花見のあとは人骨山へ

 

木のそばに立っている男性

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恐ろしい名前の人骨山山頂

 

 3月10日 晴れ

 人骨山」という恐ろしい名前の山を見つけた。人の骨が掘り出された山なのだろうか?という疑問が湧いた山名だった。この人骨山というのが「みんなで登ろう房総の山50とい千葉県勤労者山岳連盟のホームページに載っていたのである。50選の山々は、標高順、山名の読み方、場所、国土地理院地形図名、三角点の有無、地形図に山名の有無、備考、などが書かれていた。その中に人骨山292mというギクッとするような山名があり、「ひとほねやま」と読むことを知った。調べてみると隣に位置する津森山320mと合わせて3時間30分ほどのハイキングコースがあることが分かった。

 

山の景色

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房総の山並みと満開の頼朝桜

 

3月上旬から中旬にかけては頼朝桜と呼ばれているカワヅザクラが満開の時期を迎えるので、花見を兼ねて津森山と人骨山に出かける計画を立てた。自宅を5時10分に出発し、幕張駅から総武線に乗り、稲毛駅で内房線の君津行きに乗り換えた。更に木更津駅で安房鴨川行きに乗換えて保田駅で下車した。空は晴れわたっていた。駅前から鋸南町の町営循環バスの青色バスに乗り、終点の大崩バス停で降りた。

 

森の中の木

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八雲神社の御神木は樹齢350年の大銀杏

 

8時20分に大崩バス停を歩き出した。快晴のもとで歩き出して間もなく八雲神社が現れたので、安全登山のお参りをするために境内入っていくと、樹齢350年の御神木とされている大銀杏に注連縄が張られていた。畑の脇や土手などに頼朝桜が濃いピンクの花を咲かせていた。サクラの樹齢はいずれも若く、10年から20年と思われるものだった。頼朝桜の蜜を吸いにヒヨドリが集まっていた。大崩地区は江月地区と同様にスイセンで有名なところで、道端のスイセンはほぼ終末期にはいっていたが、まだまだ咲いているのもたくさんあった。

 

フルーツと野菜

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収穫されない柑橘類

 

収穫されることなく黄色い柑橘類がたわわに実っていた。木の持ち主は、お年寄りで植えられている急斜面を登り降りすることは無理なのだろうか?それにしてももったいないことだ。後は野鳥か猿が食べ、実が落ちればイノシシに食べられるのだろう。私の前をヤマドリが横切り、一瞬で藪の中に消えた。簡易舗装の道を山の奥へと40分ほど歩いていくと、津森山登山口の標柱が立っていたので左折して山に入っていった。

 

森の中の木

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満開の頼朝桜の根元に設置されたイノシシ捕獲用の罠

 

頼朝桜の木の根元にイノシシ捕獲用の罠が設置されていたが、中は空っぽだった。罠を仕掛けてから随分時間がたつようで、罠の中には草が生えていた。こういう罠に引っかかるイノシシはいないだろう。行政も忙しく、罠を見回るのは大変だと思うが、罠を仕掛けたならばきちんと見回りとメンテナンスをしなければならない。そうしないとイノシシは捕獲できないだろう。もっと真面目にやらないとね。

 

小屋の中にいる牛

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大きな牛が静かな目で見つめてきた

 

更に30分ほど歩くと民家の庭を通過することになり牛小屋があった。牛小屋には耳に黄色のタグをつけた和牛が飼われていた。牛の眼はいつも潤んでいる大きな目で可愛らしいが、むやみに近寄ってはならない。牛小屋、豚小屋、鶏小屋などの家畜小屋に部外者が入るのは、靴底などに着いた伝染病菌などを持ち込まないために厳に慎まなければならないのだ。

 

屋外, 草, 男, 建物 が含まれている画像

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津森山323m山頂に着いた

 

民家を過ぎるとすぐにCコースと書かれた地元の地域活性化協議会が立てた、ショッキングピンクの看板があり、ここが津森山の実質的な登山口のようだった。左折して植林の中の細道を登っていくと、まもなく津森山323mの山頂に着いた。あっけなく山頂に着いた感じがした。

 

山の景色

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津森山の山頂から伊予ヶ岳(左)と富山(右)が見えた

 

山頂にはヤマモモ、タブノキ、ヤブニッケイなどの木々が茂っていた。ヤマモモの実は美味いという表示板が幹にくくられていた。山頂には左から御嶽大神、木花開耶姫命、金毘羅神社の石碑と2つの石の祠が置かれ、一番右に小さなお地蔵さんが置かれていた。左側の御嶽大神の石碑が倒れていたので起こしてやった。山頂からの眺めは抜群だった。房総のマッターホルンと呼ばれている伊予ヶ岳や双耳峰の富山も手に取るように見えた。

 

山と湖の風景

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鋸山の向こうに富士が見えるはずだったが・・・

 

20mほど進むと富士山が見えるという矢印看板があったので、先に進んでいくと展望台があり、写真パネルで富士山や三浦半島の見える位置が表示されていたが、鋸山の向こう側に富士山が見えるはずなので双眼鏡で確認してみたが、今回も春霞の奥に隠れて富士を見ることは出来なかった。12月か1月の空気が冷えて澄み切った時期ならば、秀麗な富士の姿を見ることができるのであろう。山頂に戻り、ひと休みしたあと登ってきた道を戻って人骨山に向かった。

 

文字の書かれた紙

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イノシシ捕獲用の罠を設置のため立入禁止表示

 

津森山山頂から45分の距離に人骨山は位置している。ここら辺りの山の中には至る所にイノシシ捕獲用の罠が仕掛けてあるようで、立ち入り禁止の札が貼ってあるのが目につく。イノシシはジビエとして肉はとても美味いのだが、害獣駆除で捕獲しても食肉として処理する工場がないために、一般流通ルートに乗っていないのは惜しいことである。

 

森の中の家のcg

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御嶽大神の社

 

 人骨山の分岐の手前に御岳大権現の社があったので石段を登ってお参りした。軽トラが走ってきたので鳥居の前で道を開けていると、軽トラは私の前で停車し、運転席からおじいさんが話しかけてきた。話に合わせて20分ほど世間話をした。おじいさん自身の膝や腰の具合、作っている蓮田の話からイノシシの話に移ると、このあたりでもイノシシの被害は酷く、おじいさんもワイヤーの括り罠を獣道に仕掛けてあるのだが、イノシシは学習能力が高く、人間とイノシシの知恵比べで、決して罠にかからないという。害獣駆除で捕獲した場合は、獲物と一緒に日付を示した写真を撮り、イノシシの尻尾を切って役所に届けると15000円ほどの報奨金が出る、とのことだった。イノシシの肉は美味いことを伝えると、おじいさんは食べないと言った。サルの話に移ると、サルは一頭撃つと他のサルは全て逃げてしまうので、一集団から一頭しか獲れないと話していた。更にシカの話などが連続し話は尽きなかったが、あんたは元気だ、という言葉を残しておじいさんは軽トラで去っていった。

 

森の中の木

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人骨山への登山道

 

人骨山の分岐に着いた。国土地理院の地形図には人骨山への道は記されていないが、私が利用しているヤマップの登山地図ではルートが示されていたので、そのルートに沿って登って行った。山頂直下の急坂に100mの長さで張られた綱引きのような太い綱を頼りに登っていくと、幅は狭いが縦に長い人骨山293m山頂に着いた。今まで体験した綱のなかでは一番太い綱だった。山頂には誰もおらず実に静かだった。山頂は津森山に比べるとカヤが刈り取られ、人骨山という恐ろしい名前に比べて明るく開放的な山に感じられた。山頂の南側に測量用と思われる櫓と鉄パイプが立っており、その櫓の元に三角点が打たれていた。山頂からは先ほど登っていた津森山が見えた。この山頂からも360度に渡って房総の山々が望めた。伊予ヶ岳や富山は、より近くに聳えていたが、東京湾は霞んで見えた。登ってきた道を人骨山の分岐のところまで戻り、大崩バス停まで歩いた。

 

草の上にある数種類の植物

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ニュウサイランの栽培があちこちで見られた

 

 おばあさんが家の前で草むしりをしていたので話しかけてみた。「畑で栽培している生け花に使う葉は何という名前ですか?」と質問すると、「ニュウサイランという名前で、今は冬なので新芽が出ていないけれど、春になるとアカとアオの葉が美しく出るよ」とのことで、「花は咲かないのですか?」と更に質問すると、「木が古くなるとオレンジ色の綺麗な花が咲くよ」と教えてくれた。詳しく教えてもらったお礼を言うと、おばあさんはニカッと笑った。

 

草, 屋外, 山, フィールド が含まれている画像

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トンビ凧が舞う菜畑で若芽を摘む農家の人

 

大崩バス停までの道をのんびり歩いて下ってくると、山からキジの鳴く声が聞こえてきた。途中のトンビ凧が舞っているところで、菜花の若芽を摘み取っている農家の人がいた。今の時期は畑に青物がないので、菜花などは野鳥の格好の餌食となる。そのため野鳥を追い払うためにトンビ凧を畑に飛ばしているのだ。私がトンビ凧を初めて観たのは、日本縦断てくてく一人旅で東北地方を歩いている時だった。トンビ凧は釣り竿から延びた釣り糸に繋がっているので、風の吹くままに揺れながら舞っていた。別の菜花の畑でもトンビ凧が舞っていたので、一定の効果はあるようだ。

 

台の上にある数種類の野菜

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道端で摘んできたフキノトウ

 

道端に黄緑色のフキノトウが芽を出していた。そのフキノトウを摘みながらバス停まで下ってきた。バス停に着いて椅子の上に拡げると、いっぱいのフキノトウが採れていた。白い花が出ているのは花をちぎり、茹でて味噌と混ぜて細かく叩けばフキ味噌になるし、おかかをかけてポン酢で食べれば春の香りがプンプンの苦味ばしった春の味がする。酒のつまみには最高なのだ。今の時季にだけ採ることができる春のハイキングのお土産である。

 

森の中の道

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明るい人骨山の山頂

 

 人骨山には、鬼の民話があるようだ。見返り美人で有名な浮世絵の祖とも言われている菱川師宣は鋸南町保田の出身であり、菱川師宣記念館の資料を読むと、大崩の畑地区に人骨山という山があり、昔、鬼が住んでいて、毎年節分の日になると、村の娘を一人ずつ生贄に山へ連れてくるようにと、村人の家に手紙を投げ入れておどしていた。毎年、泣く泣く娘が山へ登っていき、決して帰って来なかった。そんなことが続いたある年、一人の旅の修験者が村に来た。村人の話を聞いて、「私は同じような話を琵琶湖のほとりで聞いたことがあり、その村では大きな犬を使って、鬼を退治したとのことだ。」と言った。村人は、さっそく琵琶湖まで行って、ドン太郎という大きな犬を探し出して借りてきた。そして節分の日、ドン太郎を山にあげて、ついに鬼を退治させた。村に平和が戻ってきたが、それまでに娘を差し出した家のことを思って、節分を思い出す行事はしなくなった。今でも、大崩では節分に豆まきをしない風習が続いている、とのことだ。

 

フェンスに囲まれている建物

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大賑わいの「ばんや食堂」に入った

 

 今回のハイキングは「人骨山」という恐ろしげな山名に惹かれて計画したものだった。ハイキングコースは短いが、満開の頼朝桜も見られて楽しいものだった。帰路の巡回バスに乗ると、朝のルートとは違い、頼朝桜がたくさん植えられている佐久間ダムの脇を通っていった。満開の桜を見るための花見客が溢れていた。バスは海岸線に出て、お昼ご飯を食べるために「ばんや食堂」がある吉浜で降りた。今年1月に江月水仙ロードを歩いた時にも寄った漁業協同組合の直営食堂である。食堂の隣に強炭酸のソーダ温泉があるが、新型コロナウイルスの蔓延防止措置の適用によって、15時からの時短営業になっており、吉浜に着いてから2時間も開いてしまうので、残念ながら入ることができなかった。

 

テーブルの上の食事

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地魚料理と地酒

 

 受付を済ませてから待つこと30分でテーブルに案内されたが、食堂内は大賑わいのために厨房が注文に間に合わず、刺身類と寿司類はオーダーストップになってしまい注文することができなかった。しょうがないのでエビ天重とフライミックス、それにビール大瓶に地酒の腰古井の冷酒300mlを頼んだ。ビールを飲みだしたら、刺身類のオーダーを再開したと連絡がきたので、エビ天重を刺身6点盛りに変更した。せっかく漁業協同組合の直営食堂に入って、刺身が食べられないとは!とガックリしていたので、オーダーが再開されてホッとしたのだった。運ばれてきた刺身は抜群の美味さだった。

 

マップ

自動的に生成された説明グラフ

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今回の登山データ

 

今回は、日本の原風景とも言われる里山をのんびり歩き、満開の頼朝桜を眺めつつ、2つの山に登り、春の使者であるフキノトウを摘み、漁港で新鮮な地魚を肴に地酒をじっくり味わう、というプランができたので満足満足の山旅だった。「みんなで登ろう房総の山50選」の山で、今回登った2つを含めると、私が登ったのは16山となった。木々が生い茂る房総の山々を歩くのは、夏は蒸し暑くて向かないので、秋から春にかけて登る山を調べながら、これからも一つひとつ登っていこうと思う。

 

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