台風22号に直撃された八丈島

 

ホテルの隣の家が壊れた

 

10月9日 木曜日 台風直撃 八丈島4日目

2時50分 防災無線が土砂災害注意報が発令されたのでラジオの情報に十分注意してください、と放送した。窓の外は暴風が吹き荒れているので風の音がもの凄い

 

3時30分 防災無線が放送されたが、風の音が強すぎて聞き取れない。

 

 5時00分 トイレに起きると停電だった。風の音が凄すぎて安眠妨害だ。夜半からうつらうつらの状態が続いていた。

 

線状降水帯が発生していた

 

5時50分 明るくなったので外を確認すると、もの凄い風と雨だ。停電になっているのでテレビが見られないしトイレのウォシュレットも使えない。隣の家の屋根が剥がれそうだ。その隣の家の屋根も剥がれそう。電線が切れて波打っている。205号室にいるけれど天井から雨漏りがしている。猛威という言葉があるが、とにかく風と雨が凄まじい。

 

停電のなかで本を読みだした

 

6時20分 防災無線が放送されたが、風の音が強すぎて聞き取れない。なんとかが発出されました、と言っているようだ。窓にはガラスが割れた時に飛散防止用の針金が入っているが、万一のことを考えて窓際には近づかないようにした。キャンプ用ライトを点けて深田久弥の『瀟洒なる自然・我が山旅の記』を読みだした。

 

7時10分 防災無線が放送されたが、今回も風雨の音が激しくて聞き取れなかった。風雨がますます強くなっている感じがする。本当に凄まじい風と雨だ。キャンプ場の更衣室にいたら、どのようになっていただろうか? 昨日の台風の進路予測では、午前中で八丈島から抜けるだろう。暴風をBGMに深田久弥の本を読んでいる。

 

隣の家の屋根が剝がれそうだ(動画からキャプチャー)

 

8時00分 ネットが繋がりにくくなり、切れたり繋がったりを繰り返している。私が台風に捕まり東京へ帰れないのを知っている元の職場NTTの後輩から、今朝3時に八丈島から青ヶ島間の海底ケーブルが切れ、その他もケーブルが切れているので対応で忙しい、と連絡がきた。私がLINEで送った6時前に撮った暴風雨の映像を八丈島現地特派員からの情報として課内共有しているとのことだ。台風の猛威にさらされている八丈島の状況が少しでも伝わってくれればと思う。

 

停電してもソーラー発電がある

 

9時00分 風雨が少し弱くなったように感じる。停電は続いているが、ソーラーバッテリー、ランプ、ナイフ、ジェットボイルなどのキャンプ用品を持っているし、食料は5日分あるので全く悲観してしない。

 

10時00分 インターネットが使えなくなっている。停電も続いているが、まだ風も強いので復旧作業はできないだろう。八丈島は外部から孤立状態となった。

 

10時30分 防災無線が放送され、島内で電線が垂れ下がっているところがありますが、感電の恐れがあるので絶対に触らないでください。停電の復旧については調査後に対応するので暫くお待ち下さいとのことだ。ビールを飲むために共用の冷蔵庫に取りにいくと、窓枠の隙間から雨が侵入し廊下は随分濡れていた。まだ強い雨が間欠的に吹きかけている。

 

11時00分 窓から東山(三原山)が見えだした。雨は勢力を弱めたようだが、風はまだまだ強い。深田久弥の本を半分ほど読んだが、目が疲れてきたので本を閉じた。

 

11時30分 LINEが復旧したが状態が不安定なようだ。インターネットはオフラインのままで接続できない。

 

12時00分 雨が止み、ずいぶん西のほうが明るくなってきた。風はまだ音をたてて吹いている。停電は今日中には復旧しないだろう。

 

12時30分 ビールと焼酎でいっぱいやっていたら眠くなったので布団でごろ寝だった。

 

13時50分 空から薄日が差してきた。風は時々強いのが吹いている。ネットは繋がらない状態が続いている。東の空に青空が見えだした。

 

14時00分 防災無線で、明日の小中高等学校、保育園は休校・休園にします、と放送された。

 

14時40分 防災無線で、大賀郷公民館に開設していた避難所を閉所します、と放送された。室内で干していたテント、ダウン、レインウェア、シャツなどが乾いてきたので畳んで整理した。明日は宿を出て行けるだろう。

 

14時55分 防災無線で、全ての町立温泉は明日臨時休業します、と放送された。明日、末吉地区の「みはらしの湯」に行こうと思ったが休業とは残念だ。洗面所の水道の出が細くなったので断水に備えて水を確保した。

 

イナダとラッキョをツマミに飲みだす

 

15時00分 手持ち無沙汰で何もすることがないので、ナイフでイナダを刺身に切り、ラッキョとチーズをツマミに飲みだす。外は青空が広がっているが、時たま強風が吹いている。三原山が姿を現し、手前には台風の強風で壊れてしまった家がある。隣のアパートもドアが壊れ、応急処置でガムテープが貼ってある。静かな時間が戻ってきた。

 

末吉地区は孤立した

 

15時20分 NTTの後輩から、八丈島島内の末吉ビルがルートの両系断のため孤立状態。先ほどようやく破断点が確認できたので復旧まで時間かかる、とLINEで連絡をくれた。テレビが見られずネットも繋がらず、全く情報が得られない状態なのでありがたい。

 

青空が広がり三原山が姿を現した

 

16時10分 防災無線で、健康福祉センターに開設していた避難所を閉鎖しました、と放送された。台風が去って徐々に日常生活が戻ってくるようだ。

 

16時20分 防災無線で、明日から11日までデイサービスは中止になります、と放送された。飛行機やヘリコプターの音が聞こえている。定期便は欠航なので報道各社のものだろう。

 

17時05分 防災無線で、明日の定期船は欠航となりました、と放送された。ま、あと2日で海のうねりが収まるかどうかだ。次の台風23号が発生しているので、結構ヤバイ状況になっている。本来の計画では明日10日が帰宅日だったのだが、まだ海のうねりが高いので無理だった。11日の夜に竹芝桟橋を船が出るかどうかで12日に乗船出来るかが決まる。船が欠航ならば船をキャンセルし飛行機で帰宅するつもりだ。

 

17時20分 防災無線で、現在島内全域で停電が発生しており原因調査中です、と放送されたが、停電は朝からなので周知が遅いと感じた。ま、町役場は昨夜から泊り込みで大変なのは分かるけど。ご苦労さま。

 

17時45分 防災無線で、広範囲に渡って断水が発生しており、復旧には長時間かかると思われますが節水にご協力をお願いします、と放送された。この部屋では水は確保している。

 

18時00分 防災無線で、八丈高校全日制・夜間制、支援学校は明日休校になります、と放送された。暗くなったので窓の外を眺めると、全島停電のため全く灯りが見えない。灯りがあるのは私の部屋だけだった。

 

18時30分 防災無線で、明日のごみ収集は全島で燃やせるごみのみ収集します。燃やせるごみ以外は出さないでください、と放送された。

 

18時40分 防災無線で、明日は島内の小中高校、保育園は休みです、と放送された。

 

19時00分 15時から飲み始め、夜食のラーメンも食べた。ずいぶん酔ってきたので寝ることにして布団に入った。

 

20時10分 防災無線で、八丈町で発令されていた避難指示は解除されました。避難所も閉鎖されました、と放送された。

 

20時25分 防災無線で、島内バスは明日終日運休します、と放送された。

 

20時45分 防災無線で、台風22号で発生した倒木の受入れを明日9時よりハチガタヤマのリサイクルセンターで行ないます。但し、車両は2トンまでです、と放送された。このあとの防災無線は眠ってしまったので不明だった。

 

 10月10日 金曜日 晴れ 八丈島5日目

朝6時に久しぶりに太陽の光を浴びた。嬉しい気持ちがこみ上げてくる。停電と断水は続いておりテレビも見えない。ネットも繋がらないので情報が入らない。今日の定期船の欠航が決まり、明日も欠航だろう。食料は4日分あるが、停電、断水のなかでは今後の生活は無理なので、台風が去り太陽も出ているので飛行機で帰ることにした。

 

久しぶりに太陽の光を浴びた

 

インターネットが止まっているために、八丈島空港から羽田空港間の運航状態が検索できず、電話も止まっているので問い合わせもできず直接空港に行くことにした。バスも終日運休のため空港まで歩いて1時間くらいの距離だろうと想い、第1便が9時ころなので7時に宿の精算を済ませて歩き出した。

 

ハートマークは幸運を呼ぶか?

 

歩道でハートマークが目にとまった。何かいいことあるだろうか? ホテルから20分ほど歩いていくと、車で自宅に戻ってきた70歳くらいの女性が話しかけてきた。「キャンプをしていたのですか? 大変だったでしょう?」から始まり、台風の凄さなどを話すなかから「停電のためテレビから情報が取れず、ネットも使えないので、これから空港まで行って飛行機が飛ぶようなら嬉しい」ことなどを話して分かれた。暫く歩いていると先ほどの女性が車でやってきて「空港まで送っていきますよ」と言われた。ラッキー。ハートマークを見つけた効果かな? 車内では彼女の家の屋根に穴があき、夫とともに漏水対応でてんやわんやで、結婚した50年前に大型台風が八丈島を直撃したことを思い出したとのことだった。

 

第1便は欠航だった

 

7時40分に空港の出発口に行くと、台風による被害の影響により午前中は臨時閉館し12時より通常営業を再開する予定、と張り紙がしてあった。第1便の9時05分は欠航したのだが、第2便の13時55分には乗れるだろう。暖かい日差しのなかで駐車場の芝生の上に寝転びながら深田久弥の本の続きを読み出す。強い風が時たま吹いていた。

 

台風が去り、八丈富士が見えた

 

空港周辺と町役場周辺はスマホの電波が届くようで、親族の安全確認や情報交換のために近くの人たちが集まってきていた。話が途切れ途切れ聞こえてくるが、ずいぶんあちこちで被害が出ているようだった。防災無線は朝から頻繁に周知事項が放送されていた。

 

本を読むのも飽きたので近くの八形山方向に散歩に出かけると、大きな木が根こそぎ倒れ、折れているのも多数あった。屋根を剥がれた家もあちこちに見られたし、横転した車もあった。改めて台風の猛威を感じた。

 

第2便は満席状態で予約が出来なかった

 

12時に空港ターミナルが開いた。空港には1階と2階にトイレがあったが、断水のため使用禁止になっていた。チケット販売窓口に並んでいる時に空席をネット検索すると、第2便は満席で予約できない状態だった。それでもカウンターで当日チケットを要求すると、166席のうち一般席の残りは3席で、どうにか滑り込みセーフだった。実にラッキー!本当についてるぜ!料金は当日買いなので26850円だった。前日予約よりも7000円ほど高いチケットだったが手に入ってホッとした。朝、出会ったハートマークのせいだろうか。今日は2回いいことがあった。

 

自衛隊のヘリコプターがやってきた

 

搭乗間近になったころ待合室の乗客が窓際に集まりスマホ撮影を始めた。何かと思い窓際に行ってみると、自衛隊のヘリコプターが2機やってきていた。今回の台風被害の復旧支援の先遣隊なのだろう。ANA1894便はなかなか飛び立たなかった。女性客がトイレにいくために自分の席に座らないのだった。約1時間遅れの14時56分に八丈島空港を離陸した。飛行時間は約45分で羽田空港の着陸は15時45分の予定と機内放送があった。当然のこと客席は満席だった。

 

雲海上に富士山が見えた

 

八丈富士、八丈小島、三原山を眼下に見ながら雲を突き抜けると青空が広がっていた。太陽が照りつける真っ白な雲海の上を飛ぶのは実に気持ちがいいものだ。雲海の彼方に富士山の姿が確認できた。「頭を雲の上に出し・・・」の歌詞通りの富士山だった。やがて着陸態勢に入ると雲のなかに突入していき視界は閉ざされた。定期船だと10時間の旅路を飛行機は50分で羽田に着いた。モノレールに乗って浜松町で下車し、竹芝桟橋ターミナルの東海汽船に行って定期船チケットの払い戻しを受けた。

 

末吉地区の被害(AMEBAテレビ)

 

今回の山旅は強力台風22号の直撃を受け、滅多に体験できないものだった。最大瞬間風速は54.7m、時速に換算すると197kmの猛烈な暴風が吹き荒れ、台風被害による生活インフラの水道は、島内8箇所ある浄水場の5箇所が停止している。通信や電力も復旧に長くかかるだろう。特に南部の末吉地区は避難所を襲った土石流、道路が崩壊しているために完全な孤立状態だという。旅人としては台風の過ぎ去るのを待っていれば良かったのだが、島で生活している人たちにとっては大変なことだろうと想像できた。

 

 今回の台風によって八丈島でやり残したことがある。来年にでも八丈島を再訪したいと思っている。

 

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