メールから振り返る利尻岳登山
沓形港から望む利尻岳
北海道・利尻島は稚内からフェリーで1時間50分の距離にある周囲63kmのほぼ円形の島である。隣には「花の浮島」と呼ばれている礼文島がある。利尻島の中央に標高1721mの利尻岳が裾野を広く拡げて聳えている。深田久弥著『日本百名山』の一番目に登場する山が利尻岳であり実に立派な形をしている。北海道土産で人気ナンバーワンを誇る「白い恋人たち」というクッキーがあるが、そのパッケージに描かれているのは厳冬期の利尻岳であり北海道を代表する山でもある。その利尻岳に登る計画を立てて出かけて行った。行程は2011年9月6日〜12日の6泊7日で利尻島に3泊4日、礼文島に3泊4日の計画であったが、雨と強風のため計画は大幅な変更を余儀なくされ、結局6泊7日の利尻島のみに終わった。その登山経過を家族と友だちに宛てたメールから振り返ってみた。
【メール】9/6
キャンプ場の道路の反対側が利尻富士温泉という好条件。温泉はナトリウム塩化物・炭酸水素塩泉とかで肌がツルツルします。風呂上がりにビールを一杯。バンガローは、敷き布団、シーツ、毛布、掛け布団が完備。4人部屋を気兼ねなく一人で使っています(^-^)。山は明後日に登る予定ですが、決して無理せず天候次第です。
★キャンプ場は利尻富士町公営の「ファミリーキャンプ場ゆ〜に」と呼ばれているもので、2005年5月にオープンしたばかりで緑のエゾマツ林の中にある静かな自然環境の快適なキャンプ場だった。台風12号と13号の余波を見込んでテント泊の用意はしていたが、念のためバンガローを3泊予約してあった。1泊の費用は5000円。アイヌ語で「5」を意味する「アクシネ」という棟に入った。清潔なバンガローだった。
ペシ岬と鴛泊漁港
【メール】9/7
今日の稚内の天気予報は午前中雨だったが、夜中の2時半に空には沢山星が瞬いていたので4時半に出発した。1時間歩かないうちに雨が振り出したので無理せずあっさり中止。明日も雨模様。金曜日から天気は回復するようだ。今日はバスで利尻島一周予定。
★利尻島内のバスは時計回り(右回り)のAコースが1日に6便。反時計回り(左回り)がBコースとして1日に5便。両コースともほぼ2時間間隔で運行しており、観光客のために1日フリー乗車券(2000円)が用意されている。観光場所としては、沓形エリアで沓形岬公園、仙法志エリアで仙法志御崎公園、鬼脇エリアで南浜湿原、オタトマリ沼、鴛泊エリアで姫沼、夕陽丘展望台、ペシ岬などが代表的なもので、それらの観光場所を島内巡回バスに乗り継いで見ていくわけである。勿論、これらの観光場所を短時間で効率よく回るコンパクトな島内観光バスも運行されている。
【メール】9/7
雨のため利尻岳登山を延期して島内一周バス旅行をしているが、雨は降ったり止んだりで傘とカッパが離せない。ま・時間はあるのでゆっくり廻るよ。お袋はあまり心配しないように(^-^)。写真は沼浦展望台から見た打ち寄せる波。
沼浦展望台から見た打ち寄せる波
【メール】9/7
強風で沓形からのフェリーは欠航。利尻岳は雲の中。今日雨の中を登って行った人が10人前後いたけれど最悪だろうなー。こちらは島内バス一周旅行も途中で切り上げてバンガローに帰って来たよ。キャンプ場の隣の利尻富士温泉に入ってビールにワインだー(^-^) 。
★地図を見ながら島内をバスで回っていると神社が実に多いことに気付く。当然のことに利尻神社が多いことは分かるが村の名前が付く神社が特に目につく。地図に記入されている神社を書き出してみると、利尻山本泊神社、北海富士神社、利尻山神社、野塚利尻山神社、雄忠志内利尻山神社、神恵神社、八大鯟泊神社、旭浜利尻山神社、石崎神社、二石神社、金毘羅神社、北見神社、沼浦利尻山神社、南浜神社、伏見稲荷神社、御崎神社、元村神社、仙法志神社、政泊神社、神磯三吉神社、久連利尻山神社、蘭泊神社、神居三吉神社、大山砥神社、金毘羅神社、北見富士神社、利尻廣獄神社、栄浜神社、という具合である。昔から利尻島の主産業は漁業であり厳しい生活の中から神社は村人の精神的なお守りとして大切にされてきたのだろうと思う。
【メール】9/7
下に降りれば雲ひとつない青空。風も弱く山上とは大違い。天気見合いだけど明日再度登ろうと思います。お昼に港に出て寿司を食べたあとは温泉に入ってビールで休みます。朝4時15分から5時間休みなしで山道を歩いたので脹ら脛が少し痛い。ま、温泉にゆっくり入るよ(^-^)。
【メール】9/7
明日の宗谷地方の天気予報は大雨・強風・雷注意報だってさ。なんだか気が滅入るね。先ほど温泉で前半だけ見たけれど女子サッカーのなでしこは北朝鮮に負けるかもしれないね。利尻岳はすっかり雲の中だよ。
【メール】9/7
利尻礼文地域に大雨注意報発令だってさ。外は波状的に風雨が襲いかかっているよ。テント場にはテントが2張り張ってあるけど中にいる人は最悪だろうな。台風の余波を考えて3日間バンガローを予約しておいて正解だったよ。明日明け方には雨は上がる見込みだけど離島だから慎重にやるよ(^-^)。ラジオ番組を聴いているがテレビと違っていろいろ考えさせられるよ。今日もいいお風呂だったよ。日本酒もワインもうまかった。まだ4日あるのでゆっくりやるよ(^-^)。
キタノコギリソウ
【メール】9/8
森林パトロール隊の2名に下山理由を伝えると、「それは賢明な判断だ。しかし随分軽装だね。」と話してきた。「カッパの下のザックの中に防寒着、地図、ライト、水、非常食が入っている」旨を伝えた。私が下山しだしてから17〜8人の登山者に出会っただろう。みんな強風とガスの中を山頂目指して突き進んで行った。
★2回目の登山に出発したが強風と雨のため8合目手前の第二展望台で引き返した。天候が不安定なため夜中の2時3時では上空に星がたくさん瞬いていた。しかし日中になると海上からの風に乗って湿った空気がガスとなって山を覆う日々が続いていた。
4時15分にバンガローを出発。工事中の北麓野営場脇の登山口ポストに登山届を投入し、3合目:ポン山・姫沼との分岐点、4合目:野鳥の森、5合目:雷鳥の道標、6合目:第一見晴台、7合目:胸突き八丁を経由して8合目の手前の第二見晴台に到着したのが6時45分。麓に比べ標高が上がれば上がるほどますます風は強さを増し唸りをあげて吹き抜けていく。周りはガスのために視界は閉ざされ時おり雨も横殴りに吹きかけて来た。このまま突き進む危険性を判断し下山とした。
【メール】9/8
昨日より天候はますます悪化し利尻岳の麓まで雲に隠れてしまった。雨も時折り降り、風も相変わらず強い。おまけに宗谷地方に大雨注意報だ。雨は明日の明け方まで続くという。午後に沓形方面へ遊びに行くのは中止して読書に決めた。この分だと明日も明後日も無理だろう。海では毎日時化が続き、漁が出来ないため刺身定食が出せない店も出てきているよ。今回だめだったら来年くればいいことだしね。仕方ないので午後は隣の温泉に入りビールだね。
★読んでいた本は『チベット旅行記』全5巻というもので、1900年に鎖国状態であったチベットにインド、ネパールから雪のヒマラヤ山中を越え日本人として最初に密入国した河口慧海の旅行記である。本人は純粋に仏教未伝の経典を求めてチベットに潜入したのだが、その過程が口述筆記として実に克明に綴られている。慧海は記憶力抜群で実体験として語られている内容は実に面白い。
リシリブシ(トリカブト)
【メール】9/9
昨日同様に午前4時過ぎに出発するが風が強すぎる。昨日は下ではこんなに吹いていなかった。山は雲の中で上空の雲の流れが速すぎる。今日も山上は強風が吹いていると判断し登山は中止してバンガローに帰って来た。離島の独立峰はタイミングが難しいね。ここから30分の沓形にも温泉があるので、そちら方面に遊びに行くことにした。
★暇なので登山地図を拡げて見ていると利尻島にはポン山と名付けられている山がたくさん目につく。
鷲泊エリアにポン山(444m)、小ポン山(413m)、沓形エリアに神居ポン山(140m)、仙法志エリアに仙法志ポン山(320m)、メヌウショロポン山(155m)、オタドマリポン山(164m)、鬼脇エリアに鬼脇ポン山(410m)、という具合に7つもある。ポンというのがどういう意味なのかは知らないが、ひとつかみ摘まんでポンと置いたような形をしているやさしい小山である。
【メール】9/9
午後から物凄い雨になった。登山を中止して正解だった。利尻岳登山はこのキャンプ場から往復10〜12時間かかる。同じキャンプ場から出かけて行った東京から来た若者は最悪だったろうな。天気を読むのは難しいからね。今、北海道限定のサッポロクラシックビールを飲んでいる。右足脹ら脛の痛みはだいぶやわらいできた。ツマミは炙ったイカではなくイカの三升漬け、白菜とニラのキムチ、冷奴、きゅうりの半割り、人参と牛蒡のちぎり揚げ。幕の内弁当も美味い(^-^)。雨は強弱をつけて降り続き、雷も轟いている。ラジオから島倉千代子の歌が流れているよ。雨の中、ハギやムクゲのピンクの花を眺めながら露天風呂に入るのも乙なものだったよ。
【メール】9/9
二人とも大変だけれどガッツだぜ。何の病気に対してもそうだけれど病気に立ち向かう精神性が重要だからね。こちらは利尻島で大荒れ。大雨、強風、雷注意報が利尻富士町に発令中。今いるところだよ。利尻岳には3回チャレンジして天候悪化で中止。今日で4泊目だけれど、この分だと今回は利尻岳登頂は無理のようだね。外は凄い雨だよ。隣の温泉と風呂上がりのビールがせめてもの慰めだよ。
★午後3時過ぎにキャンプ場隣の利尻富士温泉に入っている時、下山した若者二人組と話をしたが「山頂までとにかく風が強く寒すぎた。周りは何も見えなかった。」と消耗しきった顔で話してきたのが印象に残っている。また私と同年代と思われる百名山完登を目指す人は「頂上では写真を撮っただけで、ただ登ったという印象しかなかった」と答えた。以前、「狭い日本、そんなに急いでどこへ行く!」という標語があったが、登頂のみに意義を見つけ、どのような天候であろうともただひたすら頂上を目指すという登山方法は精神が貧しく、むなしくならないのだろうか。
【メール】9/10
9時登頂。4度目のチャレンジだった。山頂はとても静かだよ。いるのは自分ただ一人。写真は山頂の利尻山神社。
利尻岳山頂の利尻山神社
★夜中の2時に空を見上げると大半が雲に覆われ星は見えなかった。携帯のインターネット天気予報を見ると稚内地方の3時間ごとの天気は全て晴れマークだった。昨晩の天気予報でも気圧の谷が通過するため明け方までは雨が残るが一日穏やかな天気で行楽日和とのことだったので、4回目の登山を決行することにした。
上級の雲の流れは遅く風も微風だった。私のザックは軽く、先行する登山者を次々に抜いていった。5合目までで15人の登山者が道を開けてくれた。2日前に引き返した第二見晴台に到着した時の風はあまり気にならない程度だった。礼文島や稚内が真っ青な海の向こうに遠望できた。8合目の長官山までは朝日が射していたが、それ以後はガスに包まれた。利尻岳避難小屋で風よけの意味もあり雨がっぱを着こむ。9合目から山頂までは急登区間で大岩と火山砂礫で足場も悪く気合を入れて登る必要があった。頂上が近づくにつれ風は強さを増した。体温保温のためダウンのインナーを着込んだ。
利尻山神社の祠が建っている山頂に到着したのは9時だった。キャンプ場から登り始めて4時間15分の行程だった。頂上に到着すると不思議なことにそれまで吹いていた風がピッタリ止んだ。そして神社の前方に当たる北面のガスが切れ、眼下に緑の麓と紺碧の海が現れた。その風景が10分間ほど続いた。不思議な体験だった。
9合目への下山途中のガスの中で「利尻山は8月下旬から天候不良が続きずっと登れなかったのですが、今日は晴れるというので札幌からやってきたのにこの天気です」と若干ガッカリしていた50代と思われる女性単独登山者と言葉を交わす。
9合目からの礼文島遠望
【メール】9/11
おはよう!!利尻島に来て6日目、初めて穏やかで爽やかな朝を迎えました。昨日4回目のチャレンジで山頂まで行けたので今日はゆっくり骨休みです。美術館に寄ったり、沓形方面へ遊びに出かける予定です。明日帰宅予定です。昨日、漁業協同組合販売所で利尻土産を適当に見繕ってお袋あてに宅急便で送ったので、お袋、孝江、計子、康子さんで分けて下さい。写真はバンガローの窓から海方面をみた景色です。
【メール】9/11
こちらに来て6日目にして利尻山が姿を現しました。実に立派な姿をしています。沓形岬の突端で見た咲き遅れたハマナスの赤い花が印象的でした。利尻ふれあい温泉に入りぽかぽかです。ホテル利尻の大風呂と露天風呂を保養センターにしているので、おじいさんやおばあさんが昼間から温泉を楽しんでいます。若いころ一生懸命働いたのだから当然です。こちらも44年間一生懸命働いたのだから温泉に入りビールを楽しんでいます(^-^)。ではでは。
★このようにして利尻岳登山は終了した。夜明け前に出発しては途中で自らの判断で中止すること3回。4回目のチャレンジで山頂まで登ったが、単独登山者の場合は事故を未然に防ぐため余裕を持っての行動が必要となってくる。ただ山頂を踏めばよい、と考えるならば周りの景色などお構いなしに猪突猛進型で進んでいくだろうが、私はそのような登山を望まない。あくまでも自分にとって楽しい山登りであることが一番であり、周りの景色を眺め、足元の花を愛で、鳥の囀りに耳を傾け、下山後はゆったりと温泉に入りビールを楽しむものでなくてはならない。