と談笑しながら、またある者は農鳥岳から先への縦走路に歩き出していた。私は北岳をバックにカメラのシャッターを押してもらった。

 

8.間ノ岳・後ろは北岳CIMG0954

間ノ岳山頂3189mにて

 

 私はこの時、テント設営地を何処にしようか考えていた。この先にはテント設置場所が北岳山荘横、肩の小屋横、御池小屋横と3個所ある。しかし、3日連続で天候不順が続いており、何処のテント場所に設営しても夜間の雨と気温低下は避けられないと思った。それならば3000m近くでテントを張るのではなく、標高1500mの広河原まで一気に下山し、たとえ雨模様になっても気温が高いほうが過ごしやすいだろうと判断した。

 

9.中白根から望む北岳CIMG0969

中白根から望む北岳

 

 間ノ岳山頂から北岳山荘まで下だり、10分ほど休んで北岳に向かって登り始めた。八本歯のコルへ向かう分岐に差し掛かった時、山頂から降りてくるお父さん、お母さん、姉妹の4人家族に出会った。話をしてみると姉妹は小学校4年生と1年生だった。登山雑誌の読者モデルが突然飛び出してきたような姿で、靴、ウエア、帽子までばっちり決まった家族だった。その家族は、これから間ノ岳を越えて農鳥小屋で宿泊し、翌日は奈良田温泉に下山するという計画だという。大人であっても長く感じる3000m縦走路を小学4年と1年の姉妹が歩いているのには本当に驚いた。

 

 私にとっては4度目となる北岳山頂にも多くの登山者がくつろいでいた。若い山ガールが多いのには驚いた。女性だけで登っている組にも出会った。いいことである。先ほどまでいた間ノ岳は遥か向こうに遠のいてしまった。富士山は既に雲の中に姿を消し、甲斐駒ヶ岳や仙丈ケ岳も姿を消しつつあった。午前中の青空も午後になると雲が覆いつつあった。風も出てきた。

 

 父親と娘のペアが山頂にやってきたので北岳の看板の前でカメラのシャッターをお願いした。このとき既にバックの仙丈ケ岳は雲に隠れていた。写真を撮り終えた後、今度は私が親子の写真を撮ってやった。ふたりは北岳の看板の前に立つとポケットに入れてきた小さな旗を掲げた。サッカーの応援フラッグのように見えた。

 

10.北岳CIMG0984

4度目の北岳山頂3193m

 

 肩の小屋まで下ると小屋前のベンチには沢山の登山者が談笑していたが、辺り一面ガスが覆いだしていた。天候が崩れる兆しだった。私は下山コースを慣れている大樺沢二俣方向にとった。これからのコースは降り一辺倒になるので畳んでザックに縛っておいたトレッキングポールを伸ばした。ポールは登るときよりも下りに威力を発揮する、と実感している。広河原まで約3時間半の長い下りが始まった。

 

 1430分に広河原山荘に到着しテント設営手続きを取った。設営料金は500円だった。ツェルトの設置が終わるとキャンプ場にはシャワーが無いというのですぐそばを流れている野呂川に入って全身を洗った。水は冷たかったがしばらくすると身体全体がぽかぽかしてきた。山荘脇に設置してある自動販売機から缶ビールを4本買ってきて無事に鳥倉〜塩見岳〜間ノ岳〜北岳〜広河原の縦走登山が完了したことを祝して乾杯を挙げた。

 

 第5日

 翌朝、ツェルトにぽつぽつ雨が当たる音に目が覚めた。今日も雨なのだろう。隣にテント2張りを設置していた家族連れは早めに撤収していった。昨日、広河原山荘でテント設営手続きを取った際、広河原発のバス時刻を確認したのだが、8時発に乗っても芦安温泉の日帰り入浴はどこもやっていない。9時30分発がいいと思う、とアドバイスを受けていた。テント場にいても何もすることが無いので、ツェルトを撤収し広河原インフォメーションセンターに行ってみた。

 

 7時過ぎだったが2階の事務室に担当者がいたので芦安温泉の日帰り入浴について改めて聞いてみると、バス停留所の脇に白峰会館というのがあり、9時から営業をしているという情報をくれた。それならば芦安温泉まで約1時間かかるので8時のバスに乗ろうと思い外に出ると、芦安観光タクシーが9人集まれば芦安温泉まで運ぶとのこと。下山者を待っていると次々に降りてきて9人集まったので芦安温泉まで乗合タクシーで運んでもらった。8時には白峰会館に着いてしまった。1階のベンチで雨を避けて今回の山旅のメモを整理しながら開館を待った。

 

 温泉は無色透明無臭で肌がすべすべし気持ちが良かった。湯上がりに2階のレストランに入って、柿ピーをつまみに缶ビールで乾杯だった。

 

5.ギンリョウソウCIMG0808

林の中にひっそりとたつギンリョウソウ

 

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