盲目剣谺返し
三村新之丞と妻の加世
山田洋次監督の藤沢周平時代劇3部作の最終作品となる『武士の一分』が封切られている。早速前売り券を購入し観にいった。映画を観る前に原作を読んだ。映画『武士の一分』のもとになっている「盲目剣谺返し」は文春文庫版『隠し剣・秋風抄』の中に収録されている40頁ほどの短編作品であり1時間ほどで読むことが出来る。
作品のあらすじは、殿様の食事毒見役である三村新之丞はある日の毒見中に貝の毒に当たって失明してしまう。夫婦二人と下男だけの30石という質素な生活も先が見えない状態となる。新之丞は役立たずとなった自己の身を恥じ切腹死を望むが必死になって思い留めようとする妻の加世。加世は新之丞の上司にあたる島村藤弥に夫の身の振り方を相談に行き、新之丞の身の安泰の代償として言葉巧みに身体を求められ島村に弄ばれてしまうが、夫のことを思い必死に耐える。それを知った新之丞は妻の加世を離縁し「武士の一分」を守るために勝算のない戦いに毅然と立ち上がっていく・・・
作品に流れるテーマは「夫婦愛」だが、相手を想うときに男の新之丞の立場から考える場合と、女の加世の立場から考える場合では大分違ってくると思う。新之丞の男の立場からは決して譲ることの出来ない「武士の一分」を守りぬくために死を覚悟して果し合いに望む。それは失明したとはいえ武士としての誇りであり名誉のためでもある、という立場であり妻の加世のことは新之丞の心に入ってくる場所がない。一方、女の加世の立場は夫の新之丞のために自分はどのようなことができるのかを考え、離縁を伝えられても夫を救おうとした自らの行動は浅はかな過ちであったと孤児として行く当てもないのに家を去っていく悲しい立場だ。不条理である。
作品のラストシーンはハッピーエンドに終るのだが、三村新之丞を演じる木村拓也と加世を演じる檀れいの若い夫婦が「雨降り地固まる」の通りにこれから進んでいくのだろうなと思わせる。ラストシーンがなかったならば加世の立つ瀬がないけれど原作も映画も爽やかなラストシーンである。