新緑が映える6月の北アルプス

島々宿〜島々谷〜徳本峠〜霞沢岳〜徳本峠〜上高地

 

徳本峠から望む新緑と残雪の穂高連峰

 

関東地方の梅雨入前の週間天気予報を睨んで絶対晴れることを確信して6月4日〜6日まで新緑と残雪の北アルプスの山々を見てきました。6/3の木曜日の夜行バス「さわやか信州号」で島々宿の徳本峠入り口まで行きました。

 6/4は朝5時、キャラメル1個を口に含んでのスタートでした。
W・ウェストンが穂高岳へ登ったときのクラシックルートである島々谷を遡って行きました。登山道は水量の多い南沢を何回も横切り、足元には清楚なニリンソウが咲いていました。行き交う登山者は誰一人としていませんでした。

 

W・ウェストンが中部山岳地域を日本アルプスとして世界に紹介した著書『日本アルプス・登山と探検』を読むと当時の様子がよく分かりますが、その自然に対しての内容は今でも同じであることが歩いてみるとよく分かります。

現在、釜トンネルが開通した後は上高地に入る人の殆ど100%の人がバスかタクシーで入ります。島々谷南沢沿いを歩いて上高地に入る人はよっぽどの物好きでない限りいません。登山道は細く断崖絶壁の場所が多々ありますし、足を踏み外せばかなりの流量と流れの沢に落ち込みます。落ちれば命の保障はありません。しかしながら渓流のせせらぎと小鳥の鳴き声は心地よく6時間弱で徳本峠に到着しました。小鳥の中では地味な色をしていますが実に美しい声で囀るミソサザイの鳴き声には度々歩くのを止めて聞き惚れました。

 徳本峠に到着したのは11時少し前でした。徳本峠は昨年、雨にたたられた峠でしたが、今回は本当に雲ひとつなく大快晴の大空が拡がっていました。何という景色でしょうか。峠の正面に残雪の雪襞を残す穂高岳の赤黒い岩壁が圧倒的存在で聳え立っていました。西穂高岳、奥穂高岳、前穂高岳,

明神岳の尖峰が雲ひとつない大空に聳え立っている大パノラマが展開していたのです。


 島々谷から登っていくと峠に立つまでは木々で覆われているので前が見えませんが、峠に辿り着き眼前に一気に北アルプスの山々が登場した時の驚きは息を呑むという表現以外に表現のしようがない景色です。
 テント場には一つのテントも張られていませんでした。私は早速テントを設営し、ビールやワインを飲みながらノンビリ日が暮れるまで山を見ていました。正面に穂高岳を眺めながら殆ど風もなく、時おりウグイスの鳴き声が耳に届きます。この峠は明日のウェストン祭には1800人が通過すると言われており、その賑やかさとは全く違うとても静寂な峠です。


 「贅沢な時間」については人それぞれで感じ方が違うだろうが、私にとっての贅沢な時間とは、自然の中に身を置き、ゆったりした時間の中でさまざまなことを考える時です。その中には酒を飲みながらボーッとしている時間を含められます。静かな山懐に抱かれて自己自身を見つめなおすということは、スピードの速い現代社会においてとても必要なこと思います。どこかで自分の原点というものを考える時間を持つことが必要であり、私の場合、一人静かに考える環境は海よりは山だと思います。単独山行は賑やかなパーティ山行とは違います。家族のこと、職場のこと、自分自身のことなど、人生全般を考える時間を持つことが必要なことだと思います。

 

ランプの山小屋・徳本峠小屋

 

真っ赤な夕陽が沈むのを眺め、満天の星空を仰ぎ星の多さに驚く。普段の日常生活とは全く違った生活環境に身を置く。ラジオもない、テレビもない、新聞もない、電気もない、携帯電話もない。明るくなれば起き、暗くなれば眠る。自然の時間に全てを合わせる。

朝4時になると明るくなると、小屋の人は言っていました。私のテントの脇に大学生2人組がテントを張りました。初めて立てるテントとかで大分手こずりながら30分ほど経ってやっと3角形のテントが張れました。テントを張りながらの会話が伝わってきましたが、とても仲のいい2人でした。しかしテントというのは不思議なものです。薄い布1枚を隔ててそれぞれの人生があります。


 6/5は霞沢岳をめざしましたが残雪が多く、樹林帯の中は2〜3度道に迷いながらどうやら進むことはできましたが最後の登りで雪渓が次々に現れ全てトラバースなので失敗すれば雪の滑り台で谷底まで落ちてしまいます。それは確実に死を意味します。
 6箇所ほどは慎重に横断したのですが最後の雪渓が大きく、ストックも持っていなかったので身の危険を感じ引き返しました。霞沢岳山頂には今回も行けませんでしたが、スタジオジャンクションからの前穂高岳〜奥穂高岳への吊尾根の景色。あるいはジャンクションピークからの南アルプスの連なりや八ヶ岳連峰のシルエット。はたまた足元に広がるお花畑に咲き出したばかりのキスミレ、シナノキンバイなどの可憐の花々。雪が消えたばかりの湿った場所にうつむき加減に咲いているショウジョウバカマなど十分に残雪の山々と木々の芽吹きと早春の草花を満喫できました。

早春の花・ショウジョウバカマ


 上高地に降りて小梨平キャンプ場の落葉松の下で梓川沿いに2泊目のキャンプです。テントを張ったところからは明神岳と岳沢、奥穂高岳から西穂高岳への稜線が素晴らしい眺めです。西には蒸気を吹き上げている焼岳がすぐそこに見えます。
 河童橋あたりは相変わらず人・人・人でごったがえしていましたが、小梨の純白の花がとても美しく、柳の綿毛が風に舞うのもちらほら見られました。

 上高地に来たならばやっぱり温泉です。上高地温泉ホテルはキャンプ場から散歩しながら30分のところにあり露天風呂は旧暦6/4の菖蒲湯になっていました。夕方は「焼の湯」に入り、翌朝は「梓の湯」にゆったりつかりながら山行の疲れを癒しました。上高地温泉ホテルの湯は上高地に来るたびに入っていますがとてもリラックスできます。温泉から上がったあとは梓川沿いのベンチに座りキジバトにカロリーメイトやピーナッツのカケラをやりながらビールとワインで暮れ行く梓川の流れを見ていました。


 6/6は第58回ウェストン祭が行われました。上高地は6月の清々しい朝を向かえました。落葉松林の清々しさ。針葉樹の中でただ1種類落葉する落葉松。落葉松林の中で真っ青な大空を見上げた時の幹と枝と若葉のコントラストがとても素晴らしい。5月ではまだ芽吹いたばかりで空が多すぎ、7月では葉が多すぎて暗くなる、6月の今のシーズンだけに体験できるものでしょう。

3脚に一眼レフカメラを取り付け担いで歩くアマチュアカメラマン。家族連れのそぞろ歩きのなかで、第58回ウェストン祭の記念品として手拭と木彫りのバッチが1000円で売られていたので買い求めました。ウェストン顕彰碑の前で老若男女仲良く輪になってエーデルワイスをはじめとした歌を唄っていました。

 今回の山行はとてもノンビリした記憶に残るものでした。都市で生活しているときよりも時間がゆっくり流れているように感じられます。また快晴の天候に恵まれてとてもラッキーでした。
 上高地は北アルプスの山々を訪れる時に度々来ているところですが、雪解け水が刺すように冷たい梓川の清流と新緑の木々の向こうに雪襞も鮮やかに硬い岸壁で聳え立つ穂高連峰の雄姿は四季の中で今のシーズンが一番いいのだろうと思います。

                                      2004年6月8日

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