ヤギ肉は軟らかく美味い

 

ヤギを解体する料理長と料理スタッフ

 

 アスコーレからのキャラバン出発時、堤隊長以下10名の登山隊にたいし、テント、食料をはじめとする荷物運びのポーターは56名で合わせると66名という結構の数となった。荷物は馬やロバに背負わせる場合と人間が直接担ぐ場合とに分かれる。登山者一人がポーターに預けることのできる荷物の重さは12kgとなっている。預ける荷物の重さは日によって多少の増減が生じるため、毎朝、ポーター頭が一つひとつ荷物を計量し平均して24kgになるように調整している。長いキャラバンの間にポーターたちから不満が出ることを防ぐためである。計量が終わった荷物はポーターや馬たちが背負い次のキャンプ地まで行くことになる。

 

 その食料の中に生きものも含まれる。今回のキャラバンでは鶏が10羽、ヤギが2頭いた。砂漠と岩と氷の世界のキャラバンとなるため冷蔵庫などは勿論ない。保冷技術がない旅のため肉類を長時間確保することができない。その結果、肉料理の場合は、そのまま生きた動物を連れて行き、ころを見計らってさばいて料理に使うのである。旅行日程が長期間にわたり、その過程で食料を他に求めることができない場合は、今回のような方法を取らざるを得ないのである。

 

 アスコーレキャンプからキャラバンが出発して3日目のパイユキャンプ地、8日目のコンコルディアキャンプ地の2回、連れて行ったヤギ2頭は解体された。現在の日本で動物を解体する場面に出会う機会は殆どない。私が子どもの頃、鶏は卵を産まなくなると殺されてカレーの肉となっていたが、その他の家畜の解体は法律によって禁止されていたので日常的に動物の解体を体験する機会がなかった。今回はキャンプ地の下を流れる河原の縁でヤギを解体するというので見に行った。

 

 ヤギの解体は料理長と二人の料理スタッフで行われた。川の流れの縁で二人のスタッフがヤギの前足と後足を押さえつけ動けないようにすると、殺気を感じたヤギはひときわ高く悲しい「メェー」という泣き声を発した。そのあとは観念したように眼を見開いたまま身動き一つしなかった。料理長がヤギの喉元にナイフを差し込み横に切り開き動脈を切った。夥しい鮮血が流れ出した。血液が流れ出すのを待って4本の足から皮剥ぎに取りかかった。ヤギの革はなめしたあと太鼓の皮に使われるという。内腹を切り開く。睾丸を切り落とす。睾丸は通常棄ててしまうということだが、中身がどうなっているのか見たかったので皮を剥ぎ二つに割ってもらう。睾丸の中身は少し黄色みを帯びた軟らかなものだ。摘まんで食べてみようとすると、軟らかいのだが指で切り取れるほど軟らかくはなく、むしり取るようにすると爪の間に僅かに着いてくる程度だった。舐めてみると白子の味がした。当然のことだと納得した。料理長は次々に内臓を取り出していく。肝臓の段階になったので、「レバ刺として食べたいので少しナイフで切り取って欲しい」と注文を出した。

 

切り裂かれたヤギの睾丸

 

 ホルモン店で出されるレバ刺は血抜きをしてあるので食べても口に血液が付くことはないが、殺したばかりで体温の残るレバーは血だらけである。その一部を切り取り口に含むと、もあっと口の中でとろける感じのするレバーの味がした。これまた納得である。糞を絞り出した小腸は100mもあるとのことで手際よく4本指にからめとってゆく。胃を切り裂くと大量の草が出てきた。胃は100の部屋に分かれていると説明をしながらセンマイを取りだす。いわゆるハチノスの登場だ。全ての解体が終わると流れる川の水を俎板となった大石にかけキャンプ地に戻った。

 

 キャンプ地に戻ると睾丸を塩コショウで味付けしたソティーにしてくれるというのでどんな味なのか興味を持ちながら味わってみた。美味かった。皮は少し歯ごたえがあるが中身は白子である。睾丸は精力剤の効能がありイスラマバード等の都市部では結婚式などに出されると料理長のディダ・アリが言った。ディダ・アリは、パキスタン料理、イタリア料理、メキシコ料理が得意で、その素晴らしい料理の腕前を長いキャラバン中にいかんなく発揮してくれた。

 

睾丸のソティーを作る料理長のディダ・アリ

 

レバー焼き、胃を小腸で巻いてウインナーソーセージのようにして湯通ししたもの、がお茶の時間に出された。匂いもきつくなくレバーはサッパリしており胃や小腸も美味かった。新鮮というのが味を一層引き立てているのだと思った。このあとヤギ肉は様々の肉料理に登場し私たちの胃袋の中へと消えていったのであるが、ヤギの肉は軟らかく美味しい肉であることを実感した旅でもあった。