雨・雨・雨 の朝日連峰縦走

 

ピラミダルな大朝日岳

 

2009年の夏の天候は例年に比べて異常だった。各地域で梅雨明けは軒並み遅れ、各地で異常豪雨や土砂崩れによる死者が続出した。このような中で例年ならば梅雨明けになっているはずの7月下旬に新潟山形県境に連なる朝日連峰縦走を計画していたわけだが、当初予定した日程では未だ梅雨明けはしておらず前線が停滞していたため1週間延期し8月6日から9日にかけて出かけることにした。しかしこの日程に変更したにもかかわらず気圧の谷の通過が遅れ、おまけに低気圧が停滞するという事態となり入山日、縦走日、下山日ともに雨合羽が離せない行程となってしまった。いやはやなんとも・・・

 8月7日:入山日(朝日鉱泉〜鳥原山〜小朝日岳〜大朝日小屋)
 山形から左沢線に乗り換え終点左沢駅で下車。9人乗りのワンボックスタクシーの登山会員バスに乗り換え朝日鉱泉ナチュラリストの家に前日宿泊。この朝日鉱泉までの道は、ガードレールは殆どなくポールとトラロープが気休め程度に張られている渓流沿いの右岸を走っていくのだが運転手がハンドル操作を誤った場合は崖から渓流に転落し、ただではすまないであろうことを実感する。道幅もワンボックスカーが1台通るのが精一杯のもので擦れ違いは出来ない。

 朝日鉱泉に宿泊していた登山者のうち私を除く4名は朝食をおにぎりにしてもらい5時に出発した。部屋の窓からは大朝日岳のすっきりとしたピラミダルな姿をはっきり認めることが出来たが時折り雨が降り出す天候だった。私は登山地図から入山日の歩行時間は7時間30分と計算していたので、朝食はおにぎりではなく温かい味噌汁とご飯と目玉焼きや焼き海苔を食べて7時に登山を開始した。


 ルートはガイド書の多くに紹介されている朝日鉱泉〜島原山〜小朝日岳〜大朝日小屋までである。実はこのコースはクラシックルートとして深田久弥の『日本百名山』に紹介されたルートであるが、現在地元の人はこのルートは行程が長くきついために殆ど使用せず、古寺鉱泉からのルートで大朝日岳までは日帰り登山が一般的との指摘を同宿した登山者から受けた。実際に自分でクラッシックルートを歩いてみると行程の厳しさを実感する。再び訪れることがあったならば地元の登山者から教えていただいた古寺鉱泉〜小朝日岳〜大朝日小屋までのルートを選択しようと思っている。こちらのルートのほうが所要時間も2時間短く高低差も少なく身体への負担も少ないことが判明した。こういう情報は山小屋に同宿した地元の登山者と話すことによってもたらされるものである。

ミヤマリンドウ


 7時に開始した登山は1時間30分で水場に到着し、更に1時間30分で鳥原小屋に到着した。雨の降りかたが早くなってきたため小屋に入って休憩させてもらうことにした。小屋の管理人は天候が不順なため行程を順延し鳥原小屋への宿泊を勧めてきたが、仮に大朝日小屋までの行程を順延した場合、明日の行程が9時間となるために私は雨の中を予定通り出発した。

 小朝日岳山頂に到着したのは12時だった。この山頂で昼食にしようと考えていたが降ったり止んだりの空模様の中で山頂到着時は雨だった。昼食を摂るのを中止し、そのまま大朝日小屋を目指した。晴れていたら大朝日岳、小朝日岳、中岳、西朝日岳、寒江山、以東岳と連なる朝日連峰が展望できるのだが雨のため全くその雄姿を見ることは出来ない。残念なことであるが足元には薄紫色のマツムシソウや純白のハクサンイチゲが清楚の花を咲かせている。美しい花だと思う。

 朝日連峰随一の味と言われている銀玉水に到着したときに朝日鉱泉で同宿し5時に出発した3名に合流した。彼らは美味しく冷たい銀玉水に喉を潤し休憩しているところであった。別に競争をしているわけではないが2時間の出発の差がなくなったわけである。登山は時間的な余裕があるならば朝食は冷たいおにぎりではなく温かい朝食を摂るべきだと思う。

マツムシソウと中岳縦走路


 大朝日小屋の周りは一面のお花畑であった。どうしてこの場所だけ他の場所と比べてこんなにも違う花が咲いているのだろう?と思ったが、それは翌日の狐穴小屋に同宿した登山者から新しく大朝日小屋を立て替えた際に元の小屋のあったところに現在咲いている植物を移植したのです。という答えでコクルマユリ、タカネナデシコ、トリカブトなどの周りと異なる植生に納得したのである。

 大朝日小屋は朝日連峰縦走の拠点ともいうべき100人収容の大きな山小屋であり管理人は85歳の方であった。NHKの山旅紹介番組でもよく見かける名物管理人で林野庁を60歳で定年退職した後に25年間山小屋の管理人を続けているという。「ビール売っていませんか?」の問いかけに「この山小屋は前から酒類は売っていない」という素気無い返事だった。管理人と雑談していると「本当は二つも三つも仕事を行うと頭が混乱するので山小屋使用協力費のみを集めているのだ」ということだった。大汗をかいて登ってきたのにビールが飲めないとは、あ〜ぁ残念。しかたないので持参した梅酒の水割りで我慢したのである。宿泊者数のほうは悪天候が影響してか18人と少ないために夏真っ盛りの時期に悠々、伸び伸びと寝ることが出来てラッキーだった。

 
8月8日:縦走日(大朝日小屋〜大朝日岳〜中岳〜寒江山〜狐穴小屋)
 朝方まで降り続いた雨は起床する5時には一時的に止んだ。日の出を見ることは出来なかったが大朝日岳山頂に向った。縦走する同宿者は次の山小屋を以東小屋に決めて行動を起こしており起床が早い。私は手前の狐穴小屋に宿泊をとるため宿泊者の中では私が一番後に登って行った。中岳〜西朝日岳〜寒江山〜以東岳へと延びる長大な縦走路が望める。今日はあんな遠くまで歩いていくのだ、という感慨にふける。山頂に設置してある円形方向掲示板の前で登頂記念のシャッターを押してもらった。

 山小屋に戻り周辺に咲き乱れている高山植物の花々を写した。綺麗な花々だとつくづく思う。管理人にお礼を言い「金玉水」の場所を教えてもらい足元に咲く花々を写しながら縦走路を歩いているとピューィ、ピューィという鳴き声とともに「ウソ」の夫婦が現れてロープに留っている。早速カメラで雄雌の両方を写した。雄の赤い喉が一際目立つ鳥だ。私は日本野鳥の会会員で草花の名前よりは小鳥の名前のほうが詳しい。眼前に現れた小鳥をすぐに「ウソ」と判断した。ウソはしばらくロープに留っていたがやがて飛び去っていった。

ウソ(雄)


 朝日連峰の代表的な写真は、中岳から見た山頂まで三角形をし見事に立ち上がっている大朝日岳の雄姿である。この写真を私も撮りたいと願っていたが撮影地点に到着する頃にガスが沸いてきた。残念なことに私が狙っていた写真はガスに煙る大朝日岳となってしまった。その後、12時に狐穴小屋に到着するまでガスが濃くなることはあっても決して晴れることはなかった。

 縦走路には様々な花が咲き誇っていた。私は朝日連峰を縦走するのは初めてである。私の30年来の山旅にあってこれほどあちらこちら広範囲に花々が咲いているお花畑に出会ったのは初めてである。とにかく花の数が多いのである。時期的であろうかハクサンイチゲやシシウドなどの白系統の花が多いように感じる。

 8月9日:下山日(狐穴小屋〜以東岳〜オツボ峰〜三角峰〜大鳥小屋〜泡滝ダム)
 早朝、隣に寝ていた町田さんという女性単独登山者が出発準備をする音に起こされた。時間を確認すると4時だという。私も起きた。下山日の歩行時間は8時間であり下山口である泡滝ダム発の最終バスは14時25分である。このバスに乗り遅れると東京に戻っていく予定が全てご破産になるので早めに行動を開始した。

 今回の山行での山小屋は全て食事も寝具も持込である。東北の山々の多くの山小屋は本州と異なり避難小屋であり基本的に食料と寝具は自前持込である。寝具は軽いシュラフを用意した。断熱マットを敷くことでシュラフカバーを着けなくても十分に用が足りた。むしろ暑いくらいで夜中に目覚め、ジッパーを下ろしてシュラフの中に空気を入れねばならなかった。食事は背負うザックの重量の関係からコッフェル持参を避け、温めなくてもそのまま食べることが出来る味の素食品の貝柱、梅干、卵のおかゆを6食分、レトルトカレーを6食分、それにソーセージを6本用意した。流動系レトルト食品を用意したのは、暑さと水と疲労が胃に負担をかけることと食事時間を短くし行動時間を確保することを考慮したものであった。この作戦は成功した。更に考えると今回は昼食を縦走路で摂ることはなかったが、行動食はカロリーメイトのような軽食にしても十分用は足りると判断できた。次回からは更にザックの重量を軽量にし、身体への負担を少なくする方法を取ろうと思う。

 狐穴小屋から以東岳山頂までの縦走路で出会った登山者は日曜日であるにも限らず僅かに6人だった。悪天候が影響しているのだろう。逆に言えば登山者が少ないということは静かな山旅を楽しむことが出来た。分岐点や標柱に出会うたびに私は20秒立ち止まって進路を確認する癖をつけている。20秒という時間は短いようで結構長い時間である。登山地図を確認することも忘れない。山での事故は全て自己責任であり、特に私のような単独登山者にとっては事故を防ぐには細心な注意と行動が求められている。

ヒメサユリ


 今回の縦走で私が出会いたいと思った花は「ウスユキソウ」と「ヒメサユリ」の2種類であった。ともに1ヶ月ほど花期を過ぎた花である。ウスユキソウの星型の花は至るところで見受けられたが予想したとはいえ花期を過ぎているために枯れた花であった。ヒメサユリは花が落ちてしまうため中々出会えなかったが、最後の大鳥池に下っていく直前の斜面に咲くニッコウキスゲの群落の中に鮮やかで気品のあるピンクの花を目に留めたとき、心から喜びが沸いてくるのを実感した。