疲労困憊の笠ヶ岳
杓子平で倒れこむメンバー
新穂高温泉バスターミナルに到着したのは早朝の6時だった。明日下山後に入浴予定のアルペン浴場はまだ開いていない。今夏2006年夏山山行のメンバーは6名。シニアサッカー選手のポパイ吉原、髪の毛の薄さが目立ち始めた二枚目米山、どんぐり眼のちびっこランナー小沢、若干出っ腹になり始めた元気者の碓井、生真面目一本の山本、それにエイトマンの私である。メンバー6名は思い思いにペットボトルに水を入れ出発の準備を終え、蒲田川沿いの林道を笠新道登山道入口まで歩き始める。途中、穴毛谷の崩壊を食い止める砂防ダム建設現場横で握り飯の朝食にする。バスターミナルで見た稜線は朝日が射し青空が見えていたが徐々に雲の量が多くなっていく。週間天気予報では今回の山行4日間の降水確率は岐阜・長野両県ともに20〜30%となっていたが山の天気は変わりやすいので安心は出来ない。
今夏山行は北アルプスである。コース計画は、1日目は新穂高温泉をスタートし笠新道を利用し稜線まで登り笠ヶ岳山荘に宿泊。2日目は笠ヶ岳登頂後、新穂高温泉に下山しアルペン浴場に入浴昼食後、新穂高ロープウェイを利用し西穂山荘宿泊。3日目は西穂高岳に登頂後、割谷山を通って焼岳小屋宿泊。4日目は焼岳登頂後、上高地に下山し入浴後にビールで乾杯、というものであり、エリア的には狭い範囲であるが岐阜の名山笠ヶ岳、北アルプス唯一の活火山である焼岳、それにアルプスの展望台と称される西穂高岳を加え、下山後には新穂高温泉、上高地温泉の2つに入浴という実に贅沢なコースである。勿論、深田久弥の『日本百名山』の中にも笠ヶ岳、焼岳の2つの山が登場している。
笠新道登山道入口からいよいよ樹林帯の中のジグザグ急登が始まる。25分登って5分休憩のペースを維持していくがジグザグ急登は高度が稼げるぶん身体にかかるダメージと疲労蓄積は大きい。新穂高温泉バスターミナルの標高は1100mであり、縦走路の稜線の標高は2750mである。この標高差1650mを5時間かけて一気に登っていくわけである。Tシャツは瞬く間に色を変え、汗が滝のように流れ、かつ顔から滴り落ちる。肩に食い込むザックの重さが辛くなる頃、前方が開けお花畑が広がる杓子平に到着した。カールの上部は抜戸岳から笠ヶ岳への稜線が続き、左側前方に笠ヶ岳の雄姿が望めるはずであったが生憎の雲の中であり、常にガスが流れ視界の景色が移り変わっていく。それでもウサギギク、ハクサンフウロ、シナノキンバイ、ミヤマダイコンソウ、タテヤマリンドウ、などの夏山と秋山の花が一緒に咲いているカールの中で食べる昼食は握り飯だけであってもなんともいえない美味さがある。
ウサギギク
翌朝、6時に笠ヶ岳山荘を出て右側から吹き上がってくる雲が流れる山頂を目指した。山頂は山荘から300m程の手の届く位置にあり、板状に割れた岩板が重なる登山道を7分ほど登ると到着する。笠ヶ岳山頂は瓢箪のように東西に長い形をしており、小笠といわれる東側山頂には赤い屋根の祠が祭られており、大笠と呼ばれる西側山頂に2897mの三角点が置かれ2つのケルンが立ち、「笠ヶ岳山頂」と書かれた横板が取り付けられていた。
山頂からの眺望は西穂高岳、奥穂高岳、涸沢岳、北穂高岳、大切戸、南岳、中岳、大喰岳、槍ヶ岳と連なる穂高連峰が屏風のように圧倒的な迫力で南側に登場しているはずであったが生憎雲の中にあり、時たまその一部が見え隠れするだけであり実に残念である。10年ほど前にテント山行を行った時は大パノラマの絶景が見えたのだが今回は天候が優れず残念だが仕方がない。西側には雲海上にスッキリした形で乗鞍岳が浮かんでおり、北側には同じく白山が雲の上に浮かんでいる。それにしても雲が多すぎ天候が安定していない状態だ。今日一日このような状況が続くのだろうと思う。
30分ほどで山荘に戻り、いよいよ昨日登ってきた笠新道を今日は下山するわけだが、よくもこのような急な岩道を登ってきたものだと我ながら感心しながらの下山であり急激に高度を下げていく。杓子平から樹林帯に入って暫く下るうちにそれまで雄姿をガスの中に隠していた穂高連峰の全容が登場してきた。蒲田川を挟んで対峙する槍ヶ岳の小槍から西穂高岳まで連続する岩峰群は実に圧倒的存在である。明日登る予定の西穂高岳もピラミダルの山頂を天に突き上げている。この穂高連峰の雄姿を望めただけで笠ヶ岳に登った価値はあるのである。
笠ヶ岳山頂(大笠)と雲海上の乗鞍岳遠望
急激な下降は膝と腿の筋肉を疲労させ、思わぬところでバランスを失ったりつまずいたりすることが多くなり、腿の筋肉がピクピク痙攣し不愉快な感覚が伝わってくる。いわゆる膝が笑う状態になってきたのだ。程度の差はあるが6人が6人ともに同じ状態である。笠新道登山口に出て緩やかな林道を歩き始めても膝と腿の感覚は同じで回復はしない。正直な話、まいったなぁという感覚であり、私の30年を越える登山歴の中でも初めての足の感覚である。
新穂高温泉のバスターミナル前にある無料の「アルペン浴場」に入浴し2日間の汗を流す。窓を開け放してあるので蒲田川の流れと行き交う登山者が見え、目に飛び込んでくる緑の山々が眩しい。湯の中で今後2日間の日程を考え、腿の筋肉とふくらはぎを丁寧に揉み解し、足をいたわってやる。