正倉院展を見に行く
瑠璃坏
第64回正倉院展が10月27日〜11月12日の17日間、奈良国立博物館で開催されるという記事を偶然目にしたので見学に出かけることにした。東大寺旧境内にある正倉院宝庫には、8世紀中頃の756年に聖武天皇が亡くなり、四九日法要で光明皇后が天皇の遺愛品を東大寺大仏に奉納したのが始まりとなり、楽器、鏡、衣装、仏具、などさまざまな宝物が収められている。その品々を一年に一度、虫干し点検をする秋の時期に合わせて正倉院展を開催しているわけである。第2次世界大戦後の1946年(昭和21年)に初開催され、これまでに東京国立博物館で3回、奈良国立博物館に移ってからは64回、合計67回開催されているとのことである。
私は土日の人ごみを避け、10月29日の月曜日9時の開館に合わせて博物館に出向いた。すると入口は既に長蛇の列である。その段階で入場までの待機時間は30分だとスタッフが伝えてくれた。展覧会は読売新聞が特別協力しているため、列の並びに正倉院展「特別号」のニュースが置かれており、それに目を通すことによって展覧会の概要が理解できるようになっていた。
今回の展覧会には正倉院宝庫には収められている9000件以上の品々の中から64件が展示された。入り口で利用料金500円の展示品説明音声ガイドを借りた。その音声ガイドには21件の説明が録音されており、注目の展示品は瑠璃坏、密蛇彩絵箱、螺鈿紫檀琵琶、木画紫檀双六局、銀平脱八稜形鏡箱といろいろあったが、私の興味を引いたのは、瑠璃坏、密蛇彩絵箱、螺鈿紫檀琵琶の3点であった。
瑠璃坏はガラス製のさかずきである。口径8.6cm、高さ11.2cm、という大きさで、驚いたのは口径の大きさだった。ビールの大ジョッキの口径があるのだった。説明によるとコバルト色のガラス部分がペルシャ付近で作られ、金属の脚部分は朝鮮半島で作られ合体されたものとのことだった。このような例は他に見当たらないという。瑠璃坏の表面には22個の輪がたの装飾が施されており、現代の作品といっても決して遜色ないデザインである。その作品がはるばるシルクロードを運ばれて8世紀前半には日本に到着していたという事実である。
密蛇彩絵箱は、黒漆塗りの木箱に白と橙色の顔料で鳳凰や雲や唐草模様が渦を巻くようにデザインされている。この作品も現代の作品だといっても全く違和感がないデザインなのだ。全く驚くほかはない。
螺鈿紫檀琵琶については、聖武天皇が実際に愛用したというもので紫檀という木材を使い貝と海亀の甲羅で作った花、鳥、雲などを埋め込む螺鈿という技術を使って装飾が施されている。この琵琶も実に見事なものである。
展示されている64件の品々を一応順番通りに見ていくわけだが、展示されている作品の模様や書いてある文字が小さいので、それを注意深く観るために作品の前に止まって見る人が多く、見学者の流れはしばし停滞を余儀なくされる。特にひどかったのは螺鈿紫檀琵琶のコーナーで、本来ならば一方方向に流れるべき見学者の流れが反対側からもあり、おまけに琵琶に施されている螺鈿の装飾が細密なため止まって動かない見物者がおり、おしくらまんじゅうの身動きできない状態であった。瑠璃坏については近くで見たい人と離れてもいい人の2種類の列に並ぶという方法が取られていたため混乱はなくスムーズな流れだった。私はもちろん近くで見る列に並んで見学した。瑠璃坏は4方ガラス面の展示ケースに入れられており直近50cm程の近さで見学することができた。
展示されていた64件の宝物見学を終え、お土産コーナーで瑠璃坏を形どったしおりと緑に染められた麻に金色の刺繍が施されたブックカバーを妻へのお土産として購入した。会場の外に出ると11時だった。入場口は相変わらずの長蛇の列であった。私は昼食のために近くの東大寺門前にできた「夢風ひろば」というお食事・お買い物・ご休憩場所に出かけ「喜庵」という蕎麦屋に入った。鳥蕎麦とビールを頼んで2000円だった。天婦羅も蕎麦も美味かった。色づき始めた奈良公園の落ち葉の下で角を切られた鹿が静かに佇んでいるのが絵葉書のようだった。