暴風雪のホワイトクリスマス
北海道大雪山層雲峡温泉・黒岳スキー場
黒岳スキー場 12月22日
1日目 12月21日
風ひとつなく快晴の旭川空港の白い滑走路に滑り込んだのは定刻の12時05分であった。羽田空港からのフライト時間は1時間40分。機内では持参したハインリヒ・ハラーの『セブン・イヤーズ・イン・チベット』とともに、機内にあったJAL系機関誌『skyward』2011年12月号の石川直樹の「ブータン」報告を読んでいた。石川直樹は私が最も注目する写真家であり文筆家である。報告されていたブータンは、最近若きワンチュク国王夫妻が新婚旅行先に日本を選び、東日本大震災被災地へも鎮魂のお見舞いに足を運んだことが報道されたが、ブータンは私も訪ねてみたい国のひとつである。
さて、3年連続して12月下旬の北海道旭川にやってきたが、到着した旭川は今年一番の冷え込みとかで外気温はマイナス10℃。空気がヒヤッとするが遠くに見える白い山波にかかる雲に動きは全くない。週末はクリスマス寒波の暴風雪で大荒れだと週間天気予報は伝えているが、今日の静かで快晴の空からは信じられない予報である。
私は預けた手荷物がないのでそのまま出口から出ると旅行会社のスタッフが待っており、13時に改めて集合して欲しいと言われる。ターミナル3階の蕎麦処『吉祥庵』に入ってサッポロクラッシックビールと「割子そば」を注文する。年末のため赤鼻のトナカイのメロディが空港全体のバックミュージックとして静かに流れている店内に客は私を含めて7人。しばらくして店員が持ってきたのは、鶉卵の落ちたトロロ芋、身欠き鰊と山菜、大根おろしとなめこ、蟹の本身、がそれぞれ乗った冷やし蕎麦である。美味い。ビールが喉に沁みる。流れる音楽とともにしばし静かな時間が過ぎていく。
13時に再び集合場所に戻り層雲峡温泉に向かうバスに乗り込むが客は5名であった。途中、立ち寄りの旭川駅前から1名乗り込んできた。それでも大型観光バスに乗客は6名である。単独のバス会社ならば赤字であろうが、ツアーとして旅行会社・航空会社・バス会社・ホテルが相互補完するからマイナスにはならないのだろう。真っ白な雪景色の中、きらきら光り輝く広々とした旭川平野の中を進むのは実に気持ち良く快適そのものであった。
16時に宿泊先の「ホテル大雪」に到着し宅急便で送ったスキーとバックを受け取る。ホテルマンに乾燥室の有無を尋ねると無いという。ホテルのすぐ近くに黒岳スキー場があるが、ホテル大雪にはスキー客は宿泊しないということなのだろうと一人納得する。
部屋に荷物を置くとすぐさま「天華の湯」「大雪の湯」「チニタの湯」と3つある天然温泉をはしごした。最初に入った「天華の湯」露天風呂は、湯に浸かるまで冷え込んだ外気で身体が痛く感じる。さすが北海道の露天風呂だ。3湯まわってスタンプを押したので粗品の「層雲峡温泉の素」を売店で受け取った。湯上りのビールを飲んだ後は地酒「男山」を静かに飲む。もうすぐ夕御飯だ。
大雪山層雲峡温泉・黒岳ロープウェイと層雲峡温泉
2日目 12月22日
ホテルの窓から見える山際が徐々に明るくなるに伴って空に青色が付いていき2日目の朝も雲ひとつない快晴で明けた。風も止まっており絶好のスキー日和だ。今朝の天気予報では午後から崩れるという。7時の朝食を食べながら天気予報を考慮しホテルから徒歩5分のスキー場には10時ころに出かけ15時ころには帰ってこようと考えた。
ホテルを出たのは9時10分。大雪山層雲峡・黒岳ロープウェイ駅発9時20分に乗車した。改札口横の掲示板には、天侯は晴れ、5合目積雪140cm、7合目積雪220cm、気温―12℃、と表示されていた。ロープウェイとリフト共通の1日券で大人3700円だった。乗客は昨日羽田空港から一緒のツアーになった老夫婦と私の3人だった。ロープウェイが高度を上げるのに伴い白く雪をかぶった大雪山を構成する山々が視界に入ってきた。圧倒的な存在感があるのは中心的存在の黒岳である。その右側に山頂が台形をしている桂月岳、丸いお碗のような山頂の凌雲岳、山頂がギザギザの上川岳と連なっている。黒岳の左側に目を転ずれば烏帽子岳と赤岳が連なっている。それらの峰々が朝日に照らされて白く輝いている。白く輝く山は神々しく美しいと思う。単純にそう思う。
ロープウェイ乗車7分の黒岳駅で下車しリフト乗り場まで歩く。一歩一歩足元からキュッキュッキュッと雪の泣き声が聞こえてくる。寒さのため雪が締まった音だ。7合目までの27柱あるペアリフトに乗ると雲ひとつない青空をバックにリフト中央に堂々と聳え立つ岩で覆われた黒岳の雄姿が眩しい。その黒岳を背にパウダースノーを蹴散らしながら今シーズンの初のシュプールを描く。初滑りはいいものだ。足裏の感覚を確認しながら滑り降りていくが1本目は少し慎重に滑った。2本目からはマイペースで滑り降りるがスピードが上がっていくのがわかる。午前中にゲレンデで滑っているスキー客は私を含めて5人にボーダーが1人だった。従ってパウダースノーのゲレンデは貸し切り状態である。プライベートゲレンデと同じであり、なんと贅沢なことではないか。気温が低いため指先が痛くなる。特に小指の感覚がなくなってきたため、リフトに乗っているあいだは両手の小指のマッサージをして温める。耳も痛いので毛糸の帽子を深めにかぶりゴーグルバンドを後頭部の下までさげる。
リフトに乗っていて楽しいこともある。雪面に残された野兎の足跡を眺めながら雪に覆われたなかで兎たちの食事はどのようにしているのだろうか、という連想をしていたなかで足元に素早く走った小動物を確認した。??? リスではないか? と思って動物が松の幹に静止した時、黒みがかったリスが黒い瞳も可愛らしくしっかり幹を掴んでいた。これから枝先まで登っていき松の実を食べるのだろうか。リスは木に登って柔らかな葉や実を食べることができるが、兎は雪の下の笹を掘り出して食べる以外ない。同じ動物でも大違いだ。
滑るペースは徐々に上がり調子に乗ってどんどん滑っていると滑った本数は10本になった。9時30分から滑り始めて休憩なしで滑ったら時刻は11時50分である。お腹もすいてきたのでロープウェイ黒岳駅2階のレストランに戻り、休憩がてらの昼食に入った。ビールは飲まずにラーメンとカレーの大雪山セットを頼んだ。暫くして出てきたカレーはお子様カレーのように甘く、ラーメンの味はまずかった。ラーメン専門店でもないのだから、ま・こんなものだろうとひとり納得したが、厚めのチャーシューだけは美味かった。これだけでもよしとしよう。
12時30分から午後の滑りを再開したが午前中と違って空は灰色の雲に覆われてしまった。天侯は予報通りに下り坂だ。リフトに乗っていても頬をかすめていく冷たい風を感じるようになり、気温も低下してきた。黒岳スキー場は山の北斜面に造られているため13時になるとスキー場の大半は日陰になってしまう。5本滑ったところで初滑りの1日は終了した。これで初滑りとしては十分である。
ホテルに戻って粉雪が舞いあがる露天風呂に浸かった後はビールだった。明日からはスキーは望めないだろう。5泊6日の旅行日程で上手くいけば4日間はスキーを楽しめるのだが、今回は今日1日で終わりだろう。天候だけはどうしようもない。仕方ないことだ。明日からはホテルに缶詰めで読書・温泉・酒の日々となるのだろう。でも私はそれでいいのだ。天侯相手はなるようにしかならないのだ。
早朝のスキー場 12月23日
3日目 12月23日
朝食のためにホテル1階のレストラン『石狩』に7時に降りて行った。朝食の開始は7時からのはずだがレストラン内はすでに大勢の客がテーブルに着き食事を摂っている。聞こえてくる言葉は中国語ばかりだ。おそらく日本人は1割もいないのではないかと思われる。寝起きの5時に入った「天華の湯」でも私の次に入ってきた人も中国人だったし、昨日リフト乗り場でカメラのシャッターを押すのを頼んだグループも中国人だった。推察するに凄い数の中国人が北海道観光に訪れているものと思われる。
今日は天皇誕生日の祝日。金曜日でもあり3連休の始まりだ。外は吹雪いてはいないが曇り空。青空もところどころ顔を出しているが、天気予報はクリスマス寒波襲来を告げている。しかしこの空模様だと午前中は持つのではないかと思われるのでスキー場に出かけてみた。
8時20分発のロープウェイに乗ったのは中国人24人!!!オーストラリア人3人、それに日本人は私1人だった。山は快晴だった。黒岳駅で下車しリフト乗り場に向かうとリフトのスタートは9時だという。黒岳が真っ青の空に猛々しい姿を現している。山頂部は強い西風のため雪炎が舞っている。30分待ちなので周りの風景を写真に撮っていると、いつのまにかオーストラリア人スキーヤー3人はどこかへ消えてしまった。おそらくリフトの運行開始が待てずに徒歩で山に向かったのではないかと思う。その3人が突然7合目に現れたのは1時間後だった。新雪をスピード豊かに滑る3人はとても上手なスキーヤーだった。
私は滑れるのは天気予報から判断し午前中のみと考えていた。ロープウェイ駅でリフト共通1日券を買おうとすると、「今日はいつストップするか分からないのでロープウェイ券だけ販売しますから、リフト券は上で5回回数券を買ってください。その券で何回でも滑れます」とのこと。良心的だなぁと思って5合目のリフト乗り場で5回回数券を買ったところ1800円だった。ロープウェイ往復券が1850円だったので合わせると3650円となり、1日共通券の3700円と殆ど同じだということが分かった。別に良心的でも何でもなかった。
ゲレンデで滑っているのはオーストラリア人の3人がどこかへ消えてしまったので私一人だった。私一人のためにリフト運行をしているわけであるから文字通りのプライベートゲレンデである。単純なことながらすごく感動した。昨日と比べてリフトの運行スピードが遅く感じられる。風を考慮していると思われるがリフト上は結構寒いのである。最初は太陽も出ており快晴のもとで快調であった。3本目に新雪の中に突入してみた。昨晩一晩で30cmほど積もっていた。スキー板がすっかり埋没してしまいスピードは出ないしスキー板のコントロールが難しい。徐々にガスが湧きだし全体的に白くもやってきた。5本目を滑っている10時ころに粉雪が舞いはじめ、粉雪が薄日にキラキラと輝きとても綺麗だった。
7本目を滑るころには太陽はすっかり雲に覆われ降りしきる雪だけが多くなってきた。こうなると指先が冷えてますます痛くなる。リフトに乗っているときには必ず両手の指を揉んでいるのだが、それでも外気温の低下のほうが勝ってしまい中々指の痺れは解消しなかった。このころリュックを背負った山スキーヤーの6人パーティが黒岳山頂に向かって登って行った。黒岳は雪が降り続く視界不良のなかでボーッとしか姿を確認できない状態だった。こんな天侯の中で山頂登山を強行するなんて危ないなぁと人ごとながら思う。
寒さはより増してきたように感じられ降雪量はますます増し天候は下り一方である。周りの山々はすっかり灰色の世界に閉ざされ見えなくなった。ゲレンデ雪面の凸凹も見えなくなり、今日のスキーも終わりどきである。それでも予定の10本目を滑るときにボーダー3人がやってきた。寒くても雪が降っても若者は元気がいい。あとは彼らに任せて私はホテルに帰って温泉に入りビールを飲もう。さぁ、下山だ。
あしながおじさん
4日目 12月24日
朝、5時20分に窓の外から聞こえる烈風の音で目覚めた。ゴーゴー唸る凄い音だ。外を覗いてみると国道を照らす外灯に雪は降っていなかった。露天風呂「天華の湯」に入りに行った。内湯から外を見ると雪が風で巻き上がっている。風の音も凄い。さすがに直接露天風呂には入らず、内湯で身体を温めてから外に出ていくことにした。
風の力がある一定よりも強まるとピーッという呼子のような音が入る。面白いものだ。雪が風で巻き上がる中を露天に出てみた。すぐに身体の熱が奪われる。湯に沈むと風により終始お湯が波立っている。風の音は止まることなく顔に当たる風が冷たい。空を見上げると星が一つ瞬いていた。山影は朧に見える程度なのだが空は晴れていると思われた。しかし晴れていても北海道全エリアにクリスマス寒波の到来と大雪警報が発出されているので今日はロープウェイもリフトも運行中止だろう。今日一日は温泉と酒と読書を楽しもう。
パソコンでホームページ用の原稿として新宿の東郷青児美術館で観た「セガンティーニ絵画展」の感想を書いている。窓の外で時折り凄まじい風の音が聞こえる。外を覗くと雪煙とともに風が渦巻き吹き抜けていく。朝から空には青空がのぞいているが風は止む気配がない。
セガンティーニ絵画展の感想を書き終えると『セブン・イヤーズ・イン・チベット』の読書に戻る。角川文庫本で470頁のものだが、現在は370頁あたりを読んでいる。著者のハラーがダライ・ラマとの堅い信頼を築き上げていく過程が書かれている。原作は60年前に書かれたものだが、内容は第2次世界大戦の勃発によりインド北部にあった捕虜収容所に収容されたドイツ人で登山家の著者が、その収容所からの脱走とそれ以後のチベットへの侵入。チベットでの生活と現在インドに亡命しているチベットの最高指導者ダライ・ラマとの出会いと個人教授でのエピソードの数々。中国共産主義によるチベット侵攻によるインドへの脱出と別れまでを書いたものだが、この本に書かれていることは著者自身が体験した事実であり貴重な歴史的な本だと思う。
この本が書かれた後に侵攻した中国軍によって多くのチベット人が命を落とし、僧院、寺、聖地ラサの99%が略奪され破壊されたという。毛沢東は「チベット解放」という名のもとに取り返しのできない酷いことをやったものだ。いまでもチベットの置かれている状況は当時と変わっておらず、昨年もチベット人に対する中国人支配の不満が爆発してラサで暴動が起きたニュースが流れた。中国当局は情報統制をしたようだがネットで映像が流れることまでは完全規制はできないようだ。
ブラッドピットの主演で『セブン・イヤーズ・イン・チベット』が映画化されたので、ずいぶん前に観たことがあるが記憶として残っていない。今回の旅行から帰ったらレンタルビデオを借りて観ようと思う。原作を読んでから映画を観ると映画の中により深く入っていけると思う。
一日中吹き荒れていた風は夕方には弱くなってきた。空からは雲が消えたようで山並みが見える。明日は期待できるのではないだろうか。滑れるようだったら9時発のロープウェイに乗ろう。
5日目 12月25日
昨夕の期待とは裏腹に今朝起きてみると山並みが全く見えない。露天風呂「天華の湯」に向かった。風が強く細かい水滴が顔に吹き付ける。この天侯ではスキーは無理だ。部屋に戻り窓から外を覗くと真っ白だ。全くのホワイトアウトになってしまった。朝食中に外を見ると雪の降り方が徐々に増え、風は強まり四方八方から雪を巻き上げている。テレビニュースでは日本海側を中心に大雪注意報を度々呼びかけている。こちらに来て最悪の天候になってしまった。クリスマス寒波を流していた週間天気予報は的中した。今日も昨日と同様に、読書・温泉・酒を楽しもう。
6日目 12月26日
早いもので5泊6日の層雲峡温泉旅行が終わった。仕事が忙しく一緒に来れなかった妻にお土産を買った。