『奥多摩むかしみち』を歩く
奥多摩湖(小河内ダム)からJR奥多摩駅まで約10kmの旧青梅街道が『奥多摩むかしみち』としてハイキングコースに整備されている。10月中旬に紅葉には早いと知りつつ歩いてみた。
JR東日本が配布している『小さな旅』パンフレットの「おすすめハイキングコース」ではスタートをJR奥多摩駅、ゴールを奥多摩湖畔の「水と緑のふれあい館」にしてある。私はハイキングのゴールを奥多摩駅近くの天然温泉「もえぎの湯」としたためスタートを逆に奥多摩湖にした。
JR奥多摩駅前は快晴の土曜日とあって臨時バスが出されハイキングに向かう人たちで大賑わいだった。私は改札口を出たところのテント内で売られていたまんじゅうを2個買った。まだ温かい作りたてのまんじゅうだった。このまんじゅうは昼食に左の写真に掲げる「惣岳渓谷」の大岩に腰掛けて食べた。小豆餡が入った大きなまんじゅうで満足満足の味だった。綺麗な空気を胸一杯吸い込み清流のせせらぎを聞きながらゆっくり過ごす時間は精神のリフレッシュにはもってこいである。
JR奥多摩駅から臨時バスに乗って奥多摩湖まで行った。紅葉にはまだ早く周りの木々は緑が多いが、時たま黄色や赤に色づいた木が目に留まる。風が全くないため湖面は鏡のように平らであり遠くの山々が霞んで見える。パンフレットを参考にしながら、むかし道を歩き出す。同じバスに乗った15人ほどが先行して「むかしみち」を歩いているはずだ。私は静かな山道を歩こうと思った。先行者に追いつかないようにいつもよりゆっくりしたペースで歩くことにした。
「むかしみち」は昔の生活道路であるから当然のことにいくつもの集落を通って奥多摩駅まで続いている。途中の案内板によれば人ひとりがすれ違うのも厳しい細い個所もあったという。現在でも道幅1mほどの細い道がいたるところに残っている。旧青梅街道は甲州裏街道とも呼ばれ、小菅から大菩薩峠を越えて甲府に続く道であり多摩川の流れに沿いながら続いている。家々は山の南斜面にへばりつくように建てられている。狭い畑も斜面だ。以前テレビで斜面に作られた畑での農作業場面を見たことがあるが平地の作業に比べて重労働だ。耕した土を下に落とすわけにいかず全て上に持ち上げながらの作業となるのでとっても大変なのだ。
ハイキングコースを歩いていると、ときたま今は廃線となっているが小河内ダム建設資材を運んだ鉄道軌道やトンネルに出くわす。左の写真もそのひとつの高架橋である。鉄路もそのまま残されている。高架橋には保護柵がないので上がって下を覗き込むとちょっと怖い感じだ。トンネルもたくさん残されており立ち入り禁止の看板やトラロープが張られているが、ハイキングの人たちは自己責任を前提として立ち寄っていく人が多いらしく、踏み跡がたくさん付いていた。私もいくつかのトンネルに入ってみた。高架橋から周りの景色を見渡しもした。いい眺めであった。
奥多摩エリアの紅葉は11月中旬から下旬が最も映える時季とのことである。最近は地球温暖化の影響を受けて紅葉時季も全体的に下がっていく傾向にある。
10kmのコース中に2か所吊橋が架かっている。「道所橋」と「しだらく橋」という名前だった。いずれの注意書きにも「1度に渡る人数は5人まで」という警告が示されているが、立派な鉄の吊橋なので10人や20人渡っても大丈夫のように感じる。「しだらく橋」の下が「惣岳渓谷」と呼ばれている場所で今回のコース中では一番のビューポイントだった。吊橋を渡り、橋の袂から河原に降りた。石が濡れており、とても滑りやすかったので十分注意しながら降りた。吊橋上から見下ろす川の流れと、川岸から見る川の流れとは視点が違ってくるので雰囲気が変わる。5分ほど川の流れの中に魚影を探してみたが確認することはできなかった。夏に水中眼鏡をかけて潜ってみればどのくらい魚がいるかわかるが、小河内ダムから放流されてくる水なので冷たいだろうなぁと想像する。
コース中に民間伝承や名勝には奥多摩町教育委員会の説明板が掲示されている。ざっと見てきただけでも「青目不動尊」「浅間神社」「道所橋」「川合玉堂歌碑」「むし歯地蔵」「牛頭観音様」「馬の水飲み場」「しだらく橋」「惣岳渓谷」「縁結びの地蔵尊」「がんどうの馬頭様」「惣岳不動尊」「いろは楓」「耳神様」「弁慶の腕ぬき岩」「白髭神社と大岩」「さいかち木」「馬頭観音」「羽黒坂」「羽黒三田神社」などだが、説明板を読んでいるとなるほどなぁと思うものもある。
たとえば「むし歯地蔵」には、「その昔、村の人々は歯が痛くなってもどうすることもできませんでした。煎った大豆をお地蔵さまに供えて、ひたすら一心に祈るのでした。すると奇態に痛みが治まった、といわれています(民間信仰のひとつ)」と説明され、
また、「縁結びの地蔵尊」には、「恋しい人と結ばれたい・・いとしい方と添いとげたい・・いつの世でもおなじです。人に知られずにこっそり二股大根を供えて一心に祈れば「結縁成就」といわれています」との説明がされている。このような伝承も時代の流れとともに次第に廃れていくものだ。
左写真の双体道祖神は「羽黒三田神社」を探しているときに偶然出会ったものだが作られてからまだ日が浅いように感じた。道祖神は村の守り神であり、夫婦和合、子孫繁栄、旅や交通安全の神として信仰されている。手をたずさえ支え合っている写真の道祖神からも仲の良い感じが出ていると思う。こういう像は心をなごます。
ハイキングのゴールは天然温泉「もえぎの湯」である。以前も、この湯にはハイキングの終わりで入ったことがある。今回は思っていたよりも混んでいた。4時間の山道歩きのあとの温泉は本当に気持のいいものだ。多摩川の流れを木々の合間に見下ろし、身体全体が柔らかなすべすべした湯に包まれると、疲れがゆっくりと取り除かれていくように感じる。とても気持ちのいい温泉だ。湯上りには当然のこと喉で味わう生ビールである。中ジョッキも一気に飲み干してしまう。今年の夏に上高地・明神の嘉門次小屋で食べた「岩魚の塩焼き」が美味かったので今回も頼んでみた。しかし、出されたものは冷凍保存された岩魚を解凍して塩焼きにしたもので身がパサパサしており失敗だった。嘉門次小屋では目の前で絞めた岩魚をそのまま塩焼きにしていたので新鮮さと味が全く違っていた。改めて嘉門司小屋の岩魚の塩焼きの素晴らしさを実感した。こんにゃくの味噌田楽の方は美味かった。以前、飛騨・高山から野麦峠を超え松本までテント山行をした時に昼食で寄った食堂で食べた山椒味噌田楽を思い出した。あの時はビール大瓶を5本飲み、こんにゃくの山椒味噌田楽をお代わりし、足元がふらつくために道路沿いの空き地で昼寝したことを思い出した。のんびりした時間だったが、もう30年も前のことだ。そのようなことを思い出しながら地酒・澤乃井の純米冷酒を飲み、ほろ酔い加減でホリデー快速「おくたま号」で帰途についた。あぁ、満足、満足・・・