秋色に染まる岩手八幡平
草紅葉の八幡平高層湿原
20名ほどの登山者とともに新幹線盛岡駅から八幡平山頂行きの岩手県北バスに乗車した。バスが盛岡市郊外に出ると左側車窓に大きく岩手山が見えてきた。岩手山は東北を南北に貫く奥羽山脈の最高峰である。見る場所によっては細長く見える岩手山も盛岡側から見れば端正な富士山の形をした山である。それ故に古くから南部富士と呼ばれた山でもある。岩手山は今だ活火山であるため、右側から常に水蒸気を挙げている。山肌は荒れ黒い岩肌と砂礫を見せている。木々の生えていない山は富士山同様に登ると疲れる山でもあるが、チャンスがくれば一度山頂からの眺めを体験したいと思う。
バスをアスピーテラインの八幡平茶臼口で下車し八幡平山頂へ向けてトレッキングを開始する。周りの木々はまだ色づき始めたばかりである。あとの話になるが、八幡沼避難小屋で同宿した地元の方の話によると紅葉の最盛期は10日後くらいということであった。この辺りは視界を遮る高い木が生えていないので常に周りが見渡せる明るい登山道である。茶臼口から40分ほどで3年前に立て替えられた茶臼岳避難小屋に着いた。中に入ってみた。こじんまりとしているが清潔な立派な小屋だと思った。小屋から数分で茶臼岳山頂に着いた。八幡平三大眺望地のひとつに挙げられている場所だけに素晴らしい眺めである。やはり1番目につくのは岩手山である。岩手山は盛岡側から見た形とは異なり右に長く稜頭を引く形に変化し、早池峰が岩手山の左後方に隠れるように見える。近影は中央にモッコ岳が文字通りもっこり立ち上がり、針葉樹と広葉樹の混じりが緑の濃淡となって爽やかな景色となっている。その景色を鳥瞰図のように上から見下ろす形になる。沼が点在し川の流れも見える。バスが登ってきた道路はアスピーテラインと名づけられていたが、その意味は火山学上で火山大地の崩れ落ちた段丘を示すということをバスの案内テープで知ったが、茶臼岳山頂から眺めると確かにその地形を確認することができ、ハイカラな道路の名前の由来が納得できた。
見返峠から岩手山と早池峰山遠望
八幡池避難小屋での体験は忘れがたいものとなった。私が小屋に到着したのは14時半頃であった。ザックを置いて八幡平山頂周回コースで散在する火山湖や山頂駐車場、レストハウスを回り小屋に戻りついたのは16時前後であったと思う。着替えを済ますと、まもなく2人組の地元の女性登山者が現れた。その登山者が実にユニークな人たちであった。私は女性たちの着替えもあるだろうからと缶ビール2本と肴と夕食の握り飯を抱えて外のベンチで八幡沼と遠景の岩手山を眺めながら夕食を終え小屋の中に入った。女性たちは家庭用コンロを薪ストーブの上に設置し、登山道脇に生えていた茸で作った「きのこ汁」が出来上がったので食べろとすすめる。私は地元の人が採った茸だから間違いはなかろうと遠慮なくいただいたが、煮干で出汁をとった本当に美味い「きのこ汁」であった。おかわりをしたほど美味かったのは事実である。夕暮れとともに2重にしたシュラフをシュラフカバーで包み断熱材のシートの上に寝転んでいると、「これから尺八の練習をしますけどかまいませんか?」と聞かれる。私は周りがどのようなことをしていても気にならないたちなので、「どうぞ、どうぞ構いませんよ」と答えたら、童謡を中心とした曲を2時間ほど練習していたようだった。夜の静寂のなかで八幡平湿原に静かに流れる尺八の音色にいつしかともなく眠りに着いていったのである。
青く澄み渡った早朝の八幡池
翌朝も雲ひとつない快晴である。湿原の中を通る木道は霜が降り朝日に白く輝いている。地塘には薄氷が張っていた。夜明け前の気温は0度以下に下がっていたのである。八幡沼を周遊する木道の南半分は工事中で通行止めの立看板が立っていたが、早朝で工事が開始されていないから邪魔にはならないだろうと判断し、八幡沼をぐるりと1周してみることにした。新たな木道は既に完成しており撤去した古い木道をヘリコプターで搬出する準備をしている段階であった。誰もいない周遊コースは時おり聞こえてくる小鳥の囀り以外は耳に届く音はなく実に静かである。八幡池は青く澄み大きく青く拡がる大空を映し瑠璃色に輝いている。実に美しい景色である。その景色を眺めながら木道に腰を下ろし握り飯の朝食を摂った。
遠影は駒ヶ岳、月山、鳥海山。近影はモッコ岳
八幡平自然研究路を歩いて見返峠までやってくると東南西面が一望できる見事な展望台がある。東から手前にコニーデ型の姫神山がすっきり立ち上がり、岩手山が大きく右に稜頭を引き、その後ろに早池峰が現れ、源太ヶ岳の下には藤七温泉の2軒の宿が見える。山並みは高倉山、三角山、笊森、烏帽子岳、秋田駒ケ岳、加賀岳、モッコ岳と続き、遠方に薄く月山、鳥海山が見える。山好きな人たちには堪えられない景色でもある。展望台の北側はアオモリトドマツとハイマツが混合して生えており亜高山帯と高山帯が入り混じった地形となっている。見下ろす山頂駐車場の車が増し見返峠まで登ってくる観光客の姿が増えてきた。こちらはバス停まで降り秋田県側の田沢湖まで下ろう。