寿司鉄

 

寿司鉄の暖簾と入口

 

11月26日 水曜日 晴れ その1

幕張駅の西側・東京寄りの千葉県道57号線(千葉鎌ケ谷松戸線)に有名な開かずの踏切(第2木下街道踏切)があった。総武線快速、中央総武線、京成線の3路線が通過し、踏切脇の監視塔には駅員が常駐して踏切遮断器を上げ下げしていた。日常的に渋滞していた踏切だったが、2004年7月に開通した昆陽地下道により渋滞は解消された。その昆陽地下道の近くに 『寿司鉄』がある。私は幕張に住んで30年になるが、この寿司屋に入るのは初めてだった。店は私の自宅から歩いて10分ほどの所にあり、11時から開いているのだが、店内に客はおらず私が初めての客だった。70歳代と想われる親父さんに「どこに座ってもいいですか?」と尋ねると、「どこでもいいですよ」と返事があった。ひとりで来たのでテーブル席には座らずに、カウンター5席の左から2席目に座った。左壁に寿司のメニューが掲げられていた。頼んだのは瓶ビールと並寿司である。

 

お通しのイカゲソのブツ切りは無料だった

 

ビールを頼んだので、お通しとしてイカゲソのブツ切りが出てきた。ビールを飲み始めてまもなくスマホに着信電話が入った。ハウスクリーニングの仕事で外出中の息子からだった。店の外に出て話を聞くと、「案件の部屋に着いたが鍵番号のメモを部屋に忘れてきてしまったので教えてほしい」とのことだった。急遽自宅に戻る旨を親父さんに伝えると、「そのままにしておいていいですか?」と尋ねられたので、「そのままでお願いします。すぐに戻ります」と頼んで自宅に向かった。寿司屋から自宅までは急いで5〜6分だった。息子の部屋に入りメモを確認して鍵番号を伝え、再び寿司屋に戻ると、ビール瓶の栓には蓋がされて炭酸ガスが漏れないようにされており、握り寿司にはサランラップが掛けられていた。親父さんの細やかな心遣いだと思った。

 

寿司(並)のラインナップ

 

再度、カウンター席に座り直して、息子との顛末を親父さんに話していると、ハランの上の握り寿司の追加が出てきた。並寿司のラインナップは、カッパ巻き2巻、アナゴ、茹でエビ、ホタテ、マグロ赤身、キンメダイ、マグロ赤身、カンピョウ巻き2巻だった。寿司飯は大きめだった。感心したのはカッパ巻きだった。巻かれたキュウリが細長く切ってあり、口のなかで抵抗なくすっと溶けるような感じだったので、まさに職人の技だと思った。女将さんが出してきたお吸い物には、マダラの摺り身団子が入っていた。ユズの香りが効いていて、とても美味かった。

 

お吸い物にはマダラの摺り身団子が入っていた

 

ビールを飲みながら寿司を食べていると、 私と同年代と思われる男性が入ってきた。馴染みの客のようで注文しなくてもカウンターに置かれたハランの葉の上に次々に握り寿司が出されていった。その客と親父さんの最初の話しは、日曜日に終わったばかりの大相撲11月場所で初優勝した安青錦のことだった。

 

左壁に寿司メニューが掲げられていた

 

飲み物のメニューがなく、黒霧島焼酎が見えたので「日本酒は何が置いてありますか?千葉の地酒ですか?」と尋ねると、「秋田の高清水です。辛口と言われていますが、最近の酒は甘口ですからね」とのことだった。「高清水は私も飲んだことがありますよ。次に来た時は飲みます」と答えた。

 

寿司は長寿の司

 

カウンターの左端に置かれた三角形のスギ板に何やら文字が書いてあり、読めなかったので親父さんに「何と書いてありますか?」尋ねると「寿司は長寿の司、という文字を幕中の先生が書いてくれました。もう30年以上前のことですけれども」とのことだった。「私の娘も息子も幕中だったんですよ」と話しながら、こちらから話しかける以外は親父さんから話しかけてくることはなかったが、話しかければ穏やかな笑顔で答えてくれるのだった。30分ほどで食事が終わり会計を頼むと、並寿司が1400円、ビールが2本で1100円、合計2500円だった。リーズナブルな値段だと思う。これから1カ月に1回は訪れて壁に書いてあるメニューを全て食べてみようと想った。寿司鉄の営業時間は火曜日が休みで、他の曜日は11時〜14時30分と16時〜20時までである。土曜日曜も同じ営業時間でランチサービスはなかった。

 

 12月28日 日曜日 晴れ その2

2回目の訪問だった。今日は12時過ぎに店に入った。2つあるテーブル席の手前に若者グループがいて、女性ひとり男性ふたりの3人。奥のテーブル席に男性がひとり。カウンター席には入り口に近い右側に若い女性がひとり、合計で5人の先客があった。私は前回と同じにカウンター席の奥の左側から2つめの席に着き上寿司を頼んだ。店が混んでいたのでハラン皿に寿司が出されるまでに間があった。テーブル席の若者たちやカウンター席の女性も店に入ったばかりのようで、注文した寿司が出ていなかった。親父さんは注文された寿司を握っている最中だった。お通しは無料のホタテの刺し身だった。ビールを飲みながら寿司が出されるのを待った。

 

お通しはホタテの刺身だった

 

出された上寿司のラインナップは、イクラ、茹でエビ、イカ、赤貝、マグロ中トロ、カンパチ、マグロ赤身、鉄火巻き、お吸い物だった。ビールを1本飲んだあとは秋田の高清水の冷やを頼んだ。口に含みながらグッと飲みくだすと喉にしみる辛口だった。美味い。カウンター席に座っていると親父さんの手元がすべて見える。今日の上寿司にはカッパ巻きは入っていなかったが、カッパ巻を頼んだ客がいたので親父さんの手元を見ていると、家庭で千切りを作るときに使うスライサーなどは使わずに、包丁で器用にキュウリの細切りを作っていた。この細切りが口の中ではとろけるような感じとなるのである。

 

寿司(上)のラインナップ

 

高清水の2本目を追加し、寿司を味わいながら親父さんに、「お店の『鉄』という名前はどういう意味ですか?親父さんの名前が鉄平さんとか鉄五郎さんとかですか?」と尋ねると、親父さんは包丁の手を休めずに、「新橋鉄三さんという人が船橋市場で『鉄』という寿司屋を出していて、その名前をもらって支店として出したんです」と答えると、それを聞いていた女将さんが「支店じゃないよ」と語気を強めた。女将さんの語気に押されてしまったが、どういう経緯で『鉄』という名前にしたのか、次回訪れたときに再度尋ねてみよう。

 

店名の『寿司鉄』の由来は

 

カウンターの左に座敷があった。寿司を食べている最中に団体予約を受け付けていたので宴会が開かれるようだ。カウンター席の女性は帰り際に営業日を確認していた。親父さんは「年末は31日まで営業して、年始は1日から6日まで休み、7日から営業を開始します」と答えていた。女性は下調べだろうか?料金の1800円を支払って帰って行った。女性が帰って間もなく男性がひとり入ってきて、女性が帰った席に座った。私は50分ほどで店を出たが、テーブル席の若者たちと男性はまだ食事中だった。今日の支払いは3150円で、ほろ酔い気分で家路についた。

 

 1月24日 土曜日 晴れ 船橋地方卸売市場へ

 船橋地方卸売市場に出かけることにした。市場には30数年前に東船橋に住んでいた頃に訪れたことがあった。今回の目的は市場の食堂を訪ね、『鉄』という名前の寿司屋があったかどうかの確認である。ネットで検索すると現在は鉄という名前の寿司屋はなかった。市場へはJR船橋駅から歩くことにした。船橋駅から歩いて15分〜20分程度の距離である。船橋駅北口を出てJRの線路に沿って東に進み、船橋大神宮通りを左折すれば目的の卸売市場があった。

 

船橋地方卸売市場案内図

 

10時に市場に着いた。市場は水産物卸売場棟、青果物卸売場棟、関連店舗棟の3カ所に分かれており、水産物棟と青果物棟はプロの人たちが入る場所で、関連棟が一般の人たちも入ることができる。関連棟の1通路〜6通路までは食器類、花屋、肉屋、卵屋、駄菓子屋などごちゃごちゃしたものが売られていて、7通路と8通路が食道街になっていた。

 

田久保食堂に入って5点盛り刺身定食とビールを頼んだ

 

最初は7通路の『花のや』に入ろうと考えていたが、満席で外に待ち行列ができていたので、隣の三代目・田久保食堂に入った。田久保食堂にはお客は誰もおらず、私が初めての客だった。 メニューから5点盛り刺身定食とビールを頼んだ。フロア係の女性に寿司鉄のことを尋ねてみると、「私は最近この店に入ったので分かりません」とのことだったので、厨房内の50歳代と思われる女性に尋ねると、「1本隣の通りでお寿司屋さんの鉄がありましたけれども、ずいぶん前にお店を閉めましたよ」とのことだった。

 

TBSテレビの篠原梨菜アナウンサーのサインが目に止まった

 

店内を見渡すとTBSテレビの朝6時からの情報番組『THE TIME』で食レポをしている篠原梨菜アナウンサーのサインが目に止まった。本人の似顔絵イラストも貼られていた。さらに上に目を移すと同じTBSテレビの古田アナウンサーのサインと似顔絵イラストもあったので、三代目・田久保食堂を番組で放送したようだ。

 

8通路に行くと、『寿し処 ひしの木』があった

 

ビールの後に日本酒を頼むと、2合のチロリに日本酒を入れて出された酒はうまかった。食事代金は3080円だった。食事を終えたあと、田久保食堂の隣の8通路に行くと、『寿し処 ひしの木』があった。この寿司屋が鉄の場所だったのだろう。ひしの木にも外に待ち行列ができていたので人気店のようだった。

 

海老川の鷹匠橋からの桜並木の眺め

 

船橋市場で確認したいことは済んだので、帰りは船橋駅に戻るのではなく東船橋駅に向かうことにした。市場は船橋駅と東船橋駅の中間にあるのだった。東船橋駅に向かう途中で海老川沿いの桜並木に寄ってみた。私と妻の新婚時代は東船橋駅近くのアパートに住んでいた。40年ほど前のことだが、毎年、子どもたちの手を引きながら海老川沿いの花見にやってきていた。子どもたちは屋台でおでんやたこ焼きを食べ、私は鮎の塩焼きやモツ煮込みをつまみにビールや日本酒を飲んだのが昨日のように思いだされる。

 

紅梅の花がほころびだしていた

 

あれか40年近く経つと川沿いのサクラも大きく枝を伸ばし、まだ蕾は硬いものの3月下旬には満開の花をほころばせるだろう。その花のしたに屋台が並び、宴会が繰り広げられて大賑わいとなる時に再びやってきたいと思う。

 

1月28日 水曜日 曇り その3

3回目の訪問だった。11時半に店に入ると客はいなかった。私は前回と同じくカウンターの左から2席目に座って、ビールと特上寿司を頼んだ。ビールを飲みながら親父さんに船橋市場に行ってきたことを伝え、寿司鉄はずいぶん前に店を閉めたことを話すと、あの場所は寿司鉄が辞めたあと色々な寿司屋が入ったが長続きしませんでしたね、とのことだったので、この店との関連を改めて尋ねると、女将さんが詳しく話してくれた。

 

3回目の寿司鉄

 

 82歳の女将さんの話は、私の予想を超えるものだった。

「今の船橋市場は移転後のもので、移転前は現在の京成船橋駅とJR船橋駅の中間に市場がありました。その市場のなかに『寿司 鉄』があり、寿司鉄の味は県内では知らないものはいないほどで、千葉の大きな寿司屋からも教えを請いに来ましたが、親方はネタの話しは訊かれるままに話していましたが、シャリは寿司の命ですからシャリの味だけは教えませんでした。親方とマグロ卸しの親方が私の親のところにやってきて、親方の元で働いていた若者の嫁になってくれと私は頼まれました。若者は2枚目だったので私は結婚しましたが、あくまでも寿司鉄の味に惚れて結婚したと思っています。

 

今日のお通しはタコのぶつ切り

 

 市場が今の場所に移ってからも私と夫は『寿司鉄』で働いていました。寿司はシャリの味が命なので、親方に毎日シャリの味を確認してもらい、やっとOKがでたときは嬉しかったです。その味を今でも守っています。親方の娘夫婦は子どもに恵まれず、妹の娘を養女に取ったことを契機に暖簾分けという形で寿司鉄を出て、60年前に現在の幕張の地に新しく店を出しました。親方から『鉄』の暖簾分けをもらったのは、20数人弟子がいましたが私の夫だけでした。それだけ腕を見込まれていたのだと思います。

 

寿司(特上)のラインナップ

 

店を開いた当時はお客さんがたくさん来てくれて忙しく、夫は船橋市場まで電車でネタを仕入れに行ってましたが、大変なので私が運転免許を取って夫を毎日市場まで送り迎えをしていました。夫の握る寿司は綺麗でした。まな板には一粒の米粒も残さず、ネタを捌く手さばきや握りかたもよかったですね。寿司の値段は、今の値段の10分の1で並みが140円、上が180円、特上が280円でした。夫と一緒に20年間やっていましたが夫が亡くなってしまい、店をどうしようと考えていたときに現在の板さんと出会って、それから今まで40年間店に立ってもらっています。だからお客さんは私たちを夫婦と思っている方が多いのですが夫婦ではありません。

 

楊枝入れはカメ

 

 私は今、82歳で毎日配達のために車を運転していますが、来月に運転免許証の更新があり、それが最後の更新で3年経ったら店を閉めようと想っています。この店の暖簾の『鉄』は、私が親方から頂いたものなので他人に引き継ぐつもりはありません」とのことだった。「回転寿司が全盛の今日この頃では個人の寿司屋は大変ではないですか?」と尋ねると、女将さんは「最近はネットの写真を見て若者が結構来るようになっています」とのことで、前回日曜日に訪れたときにテーブル席に若者がいたことを思い出した。話し中に配達された寿司桶を返しに来た若い女性が来店した。

 

今日も美味かった

 

 話しが一段落したので日本酒の冷やを頼んだ。杯を運びながら下準備をしている親父さんに話しかけると、親父さんは白髪頭なので年配者のように見えるが70歳前だといい、女将さんとはひとまわり以上の年の差だという。外房線の大網から電車で通っているとのことだった。1回目に訪ねたときのカッパ巻きのキュウリが美味しかったことを伝えると、親父さんは「人によってはキュウリを大きめに切って歯ごたえのよさをいう人もいるけれど、私は細かく切った方が香りが立つのであのようにしています」とのことだった。今日頼んだのは特上寿司だったのでラインナップは、マグロ大トロ、タイ、マグロ中トロ、ウナギ、アカガイ、ウニ、生エビ、鉄火巻き、だった。お茶を飲んでから会計を頼むと3650円だった。又、来月末に来ます、と伝えて店を出たが今日も美味かった。

 

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