寿司鉄 その2

寿司を握る親父さん
2月28日 土曜日 晴れ その4
11時半に店に入った。店を訪れるのは4回目だった。今回は妻が一緒だった。いつものようにカウンター席に座ろうとしたら、妻はテーブル席がいいという。ビールを頼みながら、私は予定通り「ちらし寿司・並」を頼んだ。妻は「にぎり寿司・上」を頼んだ。私は今回から「握り」から「ちらし」に移ったのだった。
女将さんと先月の話しの続きをしていると、板場の後ろにある冷蔵庫を眺めながら「この冷蔵庫は店に合わせた手作りで、この店を閉めるときにどうしようかと思っています・・・」と言ったけれど、個人の寿司屋が少なくなっている現状を考えると、残念ながら立派な大型冷蔵庫を引き継ぐ人もいないのではないかと想われた。昔は漁師町の幕張には10軒近くの寿司屋があったが、回転寿司が出てきてからは次々に店をたたんでいったのだった。

お通しはヒラメの刺身(無料)
再び船橋市場のことを尋ねると、過ぎ去った遠くを眺めるように「この店を開いてからも夫は電車に乗って船橋市場に行っていたが大変なので、私が運転免許をとって市場に夫を送っていくと、市場のみんなが夫を待っているんですよ。夫は童顔だったので市場のいろいろの方が声をかけてきて人気者でしたね。田久保食堂には最初の先代の時に何度か入ったことがありましたよ」と、60年前のことが蘇ったようだった。人間の脳は、あるきっかけで瞬時に時空を超えて当時のことが鮮明に蘇るという素晴らしい機能を持っていることを実感した。

ちらし寿司(並)
ほどなくちらし寿司がテーブルに置かれた。中身は酢飯の上に刻み海苔が載り、具としてマグロ、ホタテ、カイヒモ、アジ、茹でエビ、アナゴ、カマボコ、ウリの粕漬け、レンコン、キュウリ、シイタケ、玉子焼き、ショウガが散らされていた。ちらしを食べながら、親父さんに「メニュー以外のものは何がありますか?」と尋ねると、「この店は昔ながらの寿司屋なので、揚げ物や焼き物はありませんけれども、要望があればメニュー以外の生もので酒のツマミはできますよ」とのことだった。まだまだメニュー表に沿って注文していこうと想うが、気が向いたらツマミをお願いしてみよう。

マダラのお吸いもの
初めて寿司鉄を訪れた妻に店の感想を訊くと、「店のなかは小綺麗で落ち着いていて、大人の時間が静かに過ぎていくようでした。女将さんも親父さんも適度な距離感で、こちらの話しのなかには入ってこないし、とても気にいりました。お寿司も美味しかったです。次も一緒に行きましょう」とのことだった。料金は私が支払ったのだが、ちらし寿司(並)、にぎり寿司(上)、ビール1本、徳利2本を合わせて4500円だった。
4月2日 木曜日 小雨のち曇り その5
11時15分に店に入った。3月下旬に訪れる予定だったが都合がつかずに4月にずれ込んだのだった。店を訪れるのは5回目だった。今回も妻が一緒だった。今回は妻が千葉市保育所の保母として働き出してから60歳で一度退職し、そのあと別の職場に移って今年の3月で退職した。「お疲れ様でした」の慰労の意味を込めて『寿司鉄』で昼食を摂ることにした。49年の長きにわたって働くことができたのは、個人の健康と努力はもちろんのこと、周りのサポートがあったからである。私は「ちらし寿司の上」を頼み、妻は「握り寿司の特上」を頼んだ。

ハランの葉は「毒消し」の効能があるという
カウンター席のつけ台には寿司皿としてハランの葉が置かれる。ハランはササの葉を大きくしたようなもので、「葉蘭」という名前で植物図鑑に載っており、1年中濃緑の葉を茂らせ、葉が「毒消し」の効能があるという。そのため仕出し弁当などに入れられていたが、最近では名残としてプラスチック製のまやかしが入っている。親父さんに訊くとハランは10枚単位で売られており、寿司屋によっては握った寿司を直接つけ台に置く店もあるが、ここではハランの上に置いているとのことで、冷蔵庫に入れておくと1週間は緑を保っているとのことだ。

にぎり寿司(特上)
83歳の女将さんの子どもは女がふたりだという。夫が亡くなったときはまだ小学生だったし、女だったので店を継がせることは考えていなかったという。私が「女性は掌が温かいから寿司を握るのには不向きなのですか?」と尋ねると、「そういうことを昔から言われていますが、そんなことは無いですね。男も女も同じです。昔から板場は男の人の場だったので女の人が少ないのだと思います」との答えだった。昔、私が神奈川県の相模原に住んでいたころに、女性の板さんに寿司を握ってもらったことを思い出した。
寿司ネタの魚介類の仕入れについて親父さんに尋ねると、「車で船橋市場に行って仕入れていて、自宅から1時間ほどの距離で6時前には市場に着く」ということだった。親父さんと話している途中に電話の着信があり、「ちらし寿司」4人前と「にぎり寿司」の注文が入った。
寿司の文化というものを考えてみると、今の日本は恵まれていて回転寿司に限らず、お金さえ払えば様々な料理が食い放題・飲み放題だが、個人の寿司屋に行けば、昔から腹いっぱい食べるのは野暮といわれていたように一人前の量というものが分かる。そういう粋な文化は、目が飛び出るような高額な寿司屋は別として、個人の寿司屋が消滅していくように廃れていくのだろう。妻はカウンターで食べると寿司が美味いという。口に入れたときに寿司飯がばらけて、とろけるようになくなるという。今日は写真を撮るために寿司が揃ってから食べ始めたが、次回からは寿司が出されたら間を置かずに食べていくと言った。

ちらし寿司(上)
私が頼んだ「ちらし寿司(上)」のラインナップは、酢飯のうえに刻み海苔が載り、ホタルイカ、アナゴ、ホタテ、マグロ、イクラ、茹でエビ、シイタケ、レンコン、キュウリ、カマボコ、玉子焼き、ウリ漬けというものだった。開店まもなくだったので私たちが初めての客だった。板前の親父さんや女将さんとも静かに話すことができ、ゆったりした時間を過ごすことができた。途中で入ってきた男性はなじみの客で、カウンターの右端に座ると、注文をすることなしにハランの上ににぎり寿司が置かれていった。私たちの会計はビール3本、清酒1本と合わせて6650円だった。
4月29日 水曜日 曇り その6
今回は11時半に店に入った。6回目の訪問になり、今回も妻と一緒だった。先客がカウンター席に1人、テーブル席に2人だった。カウンター席の中央に座ると、おしぼりが置いてあったので「この席に先客はいるのですか?」と、親父さんに尋ねると、「今、帰ったばかり」だという。寿司屋で酒を飲まない場合、お客は長尻しないので回転は早い。女将さんがおしぼりを持ってきて、直ぐにカウンターを拭いてくれた。

無料のお通しはアカガイのヒモだった
今回頼んだのは、私は「ちらし・特上」、妻は「握り・並」だった。お通しのアカガイのヒモをツマミにビールを飲みながら待っていると、妻の前のハランの上に置かれ始めたのは「握り・特上」で、私の前に置かれ始めたのは「握り・並」だった。オッと?!と思い、親父さんに注文の再確認をして、頼んだのは「ちらし・特上」と「握り・並」であることを伝えると、親父さんの勘違いだったことが分かったが、そのまま「握り・特上」と「ちらし・特上」でいくことにした。親父さんは「ふたりともに特上になりますが、いいのですか?すいません」と恐縮していた。妻は「握り・並」が「握り・特上」に変わったことで満面の笑み。ハランの上に置かれる寿司を、間をおかずに次々に口に入れるのだった。握り寿司の場合、板さんの握った寿司を直接手で受け取り、そのまま食べるのが最高の味とされている。

ちらし寿司(特上)
カウンター席の先客が女将さんと魚の話をしていたのが耳に残っていたので、刺身をツマミに静かに酒を口にしていた先客に「漁師さんですか?」と訊いてみると、魚屋だという。海水温が上昇したために今まで獲れていた魚が獲れなくなり、家業を閉めた仲間がいることなどを含め、北海道の沖合まで海水温が上昇し、獲れる魚が変わってきていることを話してくれた。地球温暖化とか異常気象とかが度々報道されているが、実際の魚屋の店舗でも影響が出てきているのが現実なのだ。
ちらし寿司・特上のラインナップは、ウニ、生エビ、カンパチ、イカ、アカガイ、マグロ中トロ、マグロ赤身、シイタケ、レンコン、キュウリ、カマボコ、玉子焼き、ウリ漬けというものだった。

もっこう紋
寿司鉄に掲げられている暖簾は「もっこう紋」が染め抜かれている。日本の10大家紋のひとつである。家紋は平安時代後期から使われ出したようで、武家の時代になると他家と区別する意味で盛んに使われ、「もっこう紋」は過去には織田信長の家紋として知られ、京都の八坂神社を始めとして全国の祇園神社の神紋としても使われている。私がネットで注文している秋田の地酒として人気の「田酒」も同じ「もっこう紋」である。女将さんに田酒の瓶のキャップを見せると、「私の家も結婚した相手の家も偶然同じに「もっこう紋」でした」といって、吊されている暖簾に手を伸ばしたのだった。

マダラのお吸いもの
今回は注文の行き違いから妻が美味しい目をみたが、握り特上、ちらし特上、ビール2本、燗酒2本で、会計は7500円だった。『寿司鉄』に行きだしてから半年になるが、まだまだメニューはあるので来月伺うのが楽しみである。