聖岳、兎岳、赤石岳を縦走する

 

P7220100聖岳

聖岳山頂3013mでハイポーズ

 

チベット登山のトレーニングで今回は南アルプスの聖岳、兎岳、中盛丸山、赤石岳縦走に行ってきました。聖岳や赤石岳は標高3000mを超え、深田久弥『日本100名山』に挙げられている山です。

 

東京から夜行登山バスに乗り静岡県の畑薙ダムまで行き、井川観光協会のバスに乗り換え聖澤登山口で下車。1泊目の聖平小屋までは急登の連続でした。吊り橋を何回も渡り、樹林帯の中の登山道では汗が額から吹き出しますが、日影が多くひんやりしており暑さは感じられませんでした。滝見台では遥か下を流れる聖澤に流れ落ちる二筋の滝が眺められました。その滝見台の脇にピンクが少し混じった白色のシャクナゲが咲いていました。

 

宿泊した聖平小屋では事前にネットで状況を調べてシュラフ持ち込みましたので、宿泊料金を1000円割り引いてくれました。到着後、すぐに缶ビールを買い求めると昨年荷揚げした訳あり商品なので350ml缶が2缶で500円でした。確かに賞味期限は過ぎていましたが、喉に染み渡るビールがとても美味く感じられました。当然夕食時にも2缶飲みました。

 

心配した天候も大崩れすることなく順調な山行きでしたが、山小屋2泊行程は日程的にハードで、特に2日目の11時間半の上り下りの縦走は結構厳しいものでした。4時半に朝食を済ませ5時に山小屋出発でした。しかし、南アルプスの緑深い大きな山容は実に気持ちのいいものでした。縦走路ではホシガラスがハイマツの実を啄ばみ、マツムシソウが薄紫の花を咲かせていました。聖岳山頂に到着すると前方遥か彼方に2日目に宿泊する赤石岳山頂が雲のかなたに望めました。

 

聖岳の次に向かったのは兎岳です。頂上までハイマツに覆われた美しいピラミダルな山容を持っています。頂上にはウサギギクではなくタカネビランジの薄桃色の花が咲いていました。砂礫に咲くこの花を鳳凰三山で初めて目にしたとき、その美しさに心を奪われたことを思い出しました。

 

P7220125兎岳 P7220129兎岳

兎岳の山容と頂上

 

兎岳を越し、小兎岳への途中で60歳代後半と思われる単独行の登山者に出会いました。広河原から北岳を超え、7泊8日の日程でキャンプ用具一式を大きなザックに詰め込んでいるとのことで、結局、テントは張らずに山小屋泊を続けているとのことでした。人生最後の大縦走計画です、と言っており、いいガッツをしていると思いました。

 

この方とは真逆な登山者に出会ったのは小兎岳を越え、中盛丸山への岩場を登っているときに突然うえから声が降ってきました。「聖岳へのコースはこのコースでいいのか。三叉路の壊れた標識が間違って表示されていたので30分は損をした。午後3時までに小屋に着けるかどうか心配だ」と言い、本人は登山地図を持っていないのです。登山に際してはガイドブックや登山地図は必須の携帯物なのだが、自分で地図を読まずに標識だけを頼りにいていく登山方法は遭難を引きおかしかねない。まったく危ない60歳代のおじさんでした。

 

百間洞山の家を過ぎたテント場の上がおじさんの言っていた三叉路の場所で、登山道の旧道と新道が交差し、旧道は大沢岳山頂を踏んでから中盛丸山へ向かう道でした。おじさんは新道を選ばずに旧道を選んで歩いたことになり、登山地図を持っていたらすぐに判断できるルートでした。

 

最終日は快晴で、赤石岳山頂からの御来光と雲海上に浮かぶ富士の姿も素晴らしく、久しぶりの感動を残しました。赤石岳避難小屋に泊まっていましたが朝方まで雨音が聞こえていました。御来光を見ることはできないのかな、と思っていましたが、避難小屋に宿泊していたのは13名で、ほとんどの方が外に出て御来光の瞬間を待っていました。

 

私は既にザックを背負い下山のつもりでいましたから赤石岳山頂に登って御来光を見ようと思っていました。朝日が昇る時刻になると東の空の雲が飛び、茜色に染まった空が徐々に薄れてきました。逆に空が青みを増していくと雲間から朱色の丸い太陽が徐々に頭をもたげて御来光の瞬間が訪れました。旭日の右のほうには雲の上に浮かぶ富士山がすっきりした姿を現しています。実に絵になる構図です。

 

NEC_0018夜明け

赤石岳山頂からの御来光と雲間に浮かぶ富士山

 

赤石岳西側は雲が広がっており、その雲をスクリーンとして私の影が光輪の中に浮かび上がるブロッケンの妖怪にも出会いましたし、色のない虹を見ることもできました。いろいろな体験ができた山頂でした。

 

赤石岳から椹島への大倉尾根ルートも転げ落ちるような厳しい急坂です。快晴の青空のもとで山頂から3分の1ほど下った富士見平で朝食を摂りました。昨年は霧の中を下ったので周りの展望は無理でしたが、今回は素晴らしい展望に恵まれ最高の山行でした。この富士見平から昨年宿泊した赤石小屋の間で足元を滑らせ右手親指の付け根を1cmほど切ってしまいました。唾で消毒し赤石小屋の水道で傷を洗わせてもらおうとすると、小屋から出てきた女性従業員が私の傷を見て、すぐに救急箱を持ってきて消毒のあとカットバンを貼ってくれました。30代前半と思われる美しい方でした。

 

P7230215赤石岳山頂

赤石岳山頂3120m

 

 傷の手当てが終了し、お礼を述べて椹島に向けて下っていきました。登ってくる登山者は少数です。その中に男性3人で登ってきたグループがいました。一番年上の方は私よりも年長者のように見えました。その方と立ち話をしたのですが、私が昨日は聖平小屋から赤石岳避難小屋まで縦走し、今朝は山頂で御来光を拝んでから下山して来たとはなすと、素晴らしい健脚だと褒めながら、昔は1日でそのコースを縦走した人には小屋で健脚表彰をしてくれたものだが、最近は止めちゃったようだなぁ、と話しました。その話のついでに椹島で働いている望月将悟さんは2年に1度開催されるトランス ジャパン アルプス レースの連続チャンピオンで、日本海をスタートし北アルプス・中央アルプス・南アルプスを走破し、太平洋にゴールするという日本一過酷なレースで、望月さんは夜中に椹島をスタートし大倉尾根を登り赤石岳山頂で折り返して椹島に下って、8時の点呼に間に合うトレーニングをつづけている、と話してくれた。私も以前、NHKで放送された日本一過酷な山岳レースを見たことがあったので、そのチャンピオンが椹島で働いているのかと思い、改めて山岳レースに興味を持った。

 

 後日、2016年に行われたTRANS JAPAN ALPUS LACE 2016が『限界に挑め!天空の超人たち 〜激走!日本アルプス2016〜 』という番組となって放送されました。今年は29人の参加者でした。参加条件はフルマラソンを3時間20分以内、登山はコースタイムの半分以下で歩けること、となっており、書類選考を通過した選手が12日の予選レースを通して前回優勝者以外の29人が選ばれるという。走行距離415kmを8日間でゴールするというコース設定で完走者は25名でした。 賞金なし、賞品なし、の自らの限界に挑戦するというレースで、ボランティア仲間で運営されている山岳レースでした。今年の優勝者も望月将悟さんで4回連続の絶対チャンピオンでした。

 

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