巣穴からクマゲラのオスが顔を出した

 

巣穴からクマゲラのオスが顔を出した

 

 5月8日(2日目) 木曜日 晴れのち曇り

宿泊している『ぐりーんひるinn』では利尻山登山をする人に対して、登山口まで車での送り迎えサービスをしている。今回の旅の宿泊予約を、メールでやりとりしているなかで、オーナーがお客を登山口まで送っていく時に、クマゲラが巣作りをしているのを見たという情報が入った。巣はあまりにも車道のそばなので驚いたとのことで、私が利尻島に着くまでクマゲラが巣にいればいいのですが、とのことだった。クマゲラの巣を偶然発見したという連絡を受けたものの、その後の状況によってはクマゲラが巣を放棄してしまったかもしれないので、現場で確認するまではクマゲラのいる確率は50%と考えていた。

 

霧の中から朝日に当たる利尻富士

 

登山口まで送る車の出発は4時45分である。今朝の日の出は4時14分だった。4時30分に玄関に降りて行くと、霧の中から朝日に当たる利尻富士が現れた。昨日は夕ご飯を摂っていた19時ころから霧が発生しており、天気予報では宗谷地方に濃霧注意報が発令されていた。

 

巣は道路から1mぐらいの距離にあった

 

宿を4時45分に出発し、オーナーにクマゲラの巣まで案内してもらうと、巣は道路から1mぐらいの距離にあった。幹の太さは約30cm、巣穴の高さは5m、縦15cm、横10cmの楕円形をしており、巣穴からクマゲラの特徴ある頭の赤い帽子がチラッと見えた。交通量が増えてきたにもかかわらず、クマゲラは巣穴を放棄しなかったのだ。期待できそうだった。

 

道路側から見たササ藪のなかの観察テント

 

5時に巣から30mほど離れたところに自作の迷彩観察テントを立てて待機することにした。巣穴から顔を出すクマゲラのオスを撮影できた。20分ほどすると車で早朝巡回していた地元のネイチャーガイドがやってきた。ガイドは「今は抱卵が始まるかどうかという重要な段階です。この場所では道路を通行する車から丸見えで、巣の位置が分かってしまうので藪のなかにテントを移してください」と頼まれた。「私がテントを張る場合は・・」と案内されたササ藪の中にテントを移した。テントは巣から40mほど離れた。

 

ササ藪のなかの観察テントから巣穴を見る

 

6時になるとキューというような声が聞こえたので巣穴の方を見ると、クマゲラのメスが巣を覗いていた。早くもシャッターチャンスがやってきた。クマゲラ探索1日目にしてクマゲラに出会い、撮影も出来たので目的を達してしまった。実にラッキーだった。

 

巣穴から外を窺うクマゲラのオス

 

再びガイドが監視テントまでやってきた。今度は望遠レンズを携帯し、双眼鏡を首に掛けていた。「今メスが巣に入りましたが、通常はオスが朝まで抱卵したあと、交代でメスがすぐに巣に入るのですが、今回はメスがすぐに入らずに何か異変を感じているようでした。この場所は午前中は逆光となって撮影には向かないので、午後になれば順光になりますから、その時間に来てください」とアドバイスを受けたので、テントはそのままにして他の鳥のバードウォッチングに出ることにした。

 

巣穴を覗くクマゲラのメス

 

観察テントから出て北麓野営場に向かっていると、再びガイドと出会ったので、私が「NHK−BSで放送した『にほん百名山』の利尻山登山のガイドをした人ではないですか?」と訊くと、「そうです。渡辺です」と答えたので、「私はその放送を見た」と伝えると、渡辺さんはクマゲラの詳しい生態を教えてくれた。

 

周りを窺うクマゲラのメス

 

渡辺さんは「オスは1年中半径1kmほどの縄張りを持って生活しており、子育て時期になると他のオスやメスが縄張りに入っても、前年と同じメスでないと追い出してしまい、毎年同じカップルで子育てをするという。今回の巣穴は今年掘った穴で、昨年まではもっと奥の巣で抱卵していたカップルで、2年続けて無精卵だったので雛は孵らなかった」とのことだ。

 

巣穴を覗くクマゲラのメス

 

「今回の巣穴は4月8日からミヤマハンノキの木に穴を掘り始め、木が堅いために巣はなかなか完成せず、朝になると木屑が下に落ちているので、それを登山者や地元の人にわからないように掃除していた。巣が分かってしまうと見物の人たちで騒がしくなり、親が巣を放棄してしまうからだ」という。

 

巣穴を覗くクマゲラのメス

 

「昨日か一昨日に初めての卵を産んだので、1日にひとつずつ卵を産んで温めに入り、夕方になるとオスが巣の中に入って、一晩中朝方まで卵を温め続ける。夜が明けて5時45分から6時ころにメスがやってきてオスと交代し、そのあとは2時間交代ぐらいでオスとメスが入れ替わって抱卵を続ける」とのことだ。渡辺さんは「この巣の他に5か所の巣を確認しており、そのうちの3か所で抱卵が始まっている」という。

 

周りを窺うクマゲラのメス

 

「観察中にキーンという警戒音が聞こえた場合は、すぐにその場所を去らないと抱卵を放棄してしまうので、その点を十分注意しながら観察してください」とアドバイスを受けた。渡辺さんはポケットからスマホを取り出し、自分が確認した巣の状況を日にち入りで整理していたのを見せてもらった、やはりネイチャーガイドの仕事をしているため、ひと目で分かるように整理しておくのは重要なことだと思った。

 

残雪の上でゴジュウカラが菜食していた

 

観察テントには午後に戻ることにして、ポン山の方に出かけることにした。北麓野営場の手前で残雪の上でゴジュウカラが餌を探していた。ゴジュウカラとは1年ぶりの再会だった。ゴジュウカラの身体はずんぐりしていて、黒の眼過線がある特徴ある顔をしている。野営場ではアカゲラが木を叩いている音が聞こえたが、樹冠の方で叩いていたために撮影することはできなかった。

 

まだオープン前の北麓野営場

 

北麓野営場から甘露泉水まで歩いて行く途中で、北海道警察山岳救助隊の若い隊員に会った。「山登りですか?」と尋ねると、「昨日の登山者がピッケルを忘れてきたと連絡が入ったので、それを探して持ち帰りました」と言ってピッケルを抱いていた。なぜ登山者は自分で忘れたピッケルを探しに行かないのか!ご苦労なことである。

 

日本名水百選の甘露泉水にきた

 

私は登山者ではないが、隊員に登山道の状態を尋ねると、「この先からすぐに雪が残っていて、頂上あたりはカリカリに凍っていますが、中間地点がグズグズになっており、雪を踏み抜くと想わぬ捻挫や骨折をする場合があるので十分に注意してください」とのことだった。お礼を言って別れた。

 

美しい鳴き声のミソサザイ

 

甘露泉水に来て自撮り設定していると、近くからミソサザイの美しい鳴き声が聞こえた。5mほど離れていたが、さえずっている姿を撮影することができた。ミソサザイは焦げ茶色の地味な色をした小さな野鳥だが、歌声は澄んで美しい。

 

登山靴にチェーンスパイクを装着した

 

3合目の甘露泉水を過ぎると登山道は雪に覆われていた。昨年とは大違いだった。チェーンスパイクを登山靴に装着し、4合目の野鳥の森まで登ってみることにした。

 

クマゲラが穴を掘った跡が残っていた

 

甘露泉水から少し登り、渓流にかかる乙女橋を渡った左側にクマゲラが穴を掘った跡が残っている。登山道から5mの近さである。この木はアカエゾマツのようだ。渡辺さんが言っていたが、アカエゾマツはクマゲラにとって掘りやすい木だという。だからだろうか巨大な1mはあると想われる縦穴を掘っているのも目についた。

 

4合目の野鳥の森に着いた

 

8時30分に4合目の野鳥の森に着いた。標高は390mである。しばらく休んでからU ターンすることにしていたが、まだ針葉樹が続いていたので、もう少し登ってみることにした。

 

4合目半でますます雪が多くなった

 

しかし針葉樹が切れる4合目半あたりまで登ってくると、冬山の様相を呈して、ますます雪が多くなってきた。クマゲラが棲む森ではなくなったので、ここから引き返すことにした。振り返ると平べったい礼文島が見え、鴛泊港から稚内港に向かうフェリーが出て行くところだった。

 

太陽の熱が伝わり根元の周りが融けていた

 

利尻山登山の夏道は間違えることがないのだが、雪が積もっていると登山道に目印テープなどないので、なかなかルートを探し出すのが難しい。道がわからなくなるとGPSを確認しながら歩いた。木に太陽の熱が伝わり、根元が丸く融けているのが見られた。春はもうすぐそこまでやってきているのだ。

 

ザゼンソウが茶色の苞を開かせていた

 

ポン山分岐まで降りてきたので、ポン山に向かうことにした。ハイキングルートは南側についているので雪は融けていた。登山道の真ん中にミズバショウの仲間のザゼンソウが茶色の苞を開かせ、苞のなかに黄色い小さな花が見えた。形はミズバショウとそっくりである。小ポン山分岐を左に折れて山頂に向かうと、こちらでも雪がたくさん出てきたので、歩いた人の足跡を探しながら登っていった。

 

ポン山の山頂に着いた

 

11時にポン山の山頂に着いた。頂上からの見晴らしは最高である。ここから眺める利尻富士も素晴らしい三角形をしている。空は晴れ渡り強い風が吹いていた。

 

礼文島が細長く見えた

 

反対側には礼文島が見えたが、島の上に細長く雲がかかり姿はかすんでいた。朝食と昼食を兼ねたおにぎりを食べて休憩することにしたが、風が強いので体が冷える。山頂で休憩していると男性ハイカーが登ってきたが、利尻富士の写真を撮ると風が強いためにすぐ下山してしまった。

 

雪が残る登山道脇の蕗の薹

 

私も山頂で20分ほど休憩して下山することにした。登山道の脇に蕗の薹が出ているので、宿に戻ったら茹でて酒のつまみにすることにして5本採った。

 

クマゲラが棲む原生林

 

身体が冷えてしまったので、甘露泉水のそばにある東屋まで降りて日向ぼっこをしていると、やはりミソサザイがやってきて歌っていた。ミソサザイは渓流沿いに棲む野鳥なので、甘露泉水の流れ沿いに自分の縄張りがあるのだろう。

 

巣穴から身を乗り出すクマゲラのメス

 

観察用テントには15時に戻った。5分ほどすると巣穴からメスが顔を出し始めた。オスと交代の時間かなと想ってメスの撮影をしていると、突然メスが巣穴から飛び出した。まもなくオスがやってくるだろうと想ってかまえていると、運が悪いことに道路清掃車が大きな音を立ててゆっくりと巣穴の前を通過した。

 

すでにオスの体半分が巣穴に入っていた

 

清掃車が通り過ぎると間を置かず、すぐにオスが巣穴に飛び込んだのだった。あの清掃車の騒音では、オスもすぐには来ないだろうと油断していたので、カメラを構えた時はすでにオスの体半分が巣穴に入っていた。失敗だった。今回はメスが巣穴から顔を出しているのは撮れたが、オスが巣に入るのは撮れなかった。

 

オスが周りを気にしているようだった

 

渡辺さんは「日没時が一番撮影に向いている」と言ったのだが、オスが巣穴に入って1時間過ぎた16時15分に巣穴から頭を出し、何やら周りを気にしているようだったが、すぐに引っ込んで飛び出すことはなかった。巣穴に陽が差すようになり、穴の周りが明るくなってきた。

 

水色のエゾエンゴサクの花

 

17時まで待ってメスが交代にこなければ、観察ポイントから歩いて20分の利尻温泉発17時25分のバスで宿に帰ろうと思った。結局17時になったけれどメスは現れず、今日はこれまでと観察を終了した。観察テントはそのままにし、雨が降り出したのでバス停まで歩く間に結構濡れてしまった。

 

歌うミソサザイ

 

 今日の同室者は連泊の横浜から来た60代と想われる人だった。大学時代は山岳部で山に登っていたので利尻岳に登ろうと思ったが、とんでもない雪山だった。昨夜は居酒屋へ出かけて帰りは遅かったようだ。明日は礼文島に向かったあと1泊してから札幌に寄り、サザンオールスターズのコンサートを観るとのことだ。大学時代からサザンのファンで、いつも曲を聴いていた。サザンも年の関係でコンサートも直になくなるだろうから、是非観ておきたいとのこと。礼文島ではウニが食べたいと言っていた。

 

今日の夕ご飯(5月8日)

 

宿に戻るとすでに夕ごの幕の内弁当は届いており、冷奴、ニシンの菜の花漬け、ハンバーグ、焼売を足してサッポロクラシック500ml、サッポロ極ゼロ500ml、夕張の地酒 特別純米 まる田のラインナップだった。ビールは昨日500mlを6本ずつ買ったので、毎日同じラインナップだ。

 

巣穴から顔を出すクマゲラのオス

 

今日1日を振り返ると、クマゲラ探索初日にしてクマゲラに出会えて写真も撮れた。偶然だったがネイチャーガイドの渡辺さんとの出会いが大きかった。クマゲラの生態と観察ポイントを教えていただき、実にラッキーな1日だった。利尻富士を眺めながら乾杯。今日も月が綺麗に見える。今月の満月は13日の火曜日なので晴れるといいな。

 

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