第40回東京モーターショウ2007

 

三菱自動車ブースのコンパニオン


 第40回東京モーターショウが幕張メッセで開催されているので11月3日に出かけていった。休日だったため会場は人人人の波であった。とにかく凄い人出だ。幕張メッセ近くまで妻に車で送ってもらいジャガー、ボルボ、ポルシェ、メルセデスベンツ、フォード、ヒュンダイ、と東ホールに展示されていた各外国車ブースから回り始め、中央ホールのルノー、フェラーレ、フィアット、BMW、ロータス、と続き、同じ中央ホールの国産メーカー、スズキ、日産、ホンダ、三菱、更に西ホールのランボルギーニ、プジョー、アウディー、フォルクスワーゲン、と外国メーカー、スバル、ダイハツ、トヨタ、の国産メーカーを回る。北ホールで展示されている2輪車や各部品コーナーを除いて、東・中央・西の3ホールで外国メーカーの26社、国産メーカーの8社の展示を一通り見て回った。時間にして2時間弱の行程だったが兎にも角にも人人人の波を掻き分けて進まなければならず、一緒に行った妹夫妻と離れ離れにならないように気を遣いながらの見学であった。ハイブリットカーなどの未来モデル車や新車を含めて各自動車会社が総力を挙げて出品しているので見ているほうも感動ものである。

 モーターショーに出かけるのは久しぶりである。小さかった愛や大を連れてまだ健在だった群馬の親父と一緒に出かけてからでも10数年経過している。私のモーターショウの印象は、1965年10月、トヨタ2000GTが真っ白なプロトタイプのスポーツカーとして出品され大反響を呼んだ時に見学に行ったことである。それは高校2年生の秋のことだった。この頃のモーターショウは現在の幕張メッセとは異なり晴海の展示会場で開かれていた。

 私は工業高校の機械科に在学していたので学校行事として東京モーターショウの見学に行ったのである。前日、ラグビーの練習中に額を5針縫う怪我をしており、頭に包帯をグルグル巻きにして見に行ったことが思い出として残っている。建築科にいたラグビー部のチームメイトの山口に、とにかくトヨタ2000GTのパンフレットを貰ってきて欲しいと頼まれ、大きな見開きのパンフレットを手渡したのを覚えている。42年前のことである。

電気自動車・ECOカー


 今回のモーターショウで一番混んでいたのは日産ブースであった。運転席が90度回転して狭いスペースでも駐車が可能となる未来カーや日産GTRは人ごみで近づくことも出来ない状況であった。その次に人気があったのは本田ブースのアシモくんである。コンパニオンとのコミュニケーションに見学者から思わず笑みがこぼれる。トヨタのECOカーのコーナーも人ごみだった。

 1台900万円や1000万円の高級車がピカピカに磨かれているのを見ると、こういう車はあれば乗るけれども走行距離当たりの対ガソリン比の経済効率は悪いのだろうなぁ、とつい考えてしまう。私が現在乗っている車は日産プレサージュ2400CCだが、地球温暖化や経済効率のことを考えると5〜6年後に車を買い換えるときは、乗るのは私たち夫婦2人なので1300CCクラスのコンパクトカーと妻と話し合っている今日この頃なのである。

 モーターショウでの主人公は勿論展示されている各種車であるが、その横でニッコリ微笑んでいるカバーガールのコンパニオンの女性を目当てのカメラ小僧やカメラ叔父さんも多数見受けられる。私も目についたコンパニオンをカメラに収めたが1ブースで数人いるとはいえ360度の全方向から注目されているので気苦労が多いだろうと思うし、立っているのが仕事なので肉体的にも疲れるだろうなぁと同情してしまう。

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