クマゲラを探して姫沼へ
姫沼に映る逆さ利尻富士
5月25日(3日目) 土曜日 晴れ
クマゲラ遭遇率マーク2の姫沼に向かうために4時10分に宿を出発した。日の出が3時55分なので、もうすっかり明るいのだ。姫沼までは歩いて2時間くらいだろう。鴛泊港への坂を降りていくと、海の向こうにノシャップ岬と稚内、それに続くサロベツ原野が平らに延びて見えた。今朝もノジコが美しい歌声をあげていた。青空も広がり晴れるだろうが、利尻富士の山頂に笠雲がかかっている。これは天候が崩れる前兆だろう。太陽が顔を出し、凪の海に光の海道が現れて眩しく映っていた。
利尻島固有種のボタンキンバイ
ダイコンソウの花に似た薄紅色のゴウダソウが足元に咲いていた。綺麗な花だと思う。姫沼への登り口の姫沼口までは海岸線に沿って歩いていくので、小石を敷いた利尻昆布の干場がたくさんあった。昆布の漁期開始は養殖が6月15日からで、天然物は7月15日からだと聞いた。いずれの干し場にもまだ昆布は干されていなかった。真っ黄色のボタンキンバイが個人宅の庭に咲いていた。利尻島の固有種であり、利尻山の生育場所はまだ雪の下である。びっくりしながらシャッターを押した。
ペシ岬の向こうに礼文島が見えた
姫沼口で海岸線道路から分かれて姫沼展望台まで上がっていくと、鴛泊港の隣りにあるペシ岬に建つ白い灯台の向こう側に礼文島が横たわっているのが見えた。眺望案内によると、サハリンの島影が礼文島とノシャップ岬の間に見えるのだが、双眼鏡で覗いてみたけれども、サハリンは見えなかった。
姫沼園地の説明板
6時40分に姫沼に着いた。宿から歩き出して2時間半後の到着だった。途中で宿に常駐している自然観察指導員のガイド車とすれ違ったので、片手を挙げて挨拶をした。姫沼の駐車場には軽トラックが1台駐車しているのみだった。姫沼園地案内板を読むと、姫沼の一周は約20分で、なぜ姫沼と呼ばれるようになったかは、大正時代にヒメマスを放流したので姫沼という名前になったと書かれていた。神秘的なお姫様物語の伝承かと想ったが、割と単純な名付けだった。
姫沼でクマゲラを探す
姫沼は中央に小さな浮島がある。思わず「静かな湖畔の森の中から・・・ 」の歌詞が口から溢れ出てくるような雰囲気の沼だった。周囲からはツツドリやウグイスの鳴き声が絶え間なく耳に届いた。朝が始まったばかりの新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み、温かな日差しを受けながら沼を周る散策路を歩こう。クマゲラに出会えたらラッキーであるが、まだ鳴き声が聞こえない。利尻富士の山頂には大きな雲がかぶさり、この雲は当分飛ばないだろう。
縦20cmほどのクマゲラの食痕
湖畔に休憩舎があるのだが、まだ朝が早いせいか入口に鍵がかかっていた。観光客が訪れる9時頃にはオープンするのだろうか?
ポッポ、ポッポというツツドリの鳴き声が絶え間なく聞こえてくる静かな湖畔の1回目のクマゲラ探索に出た。湖畔を半周ほど歩いたころに観光客の一団がやってきて、かまびすしいこと夥しい。騒々しさに野鳥も姿を隠してしまうだろう。騒がしい一団が去ると再び静寂が戻った。湖畔にクマゲラが幹に縦20cmほどの穴をあけてアリを探した食痕があった。クマゲラは穴掘り専門の彫刻家である。8時45分に再び観光客がやってきた。中国人の一団だった。前回の団体に輪をかけたように騒がしかった。
姫沼に流れ込む湧き水
2回目の沼一周のクマゲラ探索に出ると、ペットボトルとスコップを持った休憩舎勤務の女性に追い抜かれた。休憩舎から沼の反対側に沼に流れ込んでいる湧き水が出ている所があり、女性は沼への流れ込みの詰まりをスコップで直していた。「湧き水は飲めますか?」と尋ねると「飲めますよ。この流れの詰まりを直しておかないと、野鳥が水あそびできないんですよ」とのことだった。優しいかただった。
利尻富士の山頂が姿を現した
沼を回って展望所に戻ってくると、60歳代と想われるバードウォッチャーの男性がクマゲラの飛来を待っていた。横浜からきたという男性は利尻島へは2度目とのことで、昨日この場所で初めてクマゲラを観ると同時に撮影できた。お昼ころから立て続けに鳴き声とドラミング音が聞こえ、眼の前を翔んで向こう岸の枯れ木のてっぺんに止まったのを撮った。休憩舎の女性が言うには、鳴き声のキョキョキョと短い鳴き声は翔んでいる時に出し、キョーンキョーンは木に止まっている時の鳴き声だが、クマゲラが木に止まっているときはほとんど鳴かない、と教えてくれたとのことだった。男性は礼文島へのフェリーが出港するぎりぎりの時間まで粘って鴛泊港へと降りていった。
姫沼を回りながらクマゲラを探す
小さなキョキョキョという声が聞こえてきた。なにかと思えばカイツブリのペアだった。ヒリィヒリィーと長引くコマドリの鳴き声も切れ間なく聞こえてくるが、鳴き声だけで姿を現さない。11時に日本人の団体客が来ると、ネイチャーガイドは宿に常駐している2人だった。主ガイドは男性の平野さんで、IT企業からガイドに転職して1年目で、今日2度目のガイドだったのでビックリ。平野さんは生真面目な方である。副ガイドは女性の村岡さんで、外国で長く生活していたために英語が堪能で、利尻島ガイド5年目のベテラン。今日は平野さんのサポートに付いているとのことだった。私が座っている切り株はツタウルシが巻いているので、触った手で眼など触らないでくださいと注意された。知らなかったのでありがたかった。村岡さんは眼に力があり、単刀直入に話をする元気いっぱいな方である。2人のガイドは観光バスに乗っているのではなくて、観光バスが着いた時に契約ガイドとして説明をしているとのことだった。
昨日クマゲラが舞い降りた枯れた巨木
3回目の沼一周のクマゲラ探索に出たが、今日はまだクマゲラの鳴き声もドラミングの音も聞こえてこない。半日で切り上げて姫沼を撤退することにしていたが、横浜から来た人の話を聞いて13時まで粘ってみようと思った。しかし、前日舞い降りたという枯れ木の大木の下で待機していたがクマゲラは現れなかった。相手が自然のなかで生活している野鳥なので、出会いは運が作用することが大きいのだ。
今日も利尻富士温泉に入った
13時に姫沼でのバードウォッチングを終了し下山することにした。これから昨日入った利尻富士温泉まで歩くと2時間近くかかるので、下の姫沼口からバスに乗ることにした。姫沼口まで歩いている途中で私の横に軽自動車が停車し、窓を開けた女性が「どこまで行くのですか?」と声をかけてきた。「温泉まで行きます」と答えると、「乗っていきませんか?
」ときた。嬉しかった。渡りに船である。「ありがとうございます」と言って、後部座席に乗せてもらった。車内では千葉から来てバードウォッチングでクマゲラを探していること、など様々なことを話した。助手席に乗っていたお母さんと思われる方も話に乗ってきて、和やかな雰囲気で利尻富士温泉まで送っていただいた。更に車を降りる時に「冷えたお茶でもいかがですか?」と言われて缶のお茶をいただいた。重ね重ねの親切に、旅はやってみるものだと改めて思った。今日はクマゲラの鳴き声を聞くことも、姿を見ることもできなかったが、最後で今日も実にいい日だったと感じた。
25日の夕ごはん
利尻富士温泉に入って宿に戻り、食堂で窓の外を眺めながら酒を飲んでいると、窓ガラスに小さな昆虫が度々翔んできて停まる。昆虫の足の動きを観ていると、昆虫の足は6本である。足の動きは右側の前中後、左側の前中後を連動させて前に進むわけだが、右側の前と後を動かす時に同時に左側の中を動かし、左側の前と後を動かす時に同時に右側の中を動かすのである。仮に右側の前中後を一緒に動かし、次に左側の前中後を一緒に動かすと、ギッタンバッコンになってしまうのを防ぐために、左右のバランスをとって複雑な動きをしているのである。ぼーっと酒を飲みながら昆虫の動きを見るのも一興である。
今日もノゴマが美しい声で歌っていた
17時過ぎに相部屋のセバスチャンが戻ってきた。玄関で会ったので「利尻山へ登頂できたか?」と尋ねたら、「出来た」と言った。
おめでとうの握手をした。手が寒風にさらされて冷たかった。やったぜ!セバスチャン!