次回のクマゲラ探索に向けて
利尻礼文サロベツ国立公園指定50周年
5月29日 水曜日 曇り
一週間お世話になった『利尻グリーンヒルズイン』ともお別れである。私が山に出かける場合は単独登山がほとんどなので、山小屋に宿泊する際は相部屋である。個室を頼むよりも相部屋のほうが経済的だし、同部屋になった人たちと情報交換ができるからである。今回の旅にしても相部屋を頼んだ。リフォームしたての木の香りがするベットだった。旅をしていると様々な人生を歩んできた人と出会うことができ、ものの考え方で参考になることもある。
宿オーナーに鴛泊フェリーターミナルまで送ってもらった
今回の『利尻グリーンヒルズイン』のオーナーはニュージーランドの友だちのところでトレッキングやロッジ経営を学び、利尻島でユースホステルを譲り受け、ゲストハウスとして新たに出発したのは16年前とのことだった。コロナ禍前は宿泊客の7割から8割が外国人だったのことで、系列では『利尻はなガイドクラブ』の運営もしており、宿に常駐しているネイチャーガイドも、利尻はなガイドクラブのメンバーだった。6月から花の季節になるのでガイドも忙しくなるようだった。
利尻の鉄人・超人たち
また、利尻島の自然を身体全体で満喫しようという「利尻の鉄人・超人チャレンジプラン」を提唱しており、チャレンジプランには3つのカテゴリーがあり、「利尻の準鉄人」は利尻山1721m登頂、利尻島1周サイクリング53、6km。「利尻の鉄人」は利尻山登頂、利尻島1周完歩。「利尻の超人」は利尻山登頂、利尻島1周完歩、自転車で見返り台から5合目展望台へ漕ぐ、水泳でポンモシリ島まで岸から30m泳ぐ、というもので、宿の1階から2階への階段の壁に年度ごとの準鉄人・鉄人・超人を達成した人と日にちが写真になって貼られていた。私も夏に訪れていたら鉄人や超人にチャレンジしているだろう。
鴛泊フェリーターミナル
1週間前に比べてフェリーの乗客は多かった
朝一番の稚内行きフェリーに乗るために宿のオーナーに鴛泊フェリーターミナルまで車で運んでもらった。フェリーは一週間前に乗った時は空いていたが、5月下旬となり礼文島を含め花の季節になったので観光客でいっぱいだったのでビックリした。稚内港に利尻礼文サロベツ国立公園指定50周年のポスターが貼ってあった。
稚内名物の「おおなご丼」を頼んだが期待はずれだった
稚内空港に着いて時間に余裕があったので、レストランに入ってビールと稚内名物の「おおなご丼」を頼んだ。オオナゴは底引き網漁で4月から5月が旬で、見た目はサンマやカマスに似ているという。メニューには蒲焼き丼の写真が載っていたので楽しみにしていたが、テーブルに出されたのは冷凍食品をレンジでチンしたようなものが出てきた。しかも御飯も温かいところと冷たいところが半々の感じを受けた。期待していただけに落差が大きかった。ま、こういうこともあるさ。
スマホのWeb搭乗券
搭乗手続きは24時間前からできるので、スマホのANAアプリを操作してWeb搭乗券を確認した。あとは稚内空港の出発ゲートでQRコードを読み込ませて座席番号を出力させればオーケーである。13時過ぎの飛行機に乗り、17時前に幕張の自宅に帰宅した。1週間の利尻島原始の森でのクマゲラ探索の旅にかかった費用は、電車・飛行機・バス・フェリー・宿泊・食事・温泉・酒を全てひっくるめて99547円だった。
ノゴマが「来年も来てね」と呼んでいた
今回、利尻島内の原始の森で実質4日間のクマゲラ探索を行ったが、旧利尻山登山道で1度だけクマゲラに出会ったが、写真を撮ることは出来なかった。今回の教訓で一番大きいのは、探索時期の問題だと思った。地元の女性ガイドが教えてくれた「クマゲラが卵を産んで温めている時期は、クマゲラが神経質になり、あまり姿を現さない」ということだった。今回とは時期をずらせて利尻島にやってくる必要を痛感した。パンフレットに書かれている「バードウォッチング期間は3月下旬から5月下旬まで」というのではないのだ。今回は最悪の時期だったわけである。