風が吼えた岩手山
強風の岩手山山頂
「風が吼える」という言葉がありますが、それを身をもって体験したのが今回の岩手山登山でした。
木曜日の夜行バス「きらきら号」で東京丸の内を23時に出発すると翌朝6時には盛岡駅前に到着します。私は東北への旅で夜行バスを利用するのは初めてでした。バスは約2時間ごとに高速道路のサービスエリアで休憩を取りながら目的地まで進んでいきました。
盛岡駅前で朝食を食べた後、網張温泉行きバスに乗車し御神坂停車場まで約50分間バスに揺られることになりました。途中、小岩井農場を突っ切ってバスは進むのですが、私は小岩井農場という場所を初めて見ましたが実に広大な農場であることを実感しました。民間では日本一の広さ、とパンフレットに載っていましたが、本当に半端じゃない広大さを実感しました。朝のNHK連続ドラマ『どんと晴れ』で有名になった一本桜はバス停のある「まきば園」からは遠くに位置していましたので今回は訪れることが出来ませんでした。
天使の鈴の音
さて岩手山登山ですが、私は交通の便などを考慮し、今は殆ど登られなくなったクラッシックルートである「御神坂ルート」を選びました。コースは直線急登で厳しいコースですが当然のこと山頂までの到着時間は短いのです。
登山口に置かれていた登山ノートに記入しました。6月26日は既に2名が記入してありました。私が3人目です。今回の山行は梅雨の真最中ですが登山予定の両日ともに晴れ予報でありラッキーです。しかし山の天気はどう転ぶか分からないので油断は禁物です。登山道の足元にはオダマキの花が現れ、次第にイワカガミのピンクの可愛い花が現れました。また、風邪を引いたようなガナガナガナというヒグラシの鳴き声が沢山聞こえてきます。まさに蝉時雨でした。足元に生命を終えたヒグラシの亡骸が落ちていました。
空は快晴です。明るい広葉樹の樹林帯を抜け岩とハイマツ帯に入ると周りの景色は一気に明るさを増しました。私は岩とハイマツに覆われたこういう風景が好きです。周りの景色が見渡せ明るく清清しいのです。ハイマツの花を初めて見ましたが初々しい紅桃色の花が青い葉に映えて本当に美しく感じられます。足元に次々に高山植物の花が現れます。6月の山行は高山植物の花々との出会いの旅です。
ハイマツの花
登山道の途中にドコモ中継局が設置されていました。太陽電池を電源とする簡単な設備でしたが、登山口から2時間登った地点で携帯メールを発信しようとしたらアンテナ表示が2本立っていました。ドコモはこんな山奥までカバーしているのかとドコモサービスに感嘆しました。9合目の避難小屋でもホーマでは送受信可能でしたが、私の携帯はムーバでしたから通信は出来ませんでした。
ゆっくり歩いて4時間で9合目の不動平避難小屋に到着しました。黒色や褐色をした火山砂礫の大きな山が目前に横たわっています。岩手山山頂部です。避難小屋に入ってみると最近小屋をリニューアルしたためか木の香りがするとても清潔な小屋でした。すぐに気に入りました。10分ほど下った8合目にも大きな避難小屋がありますが、今夜はこの避難小屋に泊まろうと決定しました。避難小屋にザックを置いて身軽になって山頂に向かいます。途中の分岐から左のコースを取ったら、細かい砂礫のため20cm上がると10cm下がるという足元のため遅々として進みません。丁度、以前登った九州の高千穂の峰の感触が足に蘇ってきました。どうにか山頂に出ると思ったより風が強いのです。岩手山は周りに高い山が無い独立峰なので風当たりは強烈です。お鉢廻りをしようと思い歩を進めますが、油断していると吹き飛ばされそうになるほどです。地元の人に途中でであって一言二言言葉を交わしましたが、今日は本当に風が強いと言っていました。
二重火山の妙高山山頂
岩手山の最高地点は薬師岳と呼ばれ、深田久弥の『日本百名山』の一つに挙げられています。山頂には日本百名山の標柱と大きなお地蔵さんと小さなお地蔵さんが一基ずつ置かれ、更になぜか狛犬が一匹。その前で私のほかは登山者もいないのでセルフタイマーで記念写真を数枚撮りました。
岩手山は二重火山で噴火口の中に更に妙高山という新しい山が出来ています。その頂上へは現在登頂禁止です。山頂にケルンが積まれているのを認めることが出来ます。妙高山は東側から見ると、なだらかカーブと山頂のケルンの形が先月登った福島県の安達太良山のように「おっぱいやま」を連想させました。私は薬師岳のお地蔵さんと記念撮影したあと南側から禁止ロープを跨いでケルンまで登ってみました。眺めは良かったですが兎にも角にも風が強かったです。
岩手山山頂は凄い風が吹いていたので吹き飛ばされないように時計回りにお鉢廻りをしました。お鉢内に硫化ガスが激しく噴出す場所に岩手神社奥社が鎮座していました。神々しいというのではなく、殺伐としたおどろおどろしい風景です。それは硫化ガスのために1本も木々が生えないことから受ける印象であり、風雪のためでしょうか石灯篭は壊れ、石鳥居も崩れて無残な姿を曝けだしていました。強い力で破壊された感じでした。地元の氏子の力だけでは再建することは厳しいと思いました。
お鉢周りを終えて避難小屋に戻ってくると到着したばかりの5人が強風の中を山頂目指して登っていきましたが、30分もするとあまりの風の強さにお鉢廻りを途中で断念して小屋に戻ってきました。夜になっても風の勢いは止まず、かえって勢力は増したように感じられ、風が吼えるというのを実感しました。安眠妨害です。まるで落雷時のようなドカンドカンという風の音が夜中の2〜3時まで続いておりました。
シラネアオイ
翌朝の下山には網張温泉ルートを選びました。途中の登山道は雪が多く、まだまだ早春の雰囲気が残っておりました。特に早春の花であるシラネアオイの群落は、その花の清楚さと気品さがあいまって息を呑むような美しさです。シラネアオイという花は一度見たらその美しさに万人が心を奪われる花といっても過言ではないと思われます。
網張温泉ルートは熊が出没するコースでもありますから、熊避けの鈴をザックに付け揺らせながら下山しました。快い鈴の音でした。途中、イソツツジの群落には心を奪われました。直径5cmほどの大きさの中に小さな真っ白の花が群れて咲きます。本当に清純さが現れる花です。お花畑には真っ白なチングルマが咲き乱れ、リュウキンカ、ヒナザクラ、イワカガミ、ショウジョウバカマ、などの花も一斉に咲いています。造園とは違う自然の花園です。下まで降りてくる途中でスキーリフトに出会いましたが、リフトを使うことなく麓まで歩いて降りていきました。心地よい足の疲れです。
国民休暇村「網張温泉」は乳白色の硫黄温泉でした。露天風呂でゆっくり汗を流しているとツバメがたくさん舞っているので庇を見上げるとたくさんの巣がありました。まさに子育ての真最中でたくさんの雛の黄色いくちばしが見えました。風呂上りは当然ビールです。幸せを感じるひとときです。人それぞれ幸せ感は違いますが、私は自然の中で遊び、その疲れを温泉で癒し美味いビールや地酒を飲むことに幸せ感を感じます。時間に余裕があったので途中の小岩井牧場に寄り牛乳を飲んで芝生で昼寝をしました。ゆったりした時間が流れていきました。私は旅が好きです。山行も私の旅の一つですが日常生活と意識的に遮断し、美しい山河を眺め、温泉に入り、美味い刺身と地酒を味わうことを通して精神のリフレッシュがなされると思うからです。今回も満足満足の山旅でした。