歴史の森と旧登山道でクマゲラを探す
原生林のなかでクマゲラを探す
5月24日(2日目) 金曜日 曇り
今朝の日の出は3時57分となっていた。3時頃に目が覚めると空は輝き出していたが風が唸っていた。日の出時刻になると空は雲に覆われて太陽を見ることはできなかった。同部屋の男性が4時45分発の利尻山登山口までの送迎車に乗る頃は、昨日は秀麗な姿を見せていた利尻富士も麓まですっかり雲に覆われていた。これでは霧の中を登っていくので、展望は無くつまらない登山となるだろう。
ノゴマが美しい声で鳴いていた
私は6時に宿近くに自転車専用道路が走っていたので、それを歩いて利尻富士温泉の西側に広がる「歴史の森」に向かって出発した。歩き出すとすぐに利尻空港のための航空保安施設の誘導灯が長く続いており、周りは荒漠とした笹原が広がっていた。利尻富士は雲の中に姿を隠しており、東側の裾野が青空の下に見えるだけだった。この雲は昨日と同じように午後になったら飛ぶのだろうか? 喉の赤いノゴマが複雑だが美しい鳴き声を張り上げている。ホオジロの鳴き声よりも美しい調べに聞こえる。ノゴマは10m先の梢で美しい調べを聞かせてくれた。
鬱蒼とした原生林
クマゲラ出会い率の資料が利尻観光協会のホームページに載っていた。クマゲラマークが1羽はたまに遭遇、2羽はちょいアツ遭遇、3羽は激アツ遭遇、を参考にし、最初はマーク2羽のちょいアツ遭遇である「歴史の森」でクマゲラを探すことにした。歴史の森は原生林のなかを遊歩道が縦横に張り巡らされ、遊歩道を外せばとても歩けるような状態ではない藪である。その遊歩道を歩きながら大木を眺め、その大木に来るクマゲラを探して歩くのだが、ウグイスの声はひっきりなしに届くがクマゲラはなかなか見つからなかった。
クマゲラの古い食痕
歴史の森の鬱蒼としたなかでクマゲラを探索すること1時間で、やっと木の幹をくちばしで叩くドラミングの音が届いた。その音のもとをたどって行き、大きな木のなかの2本まで絞り込んだが、高さ30mほどのエゾマツのなかからクマゲラの姿を探し出すことはできなかった。やがてドラミングの音は消えて静かな森となってしまった。クマゲラが飛び去った気配はないので、まだどこかに潜んでいるのだろうが、やはり探すことはできなかった。利尻島の森のなかを安心して歩けるのは、ヒグマとヘビがいないことである。
旧利尻山登山道入口
ツツドリのポッポ、ポッポと小刻みな鳴き声が聞こえてくる。こちらでは八重桜が満開である。5月下旬になっているが桜が見られるとは、ずいぶん寒いところへ来たものだ。姫沼ポン山ハイキング旧登山道コースの入口にやってきた。林野庁北海道森林管理局宗谷森林管理所名で、入林散策時の注意書きが立っていた。@歩道から外れて歩かないでください。A歩道、植物保護にご協力ください。B積雪、台風、豪雨など悪天候時の入林はご遠慮ください。C危険物、倒木、朽ち枝など、周辺管理環境に十分注意してください。と併せてハイキングコースの距離と所要時間が表示されていた。
オオバナノエンレイソウの花は大きくて見栄えが良い
このハイキングコースは観光案内所の資料では、クマゲラ遭遇マークが3になっており、先ほどの歴史の森は2だったので、クマゲラに会う確率が多いということだ。足元を見るとオオバナノエンレイソウの白い花がたくさん咲いているのに気がついた。本州のエンレイソウに比べると花の大きさが5倍くらい大きく非常に見栄えのいい花だ。
原生林のなかでクマゲラを探す
原生林の中を「だるまさんが転んだよ」方式で10歩進んでは立ち止まって周囲に動くものが無いか確認し、再び10歩進んでは周りを確認する。そのようにしながら少しずつ森の中を進んで行った。登山道脇に枯木が倒れている。枯木が倒れることによって空間ができ、
新しい若木が育っていくのを見ると森の再生が実感できる。純白のツバメオモトやヒトリシズカが足元で咲いているが、なかなかクマゲラには出会うことができない。
ヒトリシズカがひっそりと咲いていた
クマゲラはほとんど鳴かない。鳴いてくれれば方向や場所の特定がある程度はできるのだが、目で確認するしかないのだ。そんなことを考えながら歩いていると、左手原生林の奥からキョーン・キョーン・キョーンというもの悲しくも甲高いクマゲラの鳴き声が耳に届いた。鳴き声は暫く続いていたが、ずいぶん遠くで鳴いているような気がした。しばらく声のする方向を眺めていると、突然クマゲラが翔んできて、枯れた大木の向こう側の枝に止まったが、すぐ飛び去ってしまったのでシャッターチャンスはなかったのである。確かにこの森の中にはクマゲラは棲んでいる。一瞬ではあったが、クマゲラの姿を肉眼で捉えることができたのだった。
純白なツバメオモトの花
自然観察指導員の登録資格を持つ女性説明員と2名の女性のお客さんのグループと出会った。女性説明員が花や草木の植生や野鳥のことを話しながらハイキングコースを案内しているようだった。「何を撮影されているのですか?」と質問されたので
「クマゲラです」と答えた。「なかなか姿は見えなかったけれど、一度だけ目撃しました」と伝えた。「コマドリは撮影されないのですか?」と質問されたので「クマゲラだけを追っています」と答えて別れた。女性説明員は昨日私を港に迎えに来てくれた村岡さんだった。
日本名水百選の甘露泉水
日本最大のクマゲラの主食はアリであり、1日にアリを1000匹も食べると言われている。従って太い枯れた幹に過激に穴を開け、そこに巣くうアリを探し出して食べる。とてつもなく大きな穴を掘っているのにも出くわす。棲息地は北海道と秋田、青森両県にまたがる白神山地のみである。4時間ほど原生林のなかでクマゲラを探してみたが、声はすれども姿は見えずだった。1度だけ姿は確認できたがシャッターチャンスはなかった。日本名水百選に選ばれている「甘露泉水」にやってきたので、この水を飲んで一休みし、折り返して帰って行こう。
甘露泉水の50mほど上部に東屋が建っていた
甘露泉水で一休みしていると、上の方から降りてきた人に出会ったので「どこまで行ってきたのですか?」と尋ねると、「倒木の調査をしているので、4合目あたりで戻ってきました」とのことだった。本格的な登山シーズンを迎える前に、倒木があればそれを取り除くための調査だろう、と思われた。甘露泉水の50mほど上部に東屋が建っていた。以前私が利尻山に登った時は、この東屋はなかった。
利尻富士温泉で汗を流した
帰り道でもキョ・キョ・キョという短いクマゲラの鳴き声が聞こえたが姿は見えなかった。13時30分に利尻富士温泉に戻ってきた。天然温泉の入湯料は500円である。色は少し黄色みがかっており、さっぱりした温泉である。30分ほど露天風呂と内風呂に浸かり、上がった後はサッポロ北海道生搾りである。湯あがりの一杯は実に美味い。これから歴史の森のなかの散策路で再度クマゲラを探し、自転車専用道路で宿まで帰る予定である。
再び、原生林のなかでクマゲラを探した
宿に戻ってくると、丁度この宿をねじろにしているネイチャーガイドの男女2人が戻ってきたので話をしてみると、クマゲラは姫沼あたりだと出会えるチャンスが多いという情報が入った。それも朝方の方がよく、駐車場まで出てくることもある、ということなので、明日は早起きをして、姫沼に出かけてみようと思った。天気予報を確認すると、明日は曇り時々晴れで、早朝4時の気温は5℃となっていた。十分な防寒対策が求められる。
2日目の夕ごはん
食堂で飲み始めると長崎県の福江島出身で現在は大阪に住んでいるという47歳の女性が話しかけてきた。夫は金沢に単身赴任、娘は29歳で近々結納が行われる。私は早く結婚したので、今は自由になったから北海道に遊びに来ているとのことだった。私も全国あちこちに旅しているので、色々な話をしたが積極的な女性だった。明日は朝一番のフェリーで稚内に戻り、飛行機に乗る前に宗谷岬に行きたいというので、是非日本最北端の地を訪れ、サハリン(樺太)が島であることを発見した間宮林蔵に会うといいと勧めた。私が歩いた『日本縦断てくてく一人旅』も宗谷岬から始まったので、そこらあたりの状況を話した。旅に出ると私は聞き役になる。すると相手は想いもよらぬことを話すことがある。そこから話は深まっていくのだが、面白い人だった。
同部屋になったオランダ人のセバスチャン
相部屋だったのはオランダ人のセバスチャンで27歳の建築家だった。日本語が喋れないのにリュックサックを背負ってテントで移動しながら旅をしているという。ま、面白い人間だ。私は片言の英語とジェスチャーで話をした。千葉に来るようだったら家に寄ってもらおうと考えて住所を教えた。スマホの日本語をすぐに英語に変換し、グーグルアースに落とし込み、私の住むマンションの映像を出した。さすが若者。セバスチャンに日本酒を勧めると、少し飲んだだけで顔が真っ赤になった。酒はあまり強くないようだ。セバスチャンは明日利尻富士に登るという。ガッツだぜ、がんばれ若造!