ランプの宿・徳本峠小屋

 

0021

徳本峠小屋に灯るランプ

 

 今年の夏山登山はミーハー・クライミング・クラブ創立20周年記念登山にあたり、W・ウェストンが世界に『日本アルプス』を紹介した時のクラッシックルート(島々宿からの徳本峠越え)を歩いた。今回の山行に参加したメンバーは、おなじみのポパイ吉原、最近特に出腹が目立つ親トトロ碓井、子トトロのピンポン翔馬、ちびっこ小沢、エンジニア小林、そしてエイトマンの6名であった。

 

 4時30分に夜行登山バスを降りた。辺りはまだ闇に包まれている。「徳本峠入口」脇の洗面所で顔を洗いペットボトルに水を満たし島々谷川に沿って歩み始める。歩道は乗用車も通れる道幅なので歩きやすいがヘッドランプで足元を照らしながらの出発である。


 私が島々から徳本峠への道を歩くのは二度目である。以前、このクラッシックルートを歩き徳本峠へ達した時、突然、若葉の中から目の中に飛び込んできた残雪の穂高連峰の素晴らしい景色を忘れることは出来ない。その素晴らしさを山の仲間に体験してもらおうと今回の夏山登山の計画に組み込んだのである。

 私は今回の夏山登山に先立ち6月に安曇野市役所観光課に電話を入れ登山道の状況を確認した。信濃路自然歩道に指定され、島々宿から徳本峠を越え明神へと抜ける北アルプスの由緒あるクラシックルートは一昨年の台風で手酷い痛手を受けた。登山道は応急復旧措置を施し開通しているが足元が不安定なためくれぐれも注意して歩いて欲しい、と担当者は伝えてきた。8月の登山本番前には松本警察署地域課に連絡し6月と同じように登山道の状況を訊ねたが新たな情報はないとのことだった。


 以前歩いた登山道は、島々谷の渓流沿いを右に左に渡りながら上流に向かって登っていくわけだが、その登山道は細く頼りないものであり踏み外せば谷川に落ち込み、ただでは済まないところが至る所にあったことを思い出す。夜行登山バスの予約の際に旅行会社の担当者から「警察からは徳本峠越えコースは上級者コースのため初心者には薦めないように」と指導を受けていることを告げられた。私には徳本峠越えコースは上級者コースとは思えないがコースが荒れているために事故を引き起こす可能性があるための注意だろうと考えた。

 台風の爪跡は二股から分かれた山道を進むにつれて次々に明らかになっていく。コンクリートの橋桁が流され橋が浮いてしまっている箇所、登山道自身が流れに抉られ消失してしまった箇所、土砂崩れで登山道が埋まってしまった箇所、次々に痛手を受けた状況が明るみになっていく。工事現場で組み立てる足場が緊急処置として組まれ滑落防止にトラロープが張られたところも数多く登場した。それらを一つひとつ注意しながら越え峠を目指して登っていく。岩魚留小屋の前の橋も流され、立派な橋に作り変えられていたのにはビックリした。そこだけが応急処置ではなく本格復旧であった。他の場所は間に合わず、これから台風シーズンを向かえる。本復旧までの期間は長期間にならざるとえないだろう。

0541

焼岳への登山道


 「ランプの宿・徳本峠小屋」に到着したのは13時だった。早朝から歩き始めて8時間30分の行程であった。私の体調は絶不調であった。以前歩いたときは5時間の行程だったのを考えると愕然とせざるを得ない。特に岩魚留小屋を越え力水にさしかかった辺りから身体の自由が利かなくなり足に力が入らなくなってしまった。連日の過密スケジュールと深酒が知らず知らずのうちに体力を消耗させていたのだろう。極端に言うと5分歩き10分休むという具合に休む時間が歩く時間の倍になるパターンに陥ってしまった。峠の場所は以前歩いた体験からおおよその距離は分かるのだが身体が思うように動いてくれずただただ休んでばかりで自然と眠くなってしまうのである。私の頭の中を掠めていくのは、夏山でも起こる単独登山者の疲労凍死はこういう状況が招くのだろう、というものだった。

私たちが徳本峠小屋に到着した時、小屋の管理人は不在だった。1パーティ男女合わせて9人の年配宿泊客が2部屋に分かれて談笑しているところだった。雨に濡れたレインウェアを脱ぎ2台燃えている石油ストーブの上で乾かしながら昼食のラーメンの準備に取りかかる。徳本峠へは小雨の中の登りとなったため途中の登山道での食事は取りやめ徳本峠小屋に到着してから昼食を摂ることに決めていたのである。私は前日に買った冷えた握り飯を出し石油ストーブの上で沸騰したコッフェルの中に味噌ラーメンを入れ、待つこと3分で出来上がったラーメンは雨で冷えた身体の中に元気を取り戻すように染み渡っていく。こういう時ほど中味の贅沢さではなく温かい食事の有りがたさを感じる。


 昼食を終えたメンバーはザックの整理が済むと部屋の中で寝転がる者、部屋に置かれている各種パンフレットに眼を落とす者、先客の登山者との話に進んで入っていく者、小雨の中を外に出て小屋の周りを確認に出る者、それぞれがおもいおもいのパターンで過ごしていく。小屋の管理人が戻ってきたので代表者の私が宿泊者名簿に記入し宿泊代金を支払う。1泊2食と翌日の弁当代を合わせて9000円である。北アルプスの山小屋の平均的な宿泊費である。


 ちょっと強風が吹けば飛ぶような徳本峠小屋は今にも倒れそうな掘っ立て小屋のように感じられる外見と異なり、平屋と思って中に入ると中は驚くなかれ3階構造になっている。2部屋ある1階は湿気が多いために布団は敷かず居間となり、宿泊者は2階と3階に別れて寝ることになる。今回の宿泊者は2パーティ15人だったので2階に9人、3階に私たち6人が寝ることになったが一人一組ずつの乾いた布団に毛布であり、山小屋の待遇としては最高である。食事は山菜や野菜を中心にしているが夕食も朝食も美味かった。コシヒカリを作っている農家の方が小屋の手伝いに来ていて、自分が育てた米だよと言ってお代わりを勧めてくれた。気さくな方でとても感じのいい人だった。こういう山小屋は次も泊まりたいと思う。夕食後にランプに火が灯った。ランプの灯は心を静めてくれる。蛍光灯の明かりはジーッと眺めていることはできないが、ランプの灯はいつまで見ていても飽きない。見ているだけでなぜかホッとする。不思議な感情だ。

 

 天気予報は悪い方向を伝えている。紀伊半島まで前線が南下し東日本エリア全体で不安定な天候となり各地に雷情報が出ている。明日は涸沢まで登ろうと思っているが無理をしてもしょうがないので明神の嘉門次小屋で岩魚の塩焼きをつまみに熱燗で一杯というコースに変更するのもいいかなと思っている。

 

0361

焼岳展望台


 今回の夏山登山はミーハークライミングクラブ設立20周年記念登山であった。その山行は登山における最も基礎的事柄のひとつである体調について再認識させられた山行となった。私は万全な体調を作って参加していくことの重要性を改めて感じた。

 

戻る