ツバキ咲く信仰の道を歩く

 

森の中の道

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山道はツバキの花が敷き詰められていた

 

 3月16日 木曜日 快晴

漢字で春と木を組み合わせると「椿」という字になる。ツバキは文字通り2月から3月にかけて春に咲く花である。そのツバキの花が房総半島の南端に位置する御殿山から鷹取山へ向かう縦走路にたくさん咲いている。そのツバキの花を見るために、御殿山、鷹取山、宝篋印塔山、大日山への縦走ハイキングを計画した。今回歩くルートは車社会になる前は、その周辺の人たちの生活の道であり、信仰のための道でもあった。

 

森の中の花

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桃色に咲くツバキもあった

 

5時10分に家を出た。東の空に花王石鹸マークのような下弦の月が輝いていた。空には雲ひとつなく、東の空は薄黄色に染まり出していた。昨年11月に大日山へのハイキングを計画したが、登山口までのバスが季節運休になっていたため登れなかった。今回は南側からのルートに変え、以前登った御殿山から鷹取山、宝篋印塔山、大日山という形で縦走し、再び同じルートで登山口まで戻る計画を立てた。歩く距離は12km、時間は6時間の予定だった。

 

道路を走っているバス

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トミー号に乗り御殿山登山口へ向かった

 

JR岩井駅前から南房総市営バスのトミー号に乗り、御殿山の登山口がある山田中バス停で降りた。乗客は私を含めてふたりだった。周りからはウグイスのさえずりがひっきりなしに耳に届いた。房総では頼朝桜と呼ばれている河津桜があちこちでピンクの花を咲かせていた。コブシの白い花、道端では白や黄色のスイセンが一斉に咲き出していた。里は春満開である。春のハイキングは野鳥のさえずりや、一斉に咲き出す花を眺めながら歩くので、心がとても柔らかになり清々しい。特に春告鳥の別名もあるウグイスのさえずりは、オスが彼女を獲得するための必死の鳴き声のため、いっそう心に沁みる。

 

山の景色

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伊予ガ岳の左に白い帽子をかぶった富士山が見えた

 

御殿山までは以前登ったルートなので道はよくわかっていた。途中の大黒様に着いた。南側が切り開かれ房総のマッターホルンと呼ばれている伊予ガ岳が見えた。その左奥に雪をかぶった富士山がうっすらと姿を現していた。もう春霞なのだろうか。真冬のような澄んだ空はなく、ぼやっと霞んでいる空だった。お地蔵さんの横手の土手で草を摘んでいる男性がいたのでその手を見ると、フキノトウが握られていた。挨拶をして「フキノトウですか。いいですね」と言うと男性はニコッと笑った。この男性とは御殿山山頂でも会い、スマホのシャッターを押してもらったのである。

 

「ヘビの腰掛け」がたくさん生えていた

 

大黒様を過ぎ、ヒノキが植林されたなかの山道を歩いて行くと、足元に「ヘビの腰掛け」と呼ばれているウラシマソウがたくさん見られるようになった。実に不気味な姿をした花である。主に日陰に咲く花で、こげ茶から紫の色の縞模様の花をつけ、人々からは歓迎されない植物である。ヒノキの林のなかにこんもりとした塚のようなものがあり、その上に石碑が置かれていた。碑文は相当古く読みにくいのだが、大日如来と書かれているのが読めた。隣に3個の石が重ねられていた。歩いている山道は信仰の道でもある。

 

ヤマザクラが満開だった

 

サクラの花びらが山道に落ちていたので上を見上げると、薄い白と言ってもいいような花びらのヤマザクラが満開だった。展望台に登ってみるとベンチは置かれていたが、前の木の枝が伸び過ぎてしまい、前方の展望は得られなかった。周りにはツツジの木が花芽を膨らませていたので、5月頃に登れば木々の新緑とツツジが見事な花を咲かせていることだろう。

 

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御殿山363.9m山頂に着いた

 

赤いツバキの花がいっぱい落ちている御殿山363.9m山頂に着いた。山頂には左右にパノラマ図が置かれていたので、それを参照しながら眺めると、右側には東京湾、富山、富士山も見えた。左側には太平洋が広がり、以前登った千倉の高塚山がちょこんと飛び出していた。空が霞んでいるために太平洋の青さがはっきりしないのが残念だった。これから歩く鷹取山、宝篋印塔山、大日山も見えていた。山頂に建つ6角形の東屋のベンチをふたりの職人が修理をしていた。職人に挨拶をして鷹取山へと向かった。

 

森の中の道

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山道にはツバキの花が散っていた

 

御殿山山頂からはツバキのトンネルをくぐっての急激な下りだった。ツバキが文字通り山道の両側にびっしりと花を咲かせていた。真紅の花が多いのだが、たまに大ぶりのピンクの花や純白の花を咲かせている木もあった。ツバキはシンプルで実に美しい花だと思う。ツバキの花が落ちた山道は続いていた。

 

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ツバキの花が敷き詰められた鷹取山364.5m山頂

 

鷹取山364.5m山頂に着いた。真っ赤なツバキの花が敷き詰められたように落ちていた。高い木を見上げると、高さは5mか6mほどはあるだろう。分岐から右奥に進むと、そこに房州低名山・鷹取山の山頂表示と石碑が立っていた。碑文は草書体で書かれており、うますぎて読めないが水の神様なのだろう。

 

森の中の木

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ツバキのトンネルが続いていた

 

山道の脇にツバキが咲いていたのだが、ツバキは元々自然に生えたものではなく、この山道沿いに植えられたもののように感じられた。今はハイキングコースとなっているが、昔の生活の道として歩かれた道でもあるので、ツバキを植えて根を這わせて尾根道の崩壊を防いだものと思われた。

 

マテバシイの大木が茂った宝篋印塔山341.5m山頂に着いた

 

房総半島を直撃した台風により山道に覆いかぶさっていた倒木は、チェーンソーで切られて殆ど取り除かれて歩きやすい道となっていた。ありがたいことである。道の両側にはアオキの木が見られるようになった。マテバシイの大木が茂った宝篋印塔山341.5m山頂に着いた。木の陰になるため薄暗い山頂には石壇が組まれ、石塔には文字が書かれていたが読むことはできなかった。石壇のなかは空洞になっていたので、中を覗き込んでみたが空っぽだった。

 

草の上にある岩

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大日山333.3m山頂に大日如来坐像が置かれていた

 

大日山333.3m山頂に着いた。夫婦と思われる年配の登山者がいた。ふたりに挨拶をし、女性の方にスマホのシャッターを押してもらった。この山頂にもパノラマ展望図が設置されており、右側から伊予ガ岳、鋸山、津辺野山、富山、真っ白の雪を抱いた富士山、中央には東京湾、大島も浮かんで見えた、利島、新島、神津島は霞の彼方に見えなかった。大きなサクラの木が何本もあり、スイセンが植えられた明るい山頂には、壊れかけた石室に囲まれた石造りの大日如来坐像が置かれ、石板の大日如来像が2基置かれ、黄色いスイセンが咲いていた。フキノトウがいたるところに出ており、ウラシマソウも首をもたげていた。

 

森の中の木

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富士山を眺めながらおにぎりを食べた

 

富士山を眺めながらタケノコの炊き込みご飯で作ったおにぎりを食べた。おにぎりは自分でタケノコご飯を炊いて、自分で握ってきたものだった。外で食べる食事はうまい。マジで富士山をおかずにして食べるおにぎりは最高だった。3個のうちの2個だけ食べて、ひとつは残した。

 

草の上に置かれたベンチ

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90年前に立てられた大日山の由来が書かれた説明板

 

大日山の由来が書かれている説明板がふたつ立っていた。説明板の内容は、昔から山のふもとの人たちが大日如来を大切にし、山頂にサクラの木やスイセンを植えて整備してきたもので、大日山と呼ぶようになったとのことだった。東に太平洋、南は館山湾、三浦半島から富士を望むことができる。神聖な山であるとともに身近な山でもあったようだ。

 

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気持ちが折れそうになる急坂

 

今回は折り返しコースなので、ひと休みしたあと大日山山頂を後にし、歩いてきた道をゆっくり登山口まで戻っていった。山道は山頂と山頂をまっすぐ結んでいる尾根道なので、登ったり下ったり天を仰ぐような急坂も度々出てくるので、気持ちが折れそうになるが、スリップに十分注意しながら歩いた。相変わらずウグイスのさえずりが耳に届く以外は実に静かな山道である。スギ林のなかの山道は枝打ちがしてあり、日光が林のなかに差し込んでいるので、明るくて快適なハイキングだった。

 

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大黒様からの眺め

 

大黒様まで降りてきた。里を眺める大黒様のとおりとても眺めの良い所だ。山道も残り少なくなったので、残しておいたおにぎりを正面に見える伊予ガ岳を見ながら食べた。予定時刻よりも50分ほど早いので、ゆったりした気持ちで登山口まで降りることができる。

 

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日向ぼっこをしていたアオダイショウ

 

大黒様を過ぎてのんびり歩いていると、前方に何やら動く物が目に留まった。注意して見ると、日向ぼっこをしていた長さ1mほどのアオダイショウが、私が歩いて来たので慌てて道を避けるところだった。ヘビはこちらから仕掛けないと、決してこちらに向かってこないおとなしい動物なので、そのままヘビの脇を通った。アオダイショウは杉の落ち葉に乗っかり、長い体を伸ばしながら私を見つめていた。子どもの頃はヘビを見つけると棒で叩いて殺したり、ヘビの尾を掴んで道にはたきつけて殺してしまった。かわいそうなことをしたと今では思う。

 

ピンクの花が咲いている木

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まさに春爛漫だった

 

里に下りてくると、菜の花、モモの花、コブシの花、タンポポやスミレの花、そしてサクラが咲いている。まさに春爛漫であった。風のない暖かな日差しを浴びながら、バス停まで40分の車道を歩いた。

 

森の中の木

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ツバキ咲く山道を歩けて満足満足だった

 

今日のハイキングの目的は、春の訪れを感じながらツバキ咲く山道を歩くことだった。思い通り山道にはツバキの花が咲き、ツバキの花が敷き詰められた山道を歩くことができて、満足満足のハイキングだった。バス停までの途中にコンビニがあれば、ビールを買ってバスを待つ間に飲むのだが。この山里にはコンビニはない。それもまた山里の良さなのだろう。

 

グラフィカル ユーザー インターフェイス, アプリケーション, マップ

自動的に生成された説明グラフ

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今回のハイキングデータ

 

平久里中学校交差点の脇に雑貨店があったので中を覗いてみると、缶入り飲料水やアイスクリームは売っていたがビールはなかった。入り口から奥に向かって何度も呼びかけたが、店の人の反応はなかった。店は開いているが人はいないようだった。バス停に着きシャツを着替えザックのなかを探すと、底の方にウィスキーとコップとつまみがあったので、それを引きずり出して水割りを飲んだ。空は晴れ渡り、太陽の日差しが降りそそぎ、実にのどかだった。ビールがなくてもウィスキーの水割りで、徐々に徐々に夢の世界へと入っていった。

 

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