雪が少なかった志賀高原スキー

寺子屋ゲレンデで気持ちよく滑った
2月23日 月曜日・祝日 晴れ 1日目
今シーズン3回目のスキーは志賀高原スキー場へ3泊4日の日程で出かけた。私は仲間とJR八王子駅前で合流し、関越自動車道から長野自動車道へ入り、上信越自動車道の中野インターで降りて志賀高原に向かうと、霧の中を走っている状態となり、視界は30mから40mぐらいだった。天気予報では志賀高原は晴れだったので、スキー場の天気を心配していたが、標高を上げるのに伴い霧の上に突き抜けて、高天ヶ原スキー場に着いた時は真っ青な空が広がっていた。今回のメンバーは5人で、スキーリーダーのポパイ吉原、ロシア人のイワン・ミヤマノビッチ・佐藤、トトロ碓井、エイトマン岩井、群馬の旅烏・裕一之介だった。群馬の旅烏は遅れて到着するので、その他の4人が1日目を滑るメンバーだった。

定宿のホリデープラザ志賀高原ホテル
12時30分に高天ヶ原スキー場前のホリデープラザ志賀高原ホテルに着くと、電光掲示板の気温は4℃を示していた。例年よりも異常に高い気温で、走ってきた道路に雪は全くなく、雪解け水が流れている状態だった。スキーウェアに着替えてゲレンデに飛び出したのは13時だった。武庫川女子大学の生徒たちが揃いのユニフォームを着て午後の部をスタートさせるところだった。彼女たちはインベーダーゲームのわらわら湧いてくるインベーダーのように見えた。

快晴の高天原ゲレンデ
スキー場に出かけてくる前にネットで志賀高原スキー場全山共通シニア2日券の予約をしてきたので、チケット売り場でスマホのQRコードと運転免許証のコピーを提示しチケットを受け取った。ネットの事前予約だったため7%割り引きでチケット代金は12300円だった。2日券を予約したのは天気予報では3日目は終日雨予報が出されていたためだった。

高天原ゲレンデの上部
今日は13時からのスタートだったので、遠くには行かずに高天ヶ原ゲレンデからタンネの森ゲレンデ、一の瀬ゲレンデを滑って寺子屋ゲレンデに向かった。標高2125mの寺子屋山山頂には例年だとモンスターと呼ばれている樹氷が見られるのだが、今回は雪も少なく気温も高いので樹氷は影も形もなかった。山頂には想ったよりも多くのスキーヤーとボーダーがいた。

寺子屋山頂から眺める雲海上の北信五岳
寺子屋山山頂から前を眺めると北信五岳と呼ばれている斑尾山、妙高山、黒姫山、戸隠山、飯綱山の白い山並みが雲海上に浮かんでいた。通常雲海は朝方に発生し、太陽が昇るとともに熱せられて消えてしまうのだが、今日は13時を過ぎても雲海が広がっていたのは珍しいことだった。私たちが志賀高原に登ってくるときに霧の中を走ってきたが、その霧が残ったままである。

高天原温泉のホテル内湯
寺子屋ゲレンデで3本滑ったあとレストハウス寺子屋で20分ほどの休憩を取った。ベランダで外国人の5人グループが日光浴を楽しみ、生ビールを飲みながらくつろいでいた。連絡リフトの最終に間に合うように2本滑ったあと、林間コースを滑りながら高天ヶ原ゲレンデに戻ってきた。高天ヶ原ゲレンデを滑り降りると、正面が宿泊するホリデープラザ志賀高原ホテルである。ホテルに戻ったのは16時だった。気温は5℃になっており1日目のスキーは終了した。

5人が揃い夕食にはアルプスワインで乾杯
フロントで部屋の鍵を受け取ろうとすると、フロント前のソファに座っていたのは群馬の旅烏・裕一之介だった。前橋からやってきた裕一之介は、温泉に入りに来ました、とのことで、お土産に4束入りの群馬の手振りうどんを参加者に配っていた。いつも気配りをする男で、夕ご飯を一緒に食べたあとで酒を飲みながら雑談をしたが、相変わらず面白い人間だと思った。

ビュッフェスタイルの食事
2月24日 火曜日 晴れ 2日目
志賀高原スキー場での2日目の夜が明けた。朝6時の外気温は5℃だった。昨日は松本では20℃まで気温があがり、今日の最高気温は19℃とのことだ。暖かな春の陽気である。今日は横手山方面で滑ることにして8時38分のバスに乗り、横手山第1リフト前に向かった。イワン・ミヤマノビッチは膝の調子がおかしいというので、スキー板は履かずに雪景色を楽しむために一緒に出かけた。

横手山山頂のリフト建屋の屋上が展望台
横手山の第1リフト、第2リフト、第3リフトを乗り継いで標高2307mの山頂に着いた。横手山は志賀高原スキー場では一番高い標高である。山頂のリフト建屋の屋上が展望台となっており、展望台に上ると霞んではいたものの信越の山々がぐるりと連なり、左側には日光白根山、遠くには浅間山も雲海から頭を出していた。

渋峠ゲレンデは滑りやすい
展望台で山々の景色を眺めたあと渋峠ゲレンデに向かった。渋峠ゲレンデは左右2コースの小さなゲレンデだが、傾斜がゆるいので気持ちよく滑ることができる。人が少なく私の一番好きなゲレンデである。横手山も気温が高く雪が少ないために樹氷を見ることはなかった。

昼食はパンで有名な横手山頂ヒュッテ
渋峠ゲレンデで3本滑ったあと、風が強くなっているので第3リフトが停止されるかもしれないと想い、早めの食事をして横手山ゲレンデに降りることにした。食事は横手山頂ヒュッテである。山頂でパン屋さんを営んでいる有名な場所だ。

好きなカレーうどんを食べた
11時頃にヒュッテ店内に入ると満席だったが、何とか入口近くの窓際席を4席確保することができた。日光が当たりポカポカしたサンルーム気分だった。パンが有名なヒュッテだが、私はパンではなく好きなカレーうどんを頼んだ。

笠岳に向かって滑り降りる横手山ゲレンデ
ビールを飲みながら食事を終えたあとは横手山ゲレンデを滑り降りたが、スキー靴のベロの部分が脚の脛にあたり、ターンをするたびに痛くて仕方がなく、スキーの楽しさを痛さが相殺してしまうので、早々とホテルに帰ることにした。バスを乗り継ぎホテルに着いたのは13時30分だった。温泉に入ったあと仲間はまだゲレンデにいるので
1人宴会だった。

スノーモービルの女性レスキュー隊員
私は脚の痛みに耐えかねて早めにホテルに帰ったが、イワン・ミヤマノビッチが山頂から下りのリフトに乗ろうとしたところ、年配の係員は「規則なので乗せられない。国道を歩いて下山するように」と乗車拒否したという。スキー場のリフトは年間運用の観光リフトと違い、冬場だけのシーズン運行のために運輸省への届けが異なり、スキー板やボードを持っていないと下りには乗れないのだという。それならばなぜ登りのときにリフト係員は拒否しなかったのか、と詰め寄っても話しは平行線をたどり、歩いて降りろと取り付く島もなかったという。

スノーモービルで下山したイワン・ミヤマノビッチ・佐藤
イワン・ミヤマノビッチ・佐藤は、リフトで登ってきたボーダーが脚が痛くてたまらないというので、アイシング手当などの対応をしてやっている間にリフト係員が若い担当者に代わったので、再度、膝の具合などを話して国道とゲレンデの脇を歩いて降りるのは無理なことを伝えると、若い係員はレスキュー隊員に連絡し、女性のレスキュー隊員がやってきて、スノーモービルで横手山第1リフト脇のバス停まで運んでくれたとのことだ。めでたしめでたし。

渋峠ゲレンデのペアリフト
2月25日 水曜日 雨 3日目
天気予報では朝から雨だった。天気予報通りに夜明け前の3時ころから雨音が聞こえてきていた。朝食中には正面に見えるはずの高天ヶ原ゲレンデは霧に包まれて展望は全くなかった。私は3日目は最初から天候不順を見越して温泉と読書に充てていたが、ポパイ吉原だけは雨が小降りになった状況で滑りに出て行った。

『ロバのクサツネと歩く日本』
今回持参した本は『ロバのクサツネと歩く日本』(河出書房新社 )というノンフィクションである。著者の高田晃太郎は新聞記者を辞めて2年間の世界放浪の途中のモロッコでロバと出会い、イラン、トルコ、モロッコをロバとともに5000kmを歩いた経過を前著『ロバのスーコと旅をする』に著した。ロバとともに歩いた旅先で出遭った人たちとの交流を面白く読ませてもらったが、その続編となっているのが今回読んでいる日本を旅した体験記である。

ロバのクサツネとのんびり歩く
本の内容は3部構成で、第1部が2023年7月〜11月までの栃木から日本列島中央部を南下し中国山地を歩いて山口下関まで、第2部が2023年11月〜2024年3月までの福岡から鹿児島を歩き、四国に渡って四国山間部を香川まで、第3部が2024年3月〜9月までの兵庫から北上して北海道帯広までの1年2カ月に渡って1頭のロバと一緒に歩いた記録である。読んでいて各地での人々との交流は様々なエピソードがあり面白いのだが、一番感じたのは相棒のロバと言葉は通じないものの、旅を続けていくうちに徐々に信頼感ができていくことだった。隣に相棒がいてくれくれることにより、お互いの心が安まる関係が強まっていったのである。

今日はポパイ吉原の73歳の誕生日だった
今日はポパイ吉原の73歳の誕生日だった。赤ワインで乾杯しロールケーキでお祝いした。
2月26日 木曜日 晴れ 4日目
朝から快晴だった。昨日1日中雨が降っていたので空気がクリアになり、山並みがすっきり見えていた。志賀高原で4日目だが1番綺麗な景色が見えた。今日はスキーを滑ることなく、朝風呂を浴びたあと朝食後に荷物を整理し帰宅の日である。

「みやま温泉」に入った
毎回帰宅途中に地元温泉の「ぽんぽこの湯」に入るのだが、今回は定休日というので手前の「みやま温泉」に入ることにした。開館は10時で入浴料は500円。露天風呂のみの温泉で、玄関は無人で500円を料金箱に入れるとゲートが開く形になっていた。露天風呂は1カ所のこぢんまりとした微かな硫黄臭のする温泉で、湯の中には湯ノ花が漂っていた。

露天風呂は微かな硫黄臭がした
30分ほど湯につかって身体を温めた。風呂上がりには休憩所で持ち込んだ缶ビールのプルトップを開けた。休憩所は畳の間に4人用折りたたみテーブルが4脚、フローリングには4人椅子席がひとつあった。喉を落ちていくビールの味がなんともいえない。小さな温泉で朝一番の早い時間も相まって、入浴客は少ないようで私たちがいた1時間のうちに男性客がひとり、女性客がひとり訪れただけだった。

『手打ちそば処・善八』で、地酒と「牛すじ丼とそばセット」
昼食は上信越自動車道の中野インター前の完全手打ちそば『手打ちそば処・善八』で摂るために11時30分の開店と同時に入店した。店主は30年前に戸隠そば処で蕎麦打ちを学び、戸隠産蕎麦粉を100%使用した腰の強い太めな手打ち蕎麦である。私はランチメニューのなかから「牛すじ丼とそばセット」を選んだ。牛すじはとろけるように軟らかく、手打ち蕎麦は歯ごたえがあった。マイタケの天ぷらを味わいながらの辛口の地酒・天領誉は喉に染みた。蕎麦屋はビールよりも地酒である。満足満足の気分で店を出た。