たっちゃんに会いに田沢湖へ

 

田沢湖畔に立つ「たつ子」像

 

今から30年ほど前に日本各地に残る古代遺跡を廻る旅をしていた頃、東北地方を廻った際に「たつ子」像に出会ったのは秋田県立美術館に寄ったおりだったように記憶している。エントランスに展示されていたその像は堂々としており、伝説の辰子姫という時代に合わない近代的な姿に驚くと同時にその姿の美しさに強烈な印象を受けた。美の象徴と称えられている女性にギリシャ彫刻「ミロのビーナス」像があるが、たつ子像は「ミロのビーナス」像に匹敵する日本の美女像だと思った。その像が田沢湖畔に金色の立像として立っているたつ子像の原像である。製作者は亡くなってしまったが東京藝術大学教授であり「長崎26聖人殉教記念像」の作者として有名な岩手県出身の彫刻家・船越保武さんである。現在、原像は1994年に横田市に開館した秋田近代美術館に館蔵されており一般公開はされていない。美術館に問い合わせると学術的研究等の理由を書いて申請すれば館蔵品を見ることが出来るとのことである。たつ子像との初めての出逢いから30年の年月が流れた。東北エリアの秋田県観光パンフレットには必ず登場する有名なたつ子像だが、なかなか会えないまま年月が流れていった。
 
 秋田駒ケ岳に登った後、田沢湖側に下山し田沢湖畔にあるレンタサイクルを借りて「たつ子」像に会うための田沢湖1周20kmのサイクリングに出発した。田沢湖はほぼ円形をしており「たつ子」像は丁度反対側の西岸・潟尻に立っている。レンタル屋に400円を払い時計回りで出発した。円形なので反時計回りでも構わないのだが、人の良さそうなレンタル屋は「周遊道路は結構坂があり、坂のある位置関係で体力のある前半に登りのきつい坂がある時計回りを勧めています」とのことなので素直に勧めに従っての出発であった。3段切換えのレンタサイクルのペダルを軽快に踏むと、雲ひとつない大空のもとで真っ青に反射している湖面の脇では黄金色に輝く稲穂が頭をたれ、コスモスやススキの穂が微風に揺れていた。

青い湖面と黄金色に輝く稲穂


 潟尻に立つたつ子像の場所にやってきた。その人は正午の日光に照らされて眩いまでの輝きで湖面に背を向けて立っていた。田沢湖と秋田駒ケ岳を背に立つたつ子像の脇で観光客が次々と記念撮影をしている。県立美術館にある原像も美しいと思ったがここに立つ金色のたつ子も実に美しい輝きを放っている。日光に光り輝く立像は言葉に代えることに出来ない本当に美しい姿だ。30年来想っていた「たっちゃん」にとうとう会えたのだ。

 ここで『辰子姫伝説』は次のように伝えられている。
「辰子は美貌のままいつまでもいたいという願いを抱きました。そして永遠の美が保てるという泉の水をむさぼり飲みました。とたんに天変地異が起こり、紺碧の湖が出現し、辰子は竜に変身して湖面へと消えてしまいました。それを聞いた母親が悲しみのあまり、持っていたたいまつをこの湖に投げたところ、それが魚になって泳ぎだしたといいます。」

 金色に輝くたつ子像に会ったあと自転車をこぎ出すと真っ赤な鳥居が立つ御座石神社に着いた。鳥居をくぐり神社にお参りしようと境内に入り、何の気なしに右側に立っている像を見ると何とここにも辰子姫の緑色の像が立っているではないか。金色のたつ子像に会うためだけに田沢湖畔観光の予備知識なしにサイクリングをしていたので本当にビックリした。ここにある辰子姫は下半身が龍に化身した像であった。観光のハイライトとして金色に輝く辰子姫に比べ訪れる人も少なく、なんと質素で素朴な立像なことか。同じ辰子姫の題材から日の当たる辰子姫と日陰の辰子姫に出会ったような気持ちになった。2人の距離は1kmと離れておらず、私は人生を見るような気持ちになりポケットマネーをお賽銭箱に入れ手を合わせた。

御座石神社境内に立つ辰子姫像

 

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