上高地の休日:落葉松林と霞沢岳と温泉
観光客が溢れかえる土日を外し、月曜〜水曜の3日間で長野県上高地に出かけました。今回の山旅の目的は2つありました。
1、黄金色に輝く落葉松林を散策する
2、新築なった徳本峠小屋に泊まり霞沢岳に登る
というものです。
今年の紅葉は1週間から10日遅れていましたが、標高1500mエリアまで降りてきたようなので上高地の落葉松林の散策に出かけました。針葉樹で葉の色を変え落葉するのは唯ひとつカラマツだけです。そのため漢字で「落葉松」という字を当てています。
新宿西口を7時半に出発した上高地直通バスは5時間後の12時半にバスターミナルに到着しました。天気予報どおりに空は晴れ上がり、落葉松は黄葉に眩しく輝いていました。落葉松は白く輝く新緑もとても素晴らしいのですが、黄葉に輝く秋の風情も心を和ませ、秋から冬へと変わりゆく季節を感じさせてくれます。
バスターミナルから3時間半の徳本峠は日本アルプスを世界に紹介した宣教師のW・ウェストンが夫人とともに島々宿から上高地に入るために通過した由緒ある峠で、大正12年築の山小屋がありましたが老朽化のために新館が建てられ、今回はそちらに宿泊しました。私が徳本峠に登ったのは今回で4回目です。うち2回は新島々からクラシックルートを延々と登り、他の2回は上高地からです。
今回は木の香りも爽やかな新築の徳本峠小屋に宿泊しました。前の小屋は取り壊すことなく峠を越していった登山者を送り迎えした歴史の証人として資料館として残存する意向のようです。以前の小屋は「ランプの山小屋」をキャッチフレーズにしていただけに1階の食堂兼談話室に今は使われなくなったランプが装飾品として天上から吊り下げられていました。今年の8月にオープンしたばかりの新館は宿泊者30人の小さな山小屋です。月曜日の宿泊者は12人。ゆったりした静かな気持ちの良い山小屋でした。
翌日は霞沢岳(2646m)を往復し上高地に降りる起伏の激しい10時間コースです。5時半に出発しようと準備したが外がまだ暗い。出発を30分遅らせて6時としました。宿泊登山者12人のうち霞沢岳に向かうのは私ひとりでした。40分ほど針葉樹林の中を急登すると東側が開かれたジャンクション・ピークに着きました。太陽は出ていなかったが雲海が見事でした。秋の季節を感じるように紅葉した一葉をファイダーの中に意識的に取り込んで写真を写しました。
2時間ほどで針葉樹林帯を抜け急に明るくなりました。登山道の右側に明神岳から前穂高岳・吊尾根・奥穂高岳・天狗岳と連なる如何にも硬い表情をした穂高連峰が登場しています。何度観ても圧倒される光景です。前景には紅葉を終え茶色に変色した六百山が見えます。登山道脇のナナカマドも葉を落とし残された真っ赤な実が目に鮮やかに飛び込んできます。もうじきに冬がやってくるのです。登山道はしばしば霜柱に変わり足元が滑るようになってきました。
K1ピークの手前の50mほどの登りが直登に次ぐ直登で一瞬焦りました。トラロープが張ってあり、おかげで随分助かりました。K1ピークに到達すると流石に穂高連峰の展望台と言われているとおりの光景が眼前に展開していました。素晴らしい光景です。笠ヶ岳も大きく展開していました。梓川を挟んで左に噴煙を上げている焼岳が手の届きそうな近さですぐそこに鎮座し、更に左に目を転ずれば乗鞍岳が静かに立ち上がっていました。圧巻の光景です。
K1ピークからK2ピークを通過し霞沢岳までは30分です。登山道の左側は崩落地であり、その縁を通過するため滑落の緊張が常に身を包みます。岩場ではないが常に危険と背中合わせの登山道です。そのような道を慎重に歩き霞沢岳頂上に到着しましたが、直前で何か大きな動物が音とともに慌てて降っていくのが感じられました。カモシカなのだろうか。それとも熊なのだろうか。
前回、霞沢岳山頂を目指した時は早春5月だったために残雪が多く、滑落の危険から途中で引き返しましたが今回は順調に進んでいきました。私は、進んでいった登山道の状況から判断し、前回、アイゼンもピッケルも持たない状況で進んでいたら必ず滑落し、この登山記録も書かれていなかったことを確信しました。そのような急な昇り降りが連続する登山道です。小屋を出発してから3時間半で霞沢岳山頂に到着しました。一人だけの霞沢岳山頂は、鳥の声も聴こえず風も止み、実に静かでした。丁度、太陽も顔を出し暖かな日向ぼっこの30分を過ごしました。これまでに出会った登山者はありません。峠への戻り時に3人の登山者と出会いました。全く静かな山旅です。もうすぐ山は一面の銀世界に覆われ、木々も動物も静かに冬を迎えます。その前の一瞬の輝きが紅葉や黄葉となって私たちの目を楽しませてくれます。
「秋の日は釣瓶落とし」の諺がありますが、遅くても16時までに上高地まで降り山荘に入らなければなりません。頂上で穂高連峰のパノラマを十分に堪能して徳本峠へ戻っていきました。それから上高地に降り、温泉にゆったり浸かり地酒を飲んだのは言うまでもありません。宿泊した『西糸屋山荘』は上高地の河童橋脇にある古くから登山者に親しまれた山荘で8人部屋に2人の客でした。静かな夜でした。
翌朝は冷気が気を引き締め気持ちのいい季節です。大正池までの自然散策路をゆっくり往復しました。カメラを持った多くの観光客とすれちがいます。観光客の中からは中国語がたびたび聞こえてきます。最近、どこの観光地でも中国語を聞く機会が増えています。
自然は観る人の心の持ち方によって変わってくるものと思っています。日々起こる日常の多忙さに巻き込まれ心に余裕がないときは周りの自然がどんなに素晴らしい景観を見せようとも、その人の心に届くことはありません。自然をどのように見るのかは観る人の心の鏡となって現れてくると思います。
2010年10月21日