チベットの山旅を終えて

 

牧童とシシャパンマ峰8013m

 

初めて訪れたチベットの空はどこまでも高く蒼く澄み渡っていました。時たま真っ白な綿菓子のような雲が湧きだし、茶色の禿山はどこまでも続くように連なり、その麓では放牧されたヒツジやヤクがのんびりと草を食んでいました。訪れた数々の湖はトルコブルーと呼ばれる宝石の輝きを思わせ、私たちを魅了させてくれました。

 

山に向かえば屹立した氷雪峰が天を突き、その姿は威厳とともに人を寄せつけない厳しさ、気高さ、美くしさ、を感じさせるものでした。しかし、美しい自然とのんびりとした風景が望めるなかで、チベット地域を支配している漢民族の数々の施策のなかから、現在置かれているチベット民族の苦悩を垣間見ることが出来ました。

 

トルコブルーに輝く聖なるヤムドゥク湖で

 

今年は毛沢東が1976年に亡くなって40周年でした。北京の天安門広場に大きな額が掲げられている「建国の英雄」の晩年は、大躍進政策により自国民数千万人を飢餓死と暴力と虐殺の地獄に突き落とし、その政策が間違っていたことを認め国家主席を辞任したことは無視され話題にもなりませんでした。しかし、影響が一番ひどかったチベット民族がその後も差別され続けている状況は今なお続いているのを実感した旅でした。

 

中華人民共和国内には自治区と呼ばれているものがチベット自治区以外にも、新疆ウィグル自治区、内モンゴル自治区、広西チワン族自治区、寧夏回族自治区など全部で5つありますが、新疆ウィグル自治区内でも度々問題が発生していることが報道管制の隙間から漏れ出してきています。ソビエト連邦がペレストロイカを契機として崩壊していき、その後、民族対立を通しながら数多くの国が独立していきました。現在、中国内では「チベット・フリー=チベットに自由を」という文字がデザインされたTシャツさえ着ることができませんが、チベット民族が消滅する前にチベットの人たちが自由にものが言える日がくることを願っています。