ウミアイサに遭えた

獲物を捕らえたウミアイサ(メス)
3月21日 土曜日 晴れ
船橋三番瀬に着いたのは9時だった。干潟を眺めると13人のバードウォッチャーが観察と撮影をしていた。空はよく晴れ渡っており、私も撮影の準備をすませると海鳥の観察と撮影に入った。今日の船橋港の最大干潮時刻は12時29分なので、約3時間がバードウォッチングタイムとなる。

干潟の汀線は後退していた
3月、4月は海鳥の渡りの季節になっており、冬鳥は北の地域に繁殖のために去って行き、夏鳥は南の地域から繁殖のために日本に渡ってくる。様々な海鳥が船橋三番瀬で羽を休めて栄養を補給し、再び目的地に向かって飛び立っていく。今日の目的はウミアイサとコアジサシに出遭うことである。ウミアイサはシベリアやアラスカで夏に繁殖し、秋に日本に渡ってきて越冬し、春になると再び繁殖地に戻っていく冬鳥である。ウミアイサに遭えるかどうかは運次第なのだが、なるべくならば出遭いたいと思う。

ハマシギが大量に渡ってきていた
ハマシギが大量に渡ってきていた。ハマシギもアラスカ方面で繁殖し、秋になると日本に渡ってきて越冬し、春になると再び繁殖地に渡っていく冬鳥である。チィチィ鳴きながら動き回り、嘴を地中に差し込んで餌となる底生生物を探している。そのなかに混じって冬鳥のダイゼンが悠然と餌を探していた。採餌方法にもそれぞれの野鳥の特徴がでているのは面白いことだ。

ウミアイサが波間に浮かんでいた(オス)
汀線が随分後退したので沖の方に歩いていき双眼鏡で眺めると、特徴的な頭の羽がぼうぼうとしているのが3羽波間に浮かんでいた。望遠レンズで再確認すると、今日遭いたかったウミアイサだった。望み通りにウミアイサに出遭えたのは実にラッキーである。

家族連れが潮干狩りにやってきて賑やかになった
観察を始めて1時間30分ほど経ったころに、干潟から鳥たちはどこかへ飛び去ってしまったが、牡蠣殻島に渡るのにはまだ水深が深すぎた。暖かくなったので潮干狩りの家族連れが干潟にやってきて賑やかになった。それに反比例するようにバードウォッチャーの姿は徐々に少なくなっていった。鳥たちの食事時間が終わりつつあった。

たくさんのエイが砂に潜っていた
来月4月16日から三番瀬公園の潮干狩り場が開場するので、会場を新しいネットで囲む準備がすでに終わっていた。会場を囲んでいる沖側のネット伝いに歩いて行くと、エイの溜まり場があり何匹も砂に潜っていた。水深が浅くて砂に潜っているエイを確認できる状態だった。エイは尾に毒針を持っており、砂に潜っているのを知らずに踏んだりすると、毒針で刺されてとんでもない痛さにのたうちまわることになるという。昨年も同じ区域を歩いて行こうとすると、係員がいてエイが砂に潜っていて危険なため通行禁止になっていたのを思い出した。今日は潮干狩り場がまだ開場されていないために係員がいなかったが、足下を確認しながら進んでいった。確認できただけでも10匹近くのエイが砂に潜っていた。

牡蠣殻島ではミヤコドリとハマシギが採餌中
汀線が更に後退していったので牡蠣殻島に渡った。私が島に渡った時には島には誰もいなかった。牡蠣殻島は干潮時のみ現れる平らな島で、満潮時には水面下に隠れてしまう。牡蠣殻島に渡るには水深が長靴の長さギリギリだった。島の南側に回ると沖に10数羽のウミアイサが海面に浮いていたのにはびっくりした。島の西側に回るとミヤコドリとハマシギが採餌中だった。夏鳥のコアジサシはまだやって来ていなかった。昨年は4月下旬にコアジサシに出遭っているので、1カ月後には出遭えるだろう。干潟でいなくなった鳥は牡蠣殻島に来ていたのだった。30分ほど島をぐるりと回ると、そろそろ潮が満ちてくるので観察と撮影を終了し引き上げることにした。

暖かな日差しのもとで献杯
いつものように草はらに戻ってシートを広げて宴会である。今日3月21日は親父さんが28年前に74歳で亡くなった命日なので、親父さんに向けて献杯だった。春のお彼岸の中日が過ぎて、暖かな日差しのもとで、おにぎり、ソーセージ、栗羊羹、柿ピーなどをツマミに飲むビールやレモンサワーはことのほか美味かった。干潟ではまだ水は冷たいものの、家族連れが潮干狩りを楽しむ姿があちこちに見られ、のんびりした春の風景だった。

シロチドリがちょこまか採餌中
今日出会った野鳥は、ムクドリ、ミヤコドリ、シロチドリ、ハマシギ、カモメ、ミユビシギ、カワウ、オナガガモ、ユリカモメ、ダイゼン、ウミアイサ、オカヨシガモ、ダイサギ、ハシブトガラス、ハクセキレイの15種類だった。