美味かった草餅(向島)
向島・鳩の街商店街
BSジャパンチャンネルで日曜20時から『高田純次の年金生活』という番組を放送している。サブタイトルは「テキトー男の楽しい老後」となっており、番組内容は高田純次が女子アナウンサーとともに色々な場所をぶらつきながら物珍しいものを紹介し、かつ体験していくという今はやりの散歩番組である。サブタイトルに老後とついているように、十分持ち時間のあるお年寄りがあまりお金を使うことなく楽しめるところを紹介しようというものだ。私は毎回録画をしながら見ている。散歩番組の元祖であったチイさんは残念ながら亡くなってしまったが、テレビ各局とも街歩き的な番組は結構多い。
私の自宅近辺の散歩コースはバードウォッチングを兼ねての花見川沿いが殆どであるが、都内の名所旧跡や美味いものを食べる散歩もいいなと思い、書店で『大人の遠足BOOK―東京 下町・山手ウォーキング』という本を買った。本には都内23区を気ままに歩く50コースが紹介されている。1年は52週なので1週間に1コースを歩けば1年間で全てのコースを楽しむことができる計算となる。各コースの所要時間をみてみると最短で50分、最長で5時間30分というところだ。私の自宅から各コースの出発点には1時間から1時間30分あれば到着するので1日の散歩コースとしてはピッタリと判断した。
早速12月中旬に「向島百花園から浅草へ、古社寺と昭和の香りを訪ねて」という横丁や路地裏歩きに出かけた。紹介されているコースは東向島駅から浅草駅方向となっているが、私は乗り継ぐ路線の関係から逆コースで歩くことにした。地下鉄都営浅草駅を降り吾妻橋を渡ろうとすればアサヒビールの有名な金色雲とビールジョッキのモニュメントが迎えてくれる。その背景に聳え立つのはご存知の東京スカイツリーだ。青空にニョキッと立つ姿も馴染んできた風景となった。本所亀沢町で生まれた勝海舟銅像の横を通り隅田公園から見番通りを北に向かいそぞろ歩く。本通りではないので交通量も少なく歩きやすい。見番とは芸妓さんたちの組合のことである。
三囲神社の境内に入ると黄色の銀杏の葉が絨毯を敷き詰めたように散った境内で3人の方が落ち葉を掻き集めていた。かたわらに「マナーの悪さが目立つため銀杏の実を拾うことを禁止します」という立札が立っていた。いやはやなんとも。私も今年は地元の幕張中学校でずいぶん銀杏の実を拾った。ギンナンは鬼皮を剥くのが結構大変なのだが、私は1週間ほど水に浸し鬼皮が崩れてきた頃にビニール手袋をはめ、金属製の野菜笊に擦りつけながら鬼皮を剥がした。剥き出したギンナンを天日で干し自治会役員たちに分けたり、自宅での忘年会に炊き込みご飯を作り中々好評だった。三囲神社は狭い境内に本殿をはじめとして七福神の大黒様と恵比寿様、こんこん狐の稲荷社や句碑が配置されていたが、びっくりしたのは三越の創始者が神社と関係している縁で池袋三越の玄関前に置かれていたシンボルマークのライオンの銅像が移設されていたことだ。1頭だけなので狛犬のように左右対称には置かれていなかったが大きな口を開けて本殿の横に佇んでいたので頭を撫でてやった。
見番通りを更に進むと「見番通り」の名称のもとになった「向嶋墨堤組合」の建物の前に来た。見番(組合)には現在も100名ほどの芸妓さんたちが登録しているという。組合会館前に掲示されている見番沿革を読んでいると和服姿の20代の芸妓さんとおぼしき女性が前方から歩いてきて組合会館の中に姿を消した。その後ろ姿を見てなるほどと妙に納得したのである。やがて道の名前は「墨堤通り」と変わり交通量が増えてきた。途中で右折して路地に入り込むと、そこは紅白の提灯が吊り下がり、車がやっと通れる幅3mの「鳩のまち商店街」。商店街が出来たのは私が生まれた年である1948年とあるので64年前の誕生となるが、2軒のうちの1軒はシャッターを降ろしているという典型的な裏寂れた商店街であり、時代の波に乗り遅れたというか、発展のしようがない昭和の街・庶民の街の姿がそこにあった。
墨堤通りに戻り、今回の目的の一つである『じまん草餅』に向かう。創業明治2年という老舗草餅屋である。小さな店構えであったが先客が一人いた。私は妻へのお土産にあん入り草餅とあんなし草餅をそれぞれ2つ買った。帰宅して夕食後に妻と一緒に食べたが4個の草餅はきちんと経木に包まれており、さすが老舗の草餅屋だと思った。あんなし草餅は真ん中が凹み、その場所に白密をつけたりきな粉をまぶして食べるむねの栞が入っていた。実際に食べてみた。もっちりした感触と餡の甘味がほどよく美味かった。添加物を含まず遺伝子組み換え大豆も使っていないという草餅は微細のヨモギの葉が感じられる深緑の色も良かった。また食べたい草餅だ。
予定していた散歩コースも終盤となり向島百花園に入園した。12月のため園内で咲いている花は少ないが、それでも僅かに咲いている山茶花の白い花や南天の赤い実を眺めながら静かに小鳥の囀りを聞いていると心がホッとするのは事実である。園内を一周して出入り口近くの茶屋まで戻って来ると、メニューのお茶セットの横に日本酒のワンカップや缶ビールが売られていたのにはちょっとビックリした。普通、園内では禁煙および酒類の飲食は禁止なのだが、ここは随分洒落ていると思った。昼食を東向島駅近くにある創業大正4年という『レストラン鳩屋』で、97年前から延々と受け継いできた味はどのような味なのか味わってみたいと思って向かったのだが、店の前まで来たら無情にも「火曜日定休」の表示が出ており誠に残念至極であった。メニューのエビフライとスパゲティの写真を横目に見ながら東向島駅に引き返したのである。ああ残念!