甘く爽やかな香りのロウバイの花

 

花が咲いている木

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爽やかな香りのロウバイ

 

 1月18日 木曜日 晴れ

埼玉県長瀞に宝登山という標高500m弱の山があり、麓に宝登山神社里宮が祀られ、山頂の鬱蒼とした森の中には奥宮が鎮座している。また、山頂には広くロウバイ園と梅園が開かれているので、開花のシーズンを迎えたロウバイを見るために宝登山に出かけることにした。宝登山ロープウェイを使って登り降りしてもつまらないので、長瀞アルプスと呼ばれているハイキングコースを歩いて宝登山山頂のロウバイを楽しむことにした。妻にハイキングの内容を伝えると、一緒に行きたいというので同行することになった。

 

木の前に立っている人たち

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野上駅舎の脇に置かれた宮沢賢治の歌碑

 

秋葉原駅、赤羽駅、熊谷駅で乗り換えて、長瀞アルプスの登山口がある秩父鉄道の野上駅に8時58分に着いた。同じ電車で5人の年配者グループが降りた。私たちと同じハイキングコースを歩いて行くだろうと想った。駅の改札口を出るとサクラの古木の下に宮沢賢治の『盆地にも 今日は別れの 本野上 駅にひかれる たうきびの穂よ』 という歌碑が立っていた。宮沢賢治は1916年(大正5年)9月に盛岡高等農林学校2年の20歳の時に地質調査研究のため、先生や学友とともに秩父地方を訪れたときに、その風景と心境を読んだものとのことである。その後の賢治は農学校教師や農民指導に情熱を傾け、多くの童話や詩歌を残し、「雨ニモマケズ 風ニモ負ズ・・・」は誰もが知ることである。

 

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環境整備協力金の集金箱と目的表示看板

 

野上駅前でGPSをセットし、長瀞アルプス登山口に向かった。歩き始めて10分ほどで万福寺脇の登山口に着き、「野生動物遭遇注意!! ツキノワグマ イノシシ スズメバチの目撃情報あり」の注意看板を横目に、ヒノキやスギの植林のなかに延びている山道を登りだした。やがて山道は落葉樹の林となり、しばらく歩くと「環境整備協力金として、高校生以下と林業関係者以外は一人100円を入れてください。私有地のためマナーを守って通行してください」という看板と協力金投入箱が備え付けられていたので、私も妻も100円を入れた。この協力金投入箱は反対方向から来る人のも別に設置されていた。

 

宝登山登山口に着き、再び山道を登りだした

 

時たま植林された針葉樹林のなかを歩いたが、ほとんどが葉の落ちた広葉樹の明るい木漏れ日の入るコースだったので、のんびりと気持ちよく歩くことができた。林道と交わる奈良沢峠に降りたのは10時30分だった。予定よりも30分早かった。簡易舗装林道を10分ほど歩くと宝登山登山口に着き、再び山道を登りだした。この山道は『関東ふれあいの道』に指定され、整備された歩きやすい道だった。登山口の標識には山頂まで0.6kmの表示があった。しかし、0.6kmの間に200段の階段を登らなければならないのだった。

 

森の中の道

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200段の階段を登って山頂へ

 

最初の長い階段を見たときに、出羽三山のひとつである羽黒山に登った時の長〜い階段を思い出してしまった。今回は4か所の長い階段があったが、ゆっくりと登っていったので、足の疲れを感じることはなかった。野上駅から歩き出して2時間で宝登山497m山頂に着いてしまった。私は2012年2月に宝登山にロウバイを観に来ていたので12年ぶりの山頂だった。

 

山々の黒い影

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宝登山山頂からの武甲山と秩父盆地の眺め

 

想ったよりも早い山頂への到着だった。南側が切り開かれてロウバイ園となっており、正面に秩父を代表する武甲山が三角形の山体を堂々と表し、右に続く秩父連山が両神山まで、はっきりとしたスカイラインが見渡せ、実に素晴らしかった。スマホの山座同定アプリで確認すると、先月に登った天目山も武甲山の右に姿を表していた。

 

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宝登山山頂に着いた

 

山頂標示の看板の前で写真を撮り、ロウバイの甘く爽やかな香りを楽しみながら、眼前に広がる秩父連山を眺めながらのお昼ご飯となった。実に爽快だった。コーヒーを淹れ、おにぎり、ミルククリーム入り大福、ドーナッツを食べた。平日のためか山頂にいる人もまばらで、ゆったりとした1時間を過ごすことができた。妻に感想を訊くと「脚の疲れは全くなく、甘いロウバイの香りと眼の前の景色が素晴らしく、今日はハイキングに来て本当に良かった」と話した。

 

木の前に立っている人

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宝登山神社奥宮にお参りした

 

絶景とロウバイを楽しんだあと、宝登山神社の奥宮にお参りした。この神社の狛犬は近くの三峯神社と同じで、ニホンオオカミ(大神)狗となっている神社で、山頂の鬱蒼とした森の中に静かに建っていた。神社でお参りした後に隣の茶店で登頂記念のバッジを買った。バッジにはロウバイと奥宮と狛がデザインされていた。

 

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宝登山ロープウェイ山頂駅前で

 

宝登山からの降りはロープウェイに乗ろうと想いケーブル駅に向かうと、駅前の観光看板には「宝の山に登るという縁起の良い名のつく長瀞のシンボルとも言うべき宝登山は長瀞観光の一大拠点で、山頂に宝登神社奥宮、小動物園、日本一種類の多い梅園、山頂と山麓を結ぶ宝登山ロープウェイ、山麓に宝登山神社、緑の村、七草寺不動尊、通り抜けの桜があり、また長瀞は秩父音頭に歌われるほどの桜の名所として知られ、特に桜が作るトンネルは最高で、日本さくら名所100選に指定された」と記されていた。観光客目当に奥宮の森を残して南側のスギを切り払って見事なロウバイ園と梅園を作り、見晴らしの良い明るい山に作り替えた景色が山頂一帯に広がっていた。

 

建物の前で傘をさす人

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宝登山神社里宮にお参りした

 

山麓駅から歩いて10分ほどの黒塗りの美しい宝登山神社里宮にお参りし、家族の健康と今なお戦争の終結が見えないウクライナやガザの平和を願った。妻は奥宮の御朱印をいただくと同時に、使っている御朱印帳が間もなく終わるので、新しい御朱印帳を買った。

 

建物の前に立っている子供

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秩父川端温泉・梵の湯に着いた

 

長瀞アルプスハイキングとロウバイ鑑賞、宝登山神社のお参りを済ませたので残りは温泉である。長瀞駅まで歩き、客を降ろしたばかりのタクシーを捕まえて、長瀞駅から6km離れた皆野にある日帰り温泉の『秩父川端温泉・梵の湯』に向かった。梵の湯をホームページで確認すると、関東屈指の重曹泉で、つるつるスベスベ癒しの宝の源泉、美肌の湯、泉質はナトリウム・塩化物・炭酸水素塩冷鉱泉(低張性、アルカリ性)となっていた。

 

山の上の建物

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車窓から眺めた宝登山

 

今回の長瀞アルプスハイキングは、歩く時間も少ないコースだったので、疲れる前に終わってしまった。それでもひと汗かいたのを流すために、お客の少ない温めの温泉にゆったりと浸かった。温泉を出たあとは当然のこと、喉越しのビールで乾杯だった。たまにはこういう夫婦ハイキングもいいものだ。

温泉でゆったり過ごしたあと、皆野駅までの30分を歩くと、途中に椋神社があった。椋神社は1884年(明治17年)に明治政府に負債の延期や雑税の減少などを求めた日本近代史上最大の農民武装蜂起だった「秩父困民党事件」の決起場所である。明治政府は数千人から1万人規模の武装蜂起に、警察隊や憲兵隊を送り込んだが鎮圧できず、東京鎮台兵(軍隊)を送り込んで鎮圧したのだった。

 

ダイアグラム

自動的に生成された説明 グラフ

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今回のハイキング活動データ

 

 私が秩父困民党事件のことを調べながら椋神社を訪れたのは40数年前だった。秩父困民党の性質は5条ある軍律に表れていると想う。

 

第1条 私ニ金品掠奪スル者ハ斬

第2条 女色ヲ犯ス者ハ斬

第3条 酒宴ヲ為シタル者ハ斬

第4条 私ノ遺恨ヲ以テ放火其他乱暴ヲ為シタル者ハ斬

第5条 指揮官ノ命令ニ違背シ私ニ事ヲ為シタル者ハ斬

 

 秩父困民党事件は秩父観光協会のホームページにも掲載されており、事件は140年前のできごとだが、郷土の先人の自由民権思想の高まりと運動に誇りをもっていることがうかがえる。明治政府は困民党を暴徒として鎮圧したが、困民党は極めてモラルの高い組織だったと想う。今の政治家に爪の垢でも飲んでもらいたいものである。

以下のURLは秩父観光協会のホームページに、秩父事件の概要・史跡・年表を載せたものである。

秩父事件 | 秩父観光協会 (chichibuji.gr.jp)

 

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