散歩9:大正時代の洋館が残る街・稲毛

 

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稲毛に保存されている旧神谷伝兵衛稲毛別荘

 

 11月の連休中に散策マップを片手に妻と一緒に稲毛に出かけた。稲毛は幕張から近く、稲毛公園にある浅間神社は子ども達の成長や家内安全を願って新年の初詣や夏の例大祭に度々足を運んだ場所である。今回の散歩の目的は東京浅草にある神谷バーの元を創った日本のワイン王と呼ばれていた明治・大正時代の実業家であった神谷伝兵衛の旧稲毛別荘が「市民ギャラリー・いなげ」に併設されているのを訪ね、帰路でせんげん通り商店街で秘密の酒である電気ブランを買ってくることにあった。

 

 稲毛海岸は明治21年(1888年)に千葉県の第1号の海水浴場に指定され、以後、潮干狩りや海水浴場としてのリゾート地として発展したという。京成稲毛駅を降り裏通りに入って黒松が逞しく育っている稲毛公園にやってくると、野球で遊んでいる高齢者のグループがいた。中には女性も含まれているが、年齢はいずれも私よりも高齢に思われた。芝生の広場で午前中は子ども達も遊んでいないため、本来は野球禁止であろう広場で伸び伸びとプレーを楽しむ姿が若々しく思えた。稲毛公園の黒松は今では埋め立てのために海岸線は遥か南に後退しているが、かつての防砂林として植えられていたものである。黒松の中には根の部分の砂が流され表面に出てしまった「根上がりの松」もあり、1983年に「21世紀に引き継ぎたい日本の名松100選」に選ばれていた。

 

その黒松林の斜面の中に目指す旧神谷伝兵衛稲毛別荘は建っていた。旧別荘は千葉市で最も古い鉄筋コンクリートの建物で大正7年(1918年)に建てられ関東大震災にもびくともしなかったという。現在の「市民ギャラリー・いなげ」の敷地に、かつては木造建築の本館が建てられており、その横に来賓用に建てられたものが旧別荘として残っているわけだが、館内が無料公開されていたので来館簿に記入し入館した。1階は洋間で2階は日本間だった。1階洋間の床は寄木張りで天井からシャンデリアが吊るされていた。絨毯が敷かれた上にテーブルと4脚の椅子とソファーが置かれていた。左手に暖炉が造られ緑の絵タイルで飾られていた。1階は応接室という位置付けだったのだろうと思った。赤い絨毯が敷かれている螺旋階段をゆったり登っていくと、階段の途中の花台には花瓶が置かれ、庭に咲いていた小さな赤い花が活けられていた。

 

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旧神谷伝兵衛稲毛別荘1階洋間

 

 2階は広々とした感じを受ける日本間である。床柱には葡萄の木が使われていた。私は葡萄の床柱を見るのは初めてで、床柱にするほどなので葡萄の木は太く、捩れや表皮が独特の感じを醸し出していた。天井は杉や竹を使った格天井だった。主室の欄間には透かし彫りで3羽と8羽の鶴が舞っていた。右側の付け書院の欄間にも透かし彫りの葡萄、蜂、蜻蛉がはめこまれていた。障子の下飾りには、山水、獅子、麒麟、松、牡丹などが蒔絵で描かれており見事なものだ。左側の付け書院は神谷伝兵衛に関する年表や関連写真、かつての稲毛海岸や浅間神社の写真、ポスターなどが掲示されていた。隅々まで気を配った造りだと思った。畳の中央に座り当時の海を見渡せる黒松林の中で静かに過ごせた別荘生活を思い浮かべた。

 

 1時間ほど館内を見学した後、併設されている「市民ギャラリー・いなげ」で水彩画個展と水墨画展が開催中なので入ってみた。1階に展示されていた水彩画はベルギー各地を題材としているもので、石造りの街並みや人々が描かれていたが、20枚ほど展示されていた絵の中に自然を対象とした絵は1枚もなかった。画家の眼が建造物と人物に向かっていたものと思われた。私は題材に自然を描いたものを好むのであまり興味が持てなかった。

 

2階の水墨画展に入ってみると50枚ほどの絵が展示されていた。千葉県水墨会所属の「あゆの会」会員の作品展示だった。私は4月から水墨画教室に月2回通って基礎を学んでいる最中だが、展示されている作品を見るといずれも熱の入れ方が作品から湧き出てくるのを感じた。自分が基礎とはいえ墨をすり筆で描くことを体験すると、展示してある作品は凄い労力を傾けて制作しているのが分かるのである。私が注目した作品は、剣岳を描いた「聳え立つ岩峰」、上高地の明神岳を描いた「涼風明神岳」、北海道の駒ケ岳を描いた「大沼国定公園・駒ケ岳」の3点だった。説明員として「聳え立つ岩峰」や「涼風明神岳」を描いた木村由夫さんがいたので色々質問をしてみた。木村さんの水墨画歴は10年を超え、毎週1回教室に通っており、絵筆は毎日握っているという。木村さんの作品は、さもありなんというものだった。妻はフランスのパリの石橋を描いた「シャンボールの石橋」が最も気に入ったとのことだった。この作品は物凄く緻密な絵だった。ひと眼見て製作時間が長く神経の疲れる労力を必要とする作品だった。作者の鈴木さんは5枚の作品を展示していたが、いずれも白黒写真のような緻密な作品だった。

 

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浅間神社にお参り

 

 市民ギャラリーを出ると七五三のお祝いの家族連れで賑わう浅間神社に向かった。はしゃいでいる子ども達を見ていると、もう20年前のことであるが愛や大の七五三のお祝いを思い出してしまった。2人の子ども達も成人し、それぞれが東京で一人暮らしをしている。年月が経つのは早いものだ。

 

 京成稲毛駅前の並木酒店に電気ブランを買うために入った途端、店の奥から出て来た女将さんが私の顔を見るなり「電気ブランですね」と言ったのにはビックリした。アルコール度数40度、720mlの値段は1150円だった。並木酒店を出てJR稲毛駅までの散歩の途中で如何にも街中の大衆的蕎麦屋という風情の店構えが目についたので入ってみた。奥のテーブルでビールを飲んでいる男性2人とお爺さんと孫が食事中だった。私達は入り口近くのテーブルに着き、天婦羅そばと日本酒を頼んだ。出された天婦羅は大きめの海老天が2匹、野菜が5種類もあり蕎麦も腰があり美味かった。昼から飲む酒と蕎麦は実に美味いものだということを再認識させてくれた稲毛の散歩だった。

 

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