大、16才の君に
大、16才の誕生日、おめでとう。
君は高校1年生。青春の真っただ中にいます。
昨年の中学生の時に比べてこの1年間は君を心身ともにすごく成長させたように思います。
君は大学には行かないと言い、大学に行って4年間を過ごすよりは自分のなりたい料理人の勉強に入った方が良いので専門学校に入りたいと言っています。
父さんは昨年、君がまだ幕張中学校に在校中はPTAの会長をしていました。その1月号のPTA会報に発売されたばかりの村上龍編集の『13歳のハローワーク』を紹介しました。その後、その本はベストセラーとなり、今も書店に並んでいます。その本を読んで父さんが最初に思ったことは職業に対する具体的なイメージを年令の若い時から持つことだということでした。まず、自分の求めるものを探し、そして未来の自分の姿をイメージするのが大切だと思ったのです。そのことをPTAの会議ではなし会報にも載せたのでした。
昔は「社会に出て一旗挙げる」とか「故郷に錦を飾る」とかいう立志思考がもてはやされましたが、現代ではあまり聞かれなくなりました。しかし社会がどのように変わろうとも人間の生活は続いていきますし、そのなかで自分はどのような職業につき、どのような人間になろうとしているのか、を考えながら生活していくのが10代後半から20代前半だと思うのです。その年代に君は入っています。そうした未来の自分の姿を具体的にイメージ出きれば、それを実現するためにあらゆる苦労は乗り越えられると思うのです。
江戸幕藩体制が崩壊しつつあり新たな社会の胎動期であった幕末期に江戸幕府の学問所・昌平黌の儒官(総長)であり、幕末から明治維新にかけて新しい日本をつくっていった指導者たちに多大な影響を与えたと言われている佐藤一斎が“志“について次のように述べています。
「志を立てるとは、自分の好きな道を選び、一生懸命に研鑽を積んで、その道を究めること」
この言葉は今の時代にも通用する言葉だと思います。
サラリーマン社会も社会の変化に対応し会社の統廃合や社員のリストラは日常茶飯事になってきました。そうしないと会社自体が生き残れない社会になってきたからです。これからの社会もそのスピードは速まることはあっても遅くなることはないでしょう。現代社会は複雑になってきていますからサラリーマンで1つの会社で定年まで働くという立場よりも自分の好きな道を選び、その中で自分の技術・技能を極めるという職人的な考え方・生き方をしないと生き残れないような状況になってきているようです。
まずは自分の道を探さなければなりません。現在の君は自分の進む道を料理人と決めているようです。しかしこの前も食事の時に君に言いましたが、料理人は家族と一緒に食事をしながら家族団欒で過ごすような時間をとることは難しい職業です。家族団欒の食事を求めてやってくるお客様に美味しい食事を提供するのが料理人だからです。味が良くサービスが良い人気のレストランほど忙しく、家族団欒の食事とは程遠いものとなるというジレンマに出会うでしょう。それも料理人を選べば当然の結果と思います。お客様に美味しい食事を提供する一流の料理人になるためにはプロフェッショナルとしての技能・技術を持つことが第1の条件ですが、お客様が心地よいサービスだと感じられる空間を創造するのは相手が何を望んでいるのかを考えられる心を持つことだと思います。そのためには時々静かな時間を持って、自分を見つめなおし、自分の本音の心に耳を傾けることが出来たらいいのかなと思います。そのような習慣を常日頃から身につけるようになれたらいいなと思います。サービス業を職業とする人に共通して言えることだと父さんは思います。
今から400年前の日本の戦国時代から江戸時代初期に生きたイギリスの科学的世界観の先駆者であったフランシス・ベーコンは「読書は充実した人間をつくり、会話は機転のきく人間をつくり、書くことは正確な人間をつくる」という実に含蓄に富んだ言葉を残しています。
人間は一度にたくさんのことを同時にこなすことはできません。程度の差はありますが訓練によって少しずつ出きるようになります。君が希望するように大学に進学しなくてもいいと父さんは思います。たくさんの本を読み、人と会って話をし、自分を見つめなおすこととして記録をつける、ということを続けながら料理の道に進んでいくならきっと立派な料理人になれるでしょう。
君の人生は君のものです。好きなものに向かって思いっきり進んでください。応援します。
これで父さんからの16通目の手紙を終わりにします。
2005年2月7日