生き生きとした「彼女」たち
『彼女』展の入り口
11月24日
千葉県立美術館で2022年10月29日から2023年1月15日まで江口寿史イラストレーター企画展『彼女』が開かれているので出かけた。サブタイトルは「世界の誰にも描けない君の絵を描いている」だった。江口寿史は千葉県柏市の出身で66歳。漫画家から出発してイラストレーターに転身し、45年間に描いた女性像の約500点が展示されていた。オープンから1週間で5000人の入場があったと美術館のHPは伝えていた。
チケット売り場で、「私は74歳です」と伝えると、ふたりの女性は同時に「エーッ?!」という驚きの声をあげたのには、こちらが驚いた。私の格好がコットンパンツに山用のジャケットという、およそ年寄らしからぬ姿だったので、受付嬢は驚いたようだった。身分証明書を出して年齢確認のあと、65歳以上のため無料で入場できた。ラッキー。企画展は第1章から第6章までに分かれていた。
Number(トラジョ・カープ女子・野球女子・サポーター)
第1章
遭逢 ポップの美神たち
CDジャケットや本の表紙を飾った作品で、展示されていた原画の大きさはいずれも30cmから50cmほどのものだが、大型キャンバス(180cm×120cm)に出力されていた作品は迫力満点で見ごたえがあった。
CDジャケット
第2章 恋慕 マンガからイラストレーションへ
連載漫画の扉絵、単行本カットの原画、観光ポスターなどが展示されていた。また、「女に生まれなかった悔しさが、絵の原動力になっている。」という作者の言葉が壁に貼られていた。ものを生みだすモチベーションは個人個人で違うと思うが、LGBTやジェンダーフリーなどの多様性の考え方が全世界的に広がりつつあるなかで、現在の日本の場合はセクハラ行為やパワハラ行為が公然とまかり通っている。それは人権意識の希薄のせいなのだが、徐々に変わってきていると想うが、まだまだ日本は男社会であり、男に生まれるか、女に生まれるか、によって生きやすいか、生きにくいかが分かれていると思う。現代日本は女性にとって生きづらい社会ではないかと思う。
女に生まれなかった悔しさが、絵の原動力になっている
水俣市観光ポスター
芦川いづみデビュー65周年記念祭のためのイラスト
第2章の「恋慕」のコーナーに吉永小百合とともに日活青春映画のヒロインを演じていた芦川いづみのイラストが展示されていた。ひとめ見た時に芦川いづみだと分かった。芦川いづみの清楚な姿がとてもよく表れている作品だと思った。たまご型の顔とほっそりとした身体の清潔そうな姿は今も印象に残っている。私の青春時代ともダブっている女優なのだ。
第3章 素顔 美少女のいる街風景
1999年から2000年にWeekly漫画アクション誌の表紙を飾った手塗り作品で「美少女のいる街風景」シリーズの線画、着彩画が展示されていた。
「美少女のいる街風景」シリーズ
第4章 艶麗 ワインを持った女たち
2002年から現在まで続くリアルワインガイド誌の表紙、下絵、線画が展示されていた。また、女性の似顔絵を描いている場面や街並みの散歩、古本屋で資料を探しているビデオが流れていた。私は酒飲みなのでワインシリーズがいちばん良かった。特にワインを抱いたセーターの女性が色っぽかった。
「リアルワインガイド」表紙
第5章 青春 音楽とファッション
若者の音楽とファッションを描き、元気な生き生きとした女性が描かれていた。
第6章 慈愛 今を生きる彼女たち
吉祥寺サンロードバナー20連作と流山を舞台にした漫画「すすめ!!パイレーツ」の彼女たちの原画が展示されていた。
吉祥寺サンロードバナー20連作
オレンジとブルーをバックに生き生きとした若い女性が描かれた吉祥寺サンロードバナー20連作の作者の言葉は、「世界のいろんな「好き」の中から、選んで組み合わせてアレンジを加えたものがぼくの絵になる。」というものだった。
『がんばれ!!パイレーツ』の原画
江口寿史は1977年に漫画家としてスタートした。最初のヒット作が『すすめ!!パイレーツ』だった。その原画も展示されていた。45年前の作品だが、女性の優しさの表現という意味では現在の作品と通じていると思う。「ギャグ漫画家としてデビューした時は「絵」なんかに全然興味なかった」という作者の言葉が壁に貼られていた。漫画はストーリーだがイラストは1枚の絵である。イラストレーターに転身したあとに描いた1枚の絵のなかに、女性の生き生きとした心の動きが表現されていると感じた。
ワインシリーズ
第1章から第6章までの展示で、鉛筆画のデッサン、原画、線画、着彩画、完成作品などのさまざまな過程が見られた。私も墨絵をやっているので参考になるところが多々あった。現在のイラストはCGが主流なので、線画にしても線の太さが同じであり、色はグラデーションよりも単色を使った色彩表現が主流となっている。これはインパクトの強いコマーシャル表現とマッチしているのだろう。線の太さの均一化という点は浮世絵の版画の手法に相通じるものがあると想えた。CGを導入する前の肉質画では線の細さ太さで女性の微妙なニュアンスが表現できていた。両方を比べてみると、私には肉筆画の良さが改めて感じられた個展だった。
生き生きとした女性が描かれていた
今年2月に千葉県立美術館に展示された『山本大貴展』も訪れたが、山本大貴も女性美を追求している画家だった。山本大貴の作品は、今回の江口寿史のイラストと違い写実的な絵画だった。すでに亡くなってしまった森本草介の写実的な細密画も同じだが、男性画家にとって女性美そのものは永遠に追求するテーマなのだと思う。今回はイラストレーターの作品展なので、輪郭線がはっきりしており、分かりやすい作品が並んでいたと思う。500点に及ぶ作品群を一つひとつ見ていくのは大変だったが、閉会までにもう一度訪れてみようと思っている。