明るく開放的な笹原の山道へ

甲州アルプス縦走(大菩薩峠・小金沢山・牛奥ノ雁ヶ腹摺山)

 

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大菩薩峠で気分は机竜之介

 

 今回の甲州アルプス縦走登山は、昔の山岳書を読んでいて、大菩薩連嶺を縦走した文を目にしたことがきっかけだった。大菩薩連嶺は山梨県東部にあり、大菩薩嶺の北に位置する鶏冠山から始まり、大菩薩嶺大菩薩峠、小金沢山、牛奥ノ雁ヶ腹摺山、黒岳、更に湯ノ沢峠を挟んで大蔵高丸破魔射場、滝子山と連なる南北約20kmの山塊である。そのなかで小金沢山、牛奥ノ雁ヶ腹摺山は大月市選定の秀麗富岳12選の2番、大蔵高丸と破魔射場は3番、滝子山は4番となっており、富士山の好展望地として人気の高い山やまである。

 

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上日川峠登山口の紅葉

 

大菩薩連嶺は長大なため、そのなかで小金沢連嶺と呼ばれている小金沢山と牛奥ノ雁ヶ腹摺山を大菩薩峠から日帰り縦走する場合の登山口と下山口を探すと、JR甲斐大和駅からのバスの便があった。平日のバスは3便だった。大月市が発行している観光ガイドマップには牛奥ノ雁ヶ腹摺山からバス停に下山するルートは載っていなかった。

 

森の中を歩いている人たち

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塩山高校生5クラスの集団登山

 

JR甲斐大和駅8時10分発の48人乗りバスは、平日にもかかわらず補助席まで満席で出発した。乗れない登山者が10人ほどいた。上日川峠登山口に着くと、駐車場のある広場は紅葉を楽しむ大勢の人たちで賑わっていた。ここにも当然のように「熊出没注意」の看板があった。ジャージー姿の高校生と思われる団体が、整列しながら大菩薩峠に登っていった。塩山高校生5クラスの集団登山だった。私は第4集団の後から登りだした。クラスの先頭を男の先生が歩き、最後を女の先生が歩いて、高校生たちをサンドイッチ状態にする形で登っていった。高校生たちは笑い声を交えながら実に活発だった。

 

丘の上の木

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ゆっくりした足取りでカラマツ林のなかを歩き出した

 

9時30分に山小舎の福ちゃん荘に着いた。福ちゃん荘の前は大菩薩峠と唐松尾根から雷岩への分岐となっていた。広場では高校生たちが休んでおり、男の先生の「馬刺しが食べたい人?」という質問と、それに反応する男子高校生の声が聞こえた。そうだ。山梨といえば馬刺だ。下山後に馬刺しを肴に地酒を味わおう。私は分岐を唐松尾根に採り、ゆっくりした足取りでカラマツ林のなかを歩き出した。カラマツの黄葉は殆どが散り、登山道に針のような細かい葉が無数に落ちていた。

 

雲がかかった山

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唐松尾根登山道からの富士山の眺め

 

尾根を20分ほど登ると、正面に大菩薩峠が見えた。笹原の中のなだらかな峠だった。高校生たちは福ちゃん荘前から直接大菩薩峠に登って行ったようで、賑やかな声は聞こえてこなかった。登山道の周りは静かで、ザックに着けているクマ鈴だけがリンリンとなっていた。2人の女性登山者がおにぎりを食べながら休んでいた。ここを過ぎると雷岩までの登山道にはゴツゴツした岩が出てくるようになり、傾斜も徐々にきつくなっていった。尾根の途中で振り返ると、雲がまとわりついた雄大な富士山が見えた。

 

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雷岩の上に10人ほどの登山者が休んでいた

 

汗が額から噴き出す急登を登っていくと、見晴らしのいい雷岩2037mについた。雷岩の上に10人ほどの登山者が休んでいた。眼下にはカラマツの黄葉が広がり、緑の水をいっぱいにした大菩薩湖が見下ろせた。富士山の前景の山ははっきり見えるのだが、富士山は山頂部に雲がかかっていた。残念だけれど仕方がない。私が雷岩に登るのは2度目だった。

 

森の中をバイクで走る人

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マウンテンバイクを押して登る人

 

マウンテンバイクを押して登っている人がいた。段差がきつくなるとバイクを肩で担ぎながら登っていた。話してみると30代の男性だった。今日のコースは殆ど押すか担ぐかのどちらかで走れないですね、ということだった。どこにもチャレンジする人はいるものだ。雷岩で5分ほど休んだあと、今回は見晴らしの悪い大菩薩嶺に登るのはやめて大菩薩峠へ向かうことにした。

 

丘の上にある岩

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塩山市が西暦2000年に設置した「標高2000米地点」の標柱

 

雷岩から大菩薩峠に下っていく間は木々もなく、明るく見晴らしのよい快適な道だ。雲の中に頭を隠していた富士山が顔を出し始めた。途中に西暦2000年に塩山市が設置した「標高2000米地点」という標柱が立っていた。自治体も色々なことを考えるものだ。

 

雪が降った山の景色

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甲府盆地と南アルプスの眺め

 

南斜面は笹原に覆われており、遙か向こうまで見晴らしがきいた。甲府盆地が広がり、雪を被った南アルプスの峰々が見え、そのなかでひときわ高い三角形の北岳が素晴らしい。小さな愛犬を連れたカップルがいた。犬は岩場の下りになると、前足を突っ張ってイヤイヤをして、なかなか降りなかった。男性が抱えて岩場を降りていった。ご主人様に勝手に連れられてきた小犬も言葉が話せたら、「迷惑だワン」というだろう。

 

レンガの壁の家

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賽の河原にログハウスの休憩・避難小屋が建っていた

 

賽の河原にログハウスの休憩・避難小屋が建っていた。小屋の中を覗くと、明かり取りの高窓がひとつと、3方に取り付けベンチがあり、ドアは付いていないものの綺麗だった。広さは6畳ほどだろうか。非常時の避難に雨風は十分防げるだろう。賽の河原の石積みは消えていた。親不知の頭からの展望も素晴らしいものだった。橙色に輝くカラマツ林が広がり実に美しい。黄色、橙色の山や谷が折り重なって続き、紅葉の真っ盛りのようだった。

 

岩山の風景

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大菩薩峠と介山荘

 

大菩薩峠に建つ介山荘が目に入ってきた。中里介山の未完の大小説である『大菩薩峠』の冒頭は、大菩薩峠は江戸を西にさる三十里、甲州裏街道(青梅街道)の武州・青梅から甲斐・石和を結ぶ最も高く最も険しい難所であり、主人公の剣客机竜之介が、孫娘とともに江戸に向かう巡礼者のお爺さんを斬り殺したところから始まる。その峠に立って右手に持ったストックを刀に見立てて高く掲げ、スマホのシャッターを押してもらった。写真を撮ったあとで、奥多摩3山の三頭山、大岳山、御前山を眺めながら、おにぎりをひとつ食べた。塩山高校生たちは、まだ到着していないようだった。介山荘でこれから縦走する小金沢山と牛奥ノ雁ヶ腹摺山のピンバッチを買った。1個500円だが、2個買うと900円だった。ラッキー。昔のバッチに比べて最近のバッチは色彩が豊かで美しい。

 

緑の丘

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歩きやすい笹原のなかの登山道

 

小金沢連嶺の縦走路に踏み込むと、登山者はパタっと消えた。今までの雷岩から大菩薩峠までの賑やかさはどこへ行ったのだろう。苔が生い茂り、根が張る針葉樹の森を静かに歩いて行った。熊沢山を通過すると、笹の中の登山道となり、石丸峠に向けて下っていった。石丸峠で単独登山者3人に会った。2人が男性で1人が女性だった。石丸峠は上日川峠と小金沢山との分岐となっており、私は真っ直ぐに小金沢山に向かって進んだ。登山道は笹に覆われて明るかったが、霜柱が溶け出したところもあり、滑りやすくなっていた。空は雲の量が増してきており、小金沢山からも牛奥ノ雁ヶ腹摺山からも富士山は見えないかもしれないと思った。

 

雲がかかった山

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富士山が大きく裾野を広げていた

 

笹原の中の登山道は、周りが刈り込まれているために歩きやすかった。縦走路にチャレンジと書かれた青いテープが目立つようになった。この青いテープは11月7日に開催される山岳レースのコースを表示するものだった。縦走路で出会った登山者は5人になっていた。小金沢山の登りにかかると明るい笹原は消え、再び暗い針葉樹の森の中の登りとなった。大きな岩も度々出てきて歩きにくかった。根をまたぎ、根に掴まり、登っていくと、明るい小金沢山2014mの山頂に着いた。頂上には3人が休んでいた。正面に富士山が大きく裾野を広げていたが、山頂は雲のなかに隠れていたので、富士山の見栄えがパッとしなかった。

 

丘の上の木

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南面に笹原が広がる小金沢山

 

牛奥ノ雁ヶ腹摺山への縦走路を歩き出してから小金沢山を振り返ると、南面が笹原に覆われた綺麗な山に見えた。この景色は介山荘で買い求めたピンバッチのデザインだった。縦走路は再び笹原の中の明るい道となった。今回の縦走路の中で、一番気持ちよく歩けた場所だった。笹原の中を進んで行くと、世界遺産の熊野古道の大峯奥駈道で、明るい笹原の中を歩いたことが思い出された。笹原の縦走路から見える富士山は、裾野まで見えて素晴らしく雄大だった。

 

草の上にある数種類の木

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牛奥ノ雁ヶ腹摺山の立ち枯れ現象

 

12時45分に牛奥ノ雁ヶ腹摺山1990mの山頂についた。山頂には誰もいなかった。女性登山者が忘れたであろう暖かそうな鍔のついた毛糸の帽子が残されていた。富士山のてっぺんから雲がにょきにょきと上に伸びており、富士山が爆発した噴煙のようにも見えた。縦走路を右に折れて、すずらん昆虫館前のバス停に向かって下山を開始した。この登山道の脇に立っている木々は全て枯れている。いわゆる立ち枯れ現象である。八ヶ岳の縞枯れ現象と同じことが起こっているようだった。立ち枯れは自然現象なのだが、まるで幽霊が立っているような感じで、何だか不気味な感じがした。

 

木の枝

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色づく登山道

 

稜線から降りてくると、標高が下がったこともあり、周りの木々は紅葉の真っ盛りだった。黄色・橙色・赤色と鮮やかに色づいていた。バスの通過時刻に間に合うために、林道に出てからは小走りした。14時に県道218号線のすずらん昆虫館前バス停に下山した。バスが通過する15分前だった。そのバスを乗り過ごすと、次の便は1時間45分後の最終便だった。

 

森の中の木

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色づく登山道

 

 牛奥ノ雁ヶ腹摺山から下ってきたコースは、昔はよく歩かれたようだが、最近は歩く人も少なくなっているようで、登山道の木の階段などは壊れっぱなしで整備されずに荒れていた。落ち葉の積もる登山道を、目印を探しながら下っていった。下山したバス停のベンチの横で、「甲州アルプス・大菩薩嶺小金沢連嶺」を宣伝する桃太郎旗が風に揺れていた。初めて見た「甲州アルプス」という言葉を眺めながら、残しておいたおにぎりを食べた。

 

公園でバイクに乗っている人

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下山口のすずらん昆虫館前バス停

 

 私は大菩薩峠に登ったのは2度目だった。山の記録を読み返してみると、1度目は今から33年前の1988年5月だった。その時は塩山駅から裂石登山口までバスで行き、丸川峠を経由して見晴らしのない大菩薩嶺に登った。そこから雷岩を通って大菩薩峠に下り、更に石丸峠に向かい、峠で右に折れて上日川峠に下り、そこから出発点の裂石バス停に戻る日帰り登山だった。今回と重複したのは雷岩から石丸峠の間で、この間は見晴らしのいい稜線が続くので、晴れていたら雄大な富士山を眺めながらの快適な山登りが出来る。前回は霧が出て白い闇のなかの登山だったようだが、今回は快晴で雪を被った富士の高嶺を見ることができた。

 

マップ

自動的に生成された説明グラフ

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大菩薩峠・小金沢連嶺の登山データ

 

今回の小金沢連嶺の縦走は、秋晴れのもと、登山者と殆ど出会わない針葉樹の静かな森、明るく開放的な笹原、色づいた紅葉の山道、雄大な富士を眺められて満足満足の山旅だった。事前の確認不足で、下山後に入る温泉として、天目山温泉を見つけることが出来なかった。再度訪れることがあったら、温泉につかって山旅の汗を流したいと思った。

 

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