芽吹きの百蔵山から扇山への縦走

 

扇山1138m山頂は富士山の展望台だ

 

 朝4時20分に自宅を出た時の気温は9℃だった。空は晴れているようで星が見えた。東の空にうっすらと赤みが差し、三代王神社の森からカラスの鳴き声が聞こえてきていた。今回の登山は山梨県大月市にある百蔵山から扇山への縦走で、予定時間は7時間である。猿橋駅に下車したあと百蔵山登山口へ向かう前に、日本に現存する唯一の木造刎橋であり、日本三奇橋に挙げられている猿橋を見ることにした。私は猿橋を見たことがないので、猿橋駅から直接百蔵山登山口に向かう場合よりも2kmほど余計な回り道をしていくことにしたのだった。

 

猿橋は刎ね木を重ねて橋を架けている

 

猿橋駅前を直進して国道20号線に出ると、猿橋まで1.3kmの表示があった。百蔵山登山口にはすぐに左折して桂川を渡るようだった。朝7時半だが国道20号線の交通量は多い。ヤマフジの薄紫色の花房が垂れ下がって風に揺れていた。その隣には八重桜が厚ぼったく咲いている。若葉の季節となり、新緑が柔らかく朝日を浴びて眩しく映る。

 

猿橋を歩いてみた

 

猿橋に到着した。刎橋は両端の岩盤に斜めに差し込んだ刎ね木を、重ね伸ばして橋脚無しの橋を造る方法である。現在の猿橋は鉄骨の橋桁に木を張り付けて復元しているものである。国の名勝に指定されているが、橋の上を歩けるので歩いてみた。桂川の水面までは高かった。朝まだ早いので橋を見学する観光客はいなかった。猿橋の西側に新猿橋が架けられ、車両はそちらを通っている。猿橋を見たので、百蔵山登山口へ向かうことにした。県道505号線を歩き中央高速道路をくぐった交差点に百蔵山登山の標識があった。交差点の正面に岩殿山が見えた。岩殿山は南側に大岩壁を持つ立派な山である。息子が小学校に上がる前に一緒に登ったことがあった。先日息子にその当時のことを覚えているかと尋ねたところ、全く覚えていない、との返事だった。

 

南面に大岩壁を持つ岩殿山

 

百蔵山登山口に到着した。正面に見える山頂部が細長い山が百蔵山だろう。山は新緑に彩られると同時に、植林が山頂近くまで伸びている。私の前に一人の登山者が歩き出した。私は左側から山頂を目指すことにした。坂道は急で歩くのには堪える。足元にはツツジ、サクラソウ、シバザクラなどの花が咲き、周りは花で賑やかである。それらの花を愛でながら登って行った。

 

百蔵山登山口から眺めた百蔵山山頂

 

突然芝生の空き地にトトロが現れた。遊び心で作っているのだろうが、なかなかいい考えだと思いながらトトロを見ていると、トトロの前にベンチが置かれていた。なんだろうと思ってベンチに座って見える方向に目を移すと、なんと新緑の木々の向こうに真っ白に雪化粧した富士山が見えたのである。びっくらぽん。いい景色だった。

 

トトロの脇から富士山が見えた

 

その広場に雑草を取り除いている年配の女性がいた。その女性から「おはようさん」の挨拶を受けた。挨拶を返すと、すぐに「いってらっしゃい」という言葉が届いた。私は「ありがとう」の言葉を返した。こういう何気ない言葉のやり取りが良い思い出を残すのだ。ヤマブキの黄色い花が微笑みかけてくる。この辺りでも太陽光発電パネルが広く設置されている。林の中からヒヨドリの甲高い声が届く。無風状態で空には雲ひとつない。

 

登山口にあった登山者数カウンター

 

山道に入ってまもなく登山者カウンターがあった。“一人一回押してください”の表示があったので、押してみるとカウンターは「8484」になった。“8”は私のラッキーナンバーである。登山道は植林された杉林の中に細く伸びていた。アスファルト道路と違い足の裏が心地よい。木漏れ日が差し込む登山道を一歩一歩登っていく。春の登山は若葉が萌えて明るく感じられ楽しい。

 

展望台からの富士山の眺め

 

ベンチが置かれた展望台に着いた。正面に裾野を広く伸ばした富士山が見える。右下には大月の町が見え、下車した猿橋駅の白い駅舎も見えた。あそこから歩いて来たのだ。雲ひとつない快晴の下で清々しい気持ちだ。登山道は植林された杉の林を抜け、広葉樹と赤松が混じる林に続いていた。とても明るい登山道だ。遠くの方からコジュケイのチョットコイ・チョットコイと呼ぶ声が聞こえた。百蔵山山頂はもうすぐだ。

 

百蔵山1003m山頂に着いた

 

百蔵山1003m山頂に着いた。山頂には芝生が生え、赤松に囲まれサクラの木が20本ほど植えられていた。そのサクラも大半は散ってしまい残念だが仕方がない。季節は常に移り変わっていくのだ。山頂には『大月市秀麗富嶽十二景・7番山頂百蔵山』が写真付きで表示されていた。写真は山岳写真家の白籏史朗が写したものである。百蔵山は山梨百名山に数えられており、標柱が立っていた。サクラは散ってしまったが、今の若葉の季節も明るく素晴らしい。山頂には「明治維新100年祭記念」として百蔵大明神遺跡の碑が立っていた。碑の前に小さな狛犬と御神酒が奉納されていた。

 

百蔵山山頂からの富士山の眺め

 

ジーンという小さな声が頭上から聞こえてきた。耳に記憶のある音だったので樹上を見上げてみると、コゲラがクヌギの木を登っているのが見えた。コゲラなどのキツツキ類は木の幹を垂直に登ることができる。シジュウカラの鳴き声も聞こえてきていた。キイチゴの白い花が咲き、モンシロチョウが舞っていた。さあ扇山に向かって進もう。

 

明るい登山道は気持ちがいい

 

山頂からしばらく明るい尾根を歩くと猿橋駅とコタラ山・扇山の分岐に出た。分岐を左に折れ、コタラ山・扇山方面に進んだ。扇山まで2時間の表示があった。縦走といってもコタラ山へは稜線続きではなく、一旦降りてから上り返す形になっていたため、百蔵山山頂からは急激な下降が待っていた。びっくりするような急坂を下降していった。

 

扇山1138m山頂に着いた

 

アップダウンを繰り返し、2時間かかって12時に扇山1138m山頂に着いた。明るく広い山頂だった。百蔵山山頂には登山者が1人いただけだったが、扇山山頂は7人の登山者がベンチに座って食事中だった。私は男性登山者とお互いにスマホのシャッターを押しあった。富士山は正面に見えていた。扇山も『大月市秀麗富嶽十二景・6番扇山山頂』に指定されていた。トトロの所で見た富士山に比べて、富士山はぼんやり見えた。気温が上昇したせいだろう少し霞がかかっているようだった。

 

扇山山頂からの富士山の眺め

 

  私もベンチに腰掛けて雄大な富士山を眺めながらおにぎりを頬張った。おにぎりは鶏肉と新タマネギの炊き込みご飯で、私が作ったものだった。美味かった。おにぎりを食べ終わると、藤沢の江ノ島からやってきたという女性単独登山者からスマホのシャッターを押して欲しいと頼まれた。縦・横2通りのバージョンを扇山の山頂表示を入れて写した。さあこれから鳥沢駅に向かって下山を開始するのだ。事故は下山中に起こりやすい。十分気をつけながら下山しよう。

 

芽吹きだした木々

 

明るい日差しに満たされた登山道を下りていくと、ヤマザクラの白い花が陽に照らされてキラキラ輝いていた。犬目集落への分岐に鳥沢駅まで90分の表示が出ていた。登山道は明るく広くて歩きやすい。登山道の脇に立っている木々は芽吹いたばかりなので白い。まだ若葉色になっておらず、白く小さな葉がキラキラ輝いている。まるで赤ちゃんの産毛のようだ。

 

ヤマツツジも満開だった

 

百蔵山も扇山もそれぞれの山が日帰りのハイキングコースとして整備されているのだが、広域地図を見ていると二つの山をつなぐコースもあるようなので、今回は百蔵山に登ったあとは下山せず、そのまま扇山へ向かう縦走コースを歩くことにした。縦走コースと言っても百蔵山と扇山が稜線でつながっているわけではなく、それぞれが独立の山なので、百蔵山に登って一旦下山するように降りて、2つ3つの山頂を経由しながら扇山へ向かうコースだった。かなりアップダウンがあるコースだったので歩いてみてびっくりした。

 

山谷集落から眺める富士山

 

扇山から民家のある山谷集落に下山した。富士山の眺めが素晴らしい。こういう空気が澄み、景色が綺麗な場所で生活できたらいいだろうなと思う。イノシシが出るのだろう。畑の周りは網で囲ってある。今ではどこの山村でも見られる光景となってしまった。朱色のヤマツツジの花が開き、柔らかなカエデの葉が風に揺れていた。ホオジロが足元から飛び立ち、ウグイスの囀りが林の中に響き渡る。風が通り過ぎていく音が聞こえた。里まで下りてくると、ダイコンソウが紫の花を開かせ、ツバメが飛び交っている。私の周りの自然が春の喜びを歌っているようだった。

 

百蔵山・扇山縦走データ

 

 私が登山の際に使っているスマホのGPS地図のYAMAPが4月1日にバージョンアップされた結果、今まで使っていたスマホのアンドロイドのバージョン5.1は使えなくなってしまった。しかたないので使っていたガラケー携帯電話をスマホに変えた。ネットでSIMフリーのアンドロイドのバージョン9.0のスマホ端末を買い、ヤマダニューモバイルにSIMを申込み、届いた端末とSIMをセットアップして今回の山行に持参したのである。もちろん紙の地図も持参したが、分岐点の確認などはスマホの地図で済ませた。ちなみに現在は2台のスマホを持っているが、月間使用料金は合わせて3000円弱である。

 

JRの東山梨8駅日帰りトレッキングキャンペーン

 

 JRは東山梨の中央線沿線の8つの駅が駅から日帰りできるトレッキングキャンペーンを行っている。その中で今回のものを含めて、大月駅→岩殿山、猿橋駅→百蔵山、鳥沢駅→扇山、梁川駅→倉岳山の4つは既に登ったので、残り4つの笹子駅→笹子雁ヶ腹摺山、初狩駅→高川山、四方津駅→高柄山、上野原駅→八重山も時間が出来たら歩いてみようと思う。

 

新緑が萌えあがる里山

 

今回登った百蔵山と扇山は、中央線沿線でも山容の大きさでは1.2を争う両雄である。岡山県に伝わる桃太郎の話に無理矢理「大月の桃太郎伝説」を結び付けた山や集落を歩いたものだった。大月の桃太郎伝説は、桃太郎は百蔵山(ももくらやま)、イヌは犬目集落、サルは猿橋、キジは鳥沢というものだった。生命力を感じさせる芽吹きの山の中を歩き、快晴のもとで富士山を眺めることができ満足満足の山旅だった。

 

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