嘉門次小屋で岩魚の塩焼きを熱燗で一杯
春浅き 清楚な恥じらい 二輪草
上高地の河童橋から明神まで歩くと40分だった。槍ヶ岳や穂高連峰などの北アルプスの山々に登るたびに何度となく歩いた道だ。ガイドブックには60分〜70分と書かれているが空身では写真を撮りながら40分で十分だった。登山道の脇には真っ白な二輪草が優しい姿で咲いている。山の残雪が岩肌とのコントラストを見事に際立たせ、梓川の河原や岸辺に育つ化粧柳も芽吹いたばかりで軟らかい緑だ。穂高神社奥宮の参道を歩いて明神池に向かうと辺り一面に二輪草の群落が拡がっている。その清楚で小さな花を見ていると自然と次の句が浮かびあがってきた。
「春浅き 清楚な恥じらい 二輪草」
今回の上高地ハイキングの一つ目の目的は二輪草の群落を見ることだった。
明神あたりは登山者ではなくディバックを背負ったハイカーが多い。この先の徳沢、横尾までがハイカーの世界で、その先は登山道も傾斜を増し私がいつも歩いていく登山者の世界となる。二輪草の群落の中に入って写真を撮っている者はさすがに見かけない。今のデジタルカメラの望遠機能は優れているのでコンパクトカメラでも花の表情をアップで簡単に写すことが出来る。
梓川に架かる明神橋を渡って旅館“山のひだや”の玄関に入ってみた。玄関ドアにはカウベルが付いており大きな音がしたのだが誰も出てこなかった。玄関には電燈も点いておらず開店休業状態のようだ。喫茶室の方を覗いてみたが人影は確認できなかった。仕方なしに玄関を出ると隣の嘉門次小屋で魚を焼く煙が確認できた。今回の上高地ハイキングの目的の二つ目は嘉門次小屋で岩魚の塩焼きと蕗味噌を肴に熱燗で一杯やることだった。土曜日ということもあって小屋の前庭のテーブルは家族連れで一杯だった。運良く18番テーブルが空いていたので受付に行って岩魚の塩焼きと熱燗を頼んだ。待つこと10分で岩魚が焼き上がってきた。蕗味噌は熱燗の肴として付いて来るのだ。蕗味噌を爪楊枝で口に運び熱燗を口に含む。私が作る蕗味噌に比べると残念ながら蕗の香りがしない。蕗味噌とは名ばかりで味噌だけのようにも感じる。昼間の酒は酔いの廻るのが早い。2合徳利を1本飲んだだけなのだが良い気持になって来た。そこで一句
「春霞 岩魚頬張る 嘉門次の小屋」
ほろ酔い加減で嘉門次小屋の名入りの徳利を土産に買った。1本2000円だった。
春霞 岩魚頬張る 嘉門次の小屋
熱燗を飲んで気分も良くなったところで今回の3つ目の目的である温泉入浴に向かった。梓川右岸を河童橋まで戻り、そのまま上高地温泉ホテルに向かった。上高地では天然温泉に入ることが出来るのは上高地温泉ホテルと隣の上高地ルミエスタホテル(旧上高地清水屋ホテル)の2軒のみであり、外来入浴料金となると上高地温泉ホテルは800円であるのに対して上高地ルミエスタホテルは2100円である。歯ブラシやタオルが付いているとはいえルミエスタホテルの2100円は高いので、私は常に上高地温泉ホテルを選ぶ。その差額の1300円でビールを飲むことにしているのだ。それにしても上高地清水屋ホテルは昔から高級ホテルだったけれど、今年からホテルの名前を上高地ルミエスタホテルなんて舌を噛みそうなものに変えてしまって、いったい何を狙っているのだろうか?
露天風呂に浸かり芽吹いたばかりの枝先の幼い若葉を見ていると鶯の鳴き声が聞こえてきていた。鶯にとって恋の季節の到来なのだ。