清楚に咲く一輪の花・ツマトリソウ

水ノ塔山〜籠ノ登山〜三方ヶ峰〜見晴岳縦走

 

ツマトリソウ2イワカガミ

ツマトリソウとイワカガミ

 

関東地方も梅雨入りし、雨に降られるのを心配しながら群馬長野県境に位置する浅間山西方にある水ノ塔山と籠ノ登山へ出かけていった。目的はイワカガミやツマトリソウを初めとする6月に咲く高山植物の花を見るためである。長野新幹線の佐久平駅から高峰温泉行きのJRバスが1日に4本運行しているが、今回は交通の便が少ないことを考慮し「毎日新聞旅行社・山の旅」で企画した登山ツアーに参加した。新宿西口を7時30分発のマイクロバスに乗ると3時間後の10時30分には水ノ塔山から籠ノ登山への縦走路登山口の高峰温泉に到着した。日曜日に企画された今回のツアー参加者は男性登山者4名、女性登山者20名、添乗員2名の合計26名という構成だった。圧倒的に女性登山者が多い。女性は元気だ。二人のツアーコンダクターは60歳代の植草さんと40歳代の関根さんという元気な女性だった。ツアーリーダーは植草さんが勤め、足元に咲く花々の説明から周りの山々の説明まで淀みなくリードし続けた。準備体操をして身体を十分ほぐしてから緑の新芽が逞しさを増した落葉松林の中の登山道に入っていく。早くも足元には桃色のイワカガミの花が登場した。この花はトレッキングが終了するまで咲き続けていた。これほど一度に多くのイワカガミを見た経験は初めてである。


 登山口の高峰温泉の標高は2000mであり水ノ塔山は標高2200mであるから標高差200mの登りである。水ノ塔山頂直下は大岩が積み重なっているが途中「うぐいすの展望台」という場所で休憩を取った。カッコーの鳴き声が終始周りの山々に木霊していたのが印象的だった。比較的楽に登りきることが出来た山頂で昼食になった。私は関越自動車道の中里サービスエリアで休憩した時に購入したカレーパンと揚げパン、持参したソーセージを緑が拡がる峰々を眺めながら食べた。高峰山が緑の稜線を深沢谷に落としていた。南側から昇ってくる風が強い。空からはときおり薄日が射してくるが、曇り空のため浅間山は見えない。半そでシャツでいると寒いのでレインウェアを出してウインドブレーカー代わりとした。足元に咲くイワカガミが可愛い。後ろにはアズマシャクナゲが強い桃色の花を咲かせている。

 食事を終えると東籠ノ登山に向けて赤ザレと呼ばれている崩壊地の最上部を通過していく。左側が崩れ落ちており脆い赤土が表出しているので赤ザレと呼ばれているようだ。足元に注意しながら下りていった。相変わらずイワカガミの桃色とハタタテの純白の花が赤土に咲いている。真黄色のスミレに似た可愛い花はキバナノコマノツメだ。この花も縦走路に度々顔を出してくれた。イチヨウランという地味な蘭の花が咲いているのを女性登山者が見つけ教えてくれた。背丈は10cmほどの高さで、花は2cmほどの細長い地味な花だった。植草さんがバスの中で「イチヨウランの値段は一株5000円だよ。樋口一葉の5千円札。な〜んちゃって」などという駄洒落を言っていたのを思い出した。

 ツマトリソウという1cm位の大きさの純白の花が一輪だけ咲く姿を初めて見た。これまでも見ていたのだろうが注意をもって見たのは初めてのことである。鎧の褄取りに似ているところから和名としてツマトリソウの名がついたという。清楚な愛らしい花である。これも女性登山者が教えてくれた。薀蓄が多いでしょう、などといいながら親切に説明している。高山植物の花の名前を知っている登山者が一人ふたりいるというのも山旅に深みをもたらしてくれる。あまり自慢しない説明も聞いていて気持ちがいいものだ。

 一等三角点がおかれている東籠ノ登山山頂からの眺めは360度であり水ノ塔山山頂よりも展望が優れている。ただ残念なのは曇っており周りの山々の展望が利かないことだが、私たちが縦走してきた水ノ塔山から赤ゾレの赤茶けた崩壊地は見えるし、これから向かう三方ヶ岳や見晴岳が取り囲む池の平が見下ろせた。湿原は薄い茶色をしており芽吹き前の春先のように感じられる。この茶色が湿原ではなく笹原であったことが実際に歩いて分かったのだが、東籠ノ登山山頂からはまだ判ってはいなかった。

 池の平駐車場で休憩したあと落葉松林の中を池の平湿原に下っていった。ところが湿原とは名ばかりで笹の勢力が増し湿原はおおかた笹に覆われ、湿原というよりは笹原といったほうが実情に合っている状態だった。もう湿原に戻ることはないだろう。それでも1箇所だけ池が残っている場所があった。水草が少しだけ残っていた。この池もやがて周りの湿原が笹に覆われていったように笹原となり池の平湿原という言葉自体が消えていく運命にあるのだろうと思った。この変化も自然なのだ。

コマクサ群生地という場所に登って行った。ビックリした。金網のフェンスが張ってある向こう側に桃色のコマクサが花を咲かせていた。普通、北アルプスの燕岳にしろ八ヶ岳の横岳にしろコマクサの群生地でフェンスを張る場所なんてなかった。しかしここにはあった。理由は簡単だと思った。登山者と観光客の高山植物に対する意識の差がフェンスを立てたのだ。防御の形としてしかたなしにフェンスでコマクサを守る形となって現れたと思う。ザックを背負い高山まで登っていく登山者は高嶺の花のコマクサを「高山植物の女王」と呼び一種の羨望の目を持ってこの花との出会いに心を時めかす。これと違って池の平駐車場まで車でやってきた観光客は30分も歩道を歩けば簡単にコマクサ群生地に辿り着く。フェンスがないと観光客に踏み荒らされたコマクサは無残な姿になるであろうことは容易に想像がつく。6月の中旬だがいたるところでコマクサの薄青緑の特徴ある葉と桃色の花がうつむき加減に咲いていた。

「あぐりの湯こもろ」は小諸市を一望に見下ろす山の斜面を切り開き農業協同組合の経営によって運営されている温泉施設である。多くの家族客で賑わっていた。500円の入館料を払って山の汗を流した。展望風呂に出ると浅間山が見えるはずであったがあいにく雲の中に隠れ、裾野だけが大きく引いているのが見えるのみだった。

 

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